24 失せ物の所在
ローレンス大司教から放たれた言葉を聞いても尚、さして動揺はしなかった。
「……何を根拠に言っているんですかね」
「そう言うお前はどうなんだ? ドレイク。自分の右腕の事だ。本当は、最初から分かっていたんじゃないのか」
「いやいや、それは無いでしょう。逆に聞きますけど、貴方は自分の切った爪や抜けた髪の行く先が分かるんですか?」
「俺に抜ける髪はない」
「何の話してんのさアンタら」
衝撃的事実が述べられたはずが、漫談にも似た会話を繰り広げる神父二人に、ハンナは肩の緊張が抜ける思いだった。
「……順を追って話すぞ、ドレイク。先月からこのグラリアを騒がせている事件は3つ。王都で『胸に穴の空いた死体』が相次いで見つかる猟奇事件、王都内外での住人失踪事件、そして『魔王の右腕』の盗難」
「大司教猊下も、さぞ忙しかったことでしょう」
「お陰様でな。それで、お前はこの3つの事件を聞いてどう思う」
「……2つ目に述べた失踪事件の犯人は、マイクだったのでしょう?」
「そうだ。各地で少女達が忽然と連れ去られた事件は、マイク・ドレイクの犯行だった。しかし、王都内部での失踪事件には関与していない」
「マイクは『五賢人』を抜けたような言い方をしていましたからね。この街で起きている事とは、無関係でしょう」
「王都で失踪した人間には共通点がある。いずれも、グラリア王国に不満を持つ者達だ。西の国と内通したり、大規模な反乱を企てていたことが分かった。……法王庁の神官も、何人か『消えた』がな」
「……粛清かい。物騒だねぇ」
西の国の技術も取り入れるハンナとしては、背筋に冷たいものが流れる気分だろう。
「そしてお前の手柄で王都に連行されたマイク・ドレイク。奴は取り調べで、お前の名前を何度も口に出したそうだ。……騎士達は錯乱した誘拐犯の戯言と判断したそうだが」
「騎士様方も頼りになりませんね。証言があるなら、裏付けすれば良いだけでしょうに」
「そしてマイク・ドレイクは……『ミーナ・ベルガモット』の名も出していた」
「………………」
いよいよ、話が核心に近付いてきた。
「ミーナ・ベルガモットは昨夜、異変を感じてお前の下に駆け付けた」
「……『魔王の右腕』だからですか? 本来の肉体である、私の所に戻ろうと? そんな馬鹿な話が――」
そう言いかけて、止まる。
ミーナが最初に、マルタ村の教会を訪れた時。彼女は地図も持っていなかった。
ただ祖母に言われたまま、東へと向かっただけ。それでも、迷い無くマルタ村の教会に直進してきた。偶然にも?
「お前を治療している間、彼女は俺の質問に色々と答えてくれた」
「……会ったばかりの人間に、ペラペラ喋るとは……。相変わらず……」
「ホウキが暴走するほどの魔力。以前よりも激増した食事量。ガーネフ武具屋の屋号も、魔物達に伝わる文字で書かれた看板をすんなり読んだ。聖句を聞くと気分が優れなくなるとも言っていた。そしてマイク・ドレイクの催眠魔法や、お前を襲撃した犯人の攻撃魔法が通用しなかった、と本人も驚いていた」
『結論』に至るには、あまりにも判断材料が揃い過ぎていた。
「……ドレイク。もう一度だけ聞くぞ。お前は本当に、何も知らなかったのか?」
ベッドから起き上がる。全身が痛むが、傷は塞がっている。
そして上半身を起こし、ローレンスと目線を合わせる。
「……状況証拠だけですね。断言はできない」
「アタシ思うんだけど、そんなら本人に聞いてみれば?」
ハンナが指し示す先には。
神父達の話し声で目が覚めたのか、眠気眼をこするミーナの姿があった。
「……あれぇ~? 先生、目が覚めたんですかぁ? 良かった~……」
「おはようございますミーナ。どうやら、貴女が助けてくれたようで。……心から礼を言います。ありがとう」
「えへへー。優秀な弟子に、もっと感謝しても良いんですよ~」
起きてベッド脇にまで駆け寄るミーナは、何も変わらないように見える。
普通に立って、歩き、よく食べ、寝て、笑ったり泣いたりするミーナが。魔王の右腕であるなどと、誰が思うだろうか。
「……ミーナ。『砂時計』持っていますか?」
「え? ……あぁ、はい。ひとつだけですけど」
ミーナは魔女服のポケットをまさぐる。
そこから出てきたのは、小さな砂時計。
最初に出会った日に、ミーナがイザベラにプレゼントした魔法の道具。魔力を込めると、その持ち主の性質によって砂が変化する、魔女の里の郷土品だ。
「やっぱり先生も欲しくなっちゃったんですか?」
「その砂時計に、魔力を流してみてください。……貴女の魔力を」
「はぁ……。よく分からないですけど……えいっ」
その直後。ガーネフ武具屋に集う4人の目は、見開かれた。
砂時計の内部にある砂が、その一粒一粒が、『黒い炎』に包まれる。
そして上下左右に暴れ周り、暗黒が渦を巻くかのように。
闇のエネルギーの奔流が、小さな砂時計から抜け出そうとするかのように。
驚きでミーナの頭は、夢の世界から完全に覚醒した。
「なッ……によコレ!? 前は、こんな事……!」
そして。砂時計は激しい音と共に、破裂した。
床にはガラスの破片と、静かな粒へと還った砂が広がる。
「……決まりだな。ドレイク」
「待ってください。魔王の右腕が本体から分離したのは10年前です。それより以前に、ミーナは魔王と出逢っています。まだ、右腕が斬り落とされる前の段階で」
「ミーナ・ベルガモットの変化は最近だと言っていただろう。右腕が変化して人間の姿になったわけではない。……魔王の右腕は、超高純度の魔力結晶体。そしてそれを既存の人間に宿すのは理論上可能であると――お前自身が証明しているだろう」
ローレンスが指差す、胸元の魔石。
そこに、一連の事件の『核心』は秘められていた。
「……そうそう! アタシびっくりしましたよー! 先生の心臓に石が埋まっているんですもん! 大丈夫なんですか!?」
「それが大丈夫なんだよ、ミーナ。そしてクリスみたいな奴を、グラリアでは『ストーンチルドレン』って呼ぶのさ」
「……ストーンチルドレン?」
ハンナの説明を引き継いで、己の口で語り始める。
「先天的に心の臓や内臓が弱い人間に、『生命力』を宿した貴重な魔石を移植する方法です。そして肉体に魔石を宿した人間を指して、『ストーンチルドレン』と呼ばれます」
「……でも先生は『チルドレン』って年齢じゃ……」
「うるさいですね。誰がオッサンですか。私はまだギリギリお兄さんです」
「いや、別にそういう話はしてな……」
「――ストーンチルドレンは通常、大人になるまでは生きられないからさ」
ミーナの息が詰まる。
言い難いことをズバズバと口に出せるのも、表裏一体の性格ですねとハンナに言ってやりたかった。しかしその性格であるからこそ、女手一つで工房をやり繰りできているのだろう。
「……私は大人になってから、失った心臓の代わりに魔石を埋め込みましたけどね。ですが己を生かす力を発動させ続けるために、魔力のほぼ全てをこの魔石に注ぎ込んでいます」
それこそが、最低魔力量しか消費しない『サウンド』のみを扱う理由。
魔王として倒されて以降、膨大な魔力は失った。しかし消滅したのではない。
大量の魔力で自分を生かし続けるため。『生命』を司る魔石の働きを止めないために。
そうしてかつての魔王は、他の魔石や魔法が使えなくなったのだ。
「……そして話は、一つ目の事件の話に戻る」
ローレンスが黒いサングラスを押し上げる。
だがここまで来ればもう、今度は自分が教える番だった。
「あぁ……。胸に穴の空いた死体ですか。被害者は全員、私と同じストーンチルドレンなのでしょう」
「……よく分かったな」
「『犯人』の動機は……彼女の求める『目的』は、この魔石でしょうから」
「何のために? 俺はそこだけが分からない。全ての事件は無関係なようで繋がっていて、それでいてバラバラに思える。俺はそれを確かめに来たんだ」
「少女誘拐事件の犯人は己の欲望を優先させたマイク・ドレイク。王都での失踪事件は、王国による反乱分子粛清。そして盗難された魔王の右腕は『ここ』にある」
「ならばストーンチルドレンを狙う犯人は誰だ? その動機は?」
昨夜の出来事。怒り狂う、ジャネットの魔力の奔流。
理由など、一つしか無いだろう。
「……その前に、魔王の右腕を持ち出したのは、『ベルガモットの魔女』という事で良いんでしょうかね」
「あぁ。所在が分かってみれば、一番しっくり来る。あのババアならやりかねん」
「アタシも、ベルガモットの婆さんなら平気で法王庁に盗みに入るくらいすると思うよ」
「あれれ? よく分からないですけど、今アタシのお婆ちゃんディスられてます?」
しかし同時に。自分の祖母が悪行三昧な魔女である事も知っているので、ミーナは強く反論しなかった。
「……ローレンス大司教。最後の、猟奇事件の案件。私に預けて頂く事はできませんか」
「お前にだけ任せるなど、できるわけないだろう。……だが」
ローレンスは椅子から立ち上がる。
身長はこの部屋の誰よりも高く、肩幅も広い。
それでいて、サングラスの奥の温かな瞳で。法王庁に所属する『仲間』を見守る。
「この事件の解決には、法王庁も動いている。お前が何か知っているなら、お前の手で真っ先に事件を終わらせてみろ。マルタ村のクリス・ルシフエルとして。アルテミナの神託を賜った、神官達の一人として。マイク・ドレイクを捕まえた時のようにな。……弟子を叱るのも、師匠の役目だ」
どうやら察しは付いているようだ。
流石は、現場からの叩き上げで大司教にまで登り詰めた男だ。
「……帰るのかい、アンタ?」
「あぁ。情報のすり合わせは大体できた。後は女神のご意志に身を任せるだけだ」
「……アタシゃてっきり、ミーナを連れて行くものかと」
ローレンスはミーナに視線を送る。
強面の大司教に見られて少しばかり緊張するが、目を逸らしたりはしない。
「……10年前。俺がグラリアの従軍魔導師だった頃。一兵卒であった俺は、『魔王』ってのは口から火を噴いたり、人間を一口で丸呑みにするような奴だと想像していた」
思わず口元が緩む。まさか、そこまで思われていたとは。
「だが実際に会った魔王は、一発殴れば吹っ飛びそうな優男だった。……自分が蒔いてしまった種にケリを付けようと足掻く、一人の魔法オタクだった。その魔術バカは結局、時代の大きな流れに……歴史の『波濤』に流されてしまったが……」
ベッドの上にいるのは、ジル・ドレイクではない。
クリス・ルシフエルを見据えたまま。ローレンスは部屋のドアノブに手をかける。
「……もし『二度目』があるとして。ソイツは……きっと、二度も間違うほど馬鹿じゃない。一度落し物をしてしまった奴は、次からは落とさないように気を付けるのだから」
そして大柄な神官が退室し。
閉じられたドアに向かって、『落し物』を見つけた
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