3章

19 追憶

 五人の子供達は、出生も経歴もバラバラだった。

 共通していたことは、全員が『親無し』であること。

 親以外にも教養や、長所も、社会を生き抜くための武器すら持っていなかったこと。


 そして全員、『魔法』の素質があることだけは同じだった。


「……あーっ! こら、マイク! つまみ食いしないの!」


 美味しそうな匂いと、『母さん』が叱る声で『私』は目覚めた。


 小さな白い、木造の家。

 あんまり柔らかくないソファに座ったまま寝ていたせいか、お尻と腰が痛い。

 台所では母さんと、一つ年上の兄弟子マイクがいる。

 更にその一つ上の兄が、庭で『先生』と勝負している。どうせ、魔法で勝てるはずもないのに。

 長兄と長姉は、きっと自分達の部屋で勉強しているのだろう。それ以外を知らないし、それ以外に興味の無い人達だから。私も含めて。


「あ、起きたのジャネット? ならジル達呼んできて。お昼ご飯、できたからね」

「……うん」


 ご飯は『ハウス』の皆で一緒に。それがルールだった。


 独りで生まれ、独りで生き。

 物心ついた頃から路傍で残飯を漁っていた私にとって、ここの食事は。この場所は。あまりにも温かった。


「ほら、コレあげるよジャネット。好きだろお前」

「マイク! またそうやって、ニンジンを押し付けるんじゃないの!」

「なぁー。午後からもっかい戦ろうぜ先生! もうちょいで勝てそうなんだよ!」

「ダメですよティト。午後は、ジャネットとの個人授業ですから。二人同時に教える余裕はありません」

「そう言わずにさー! なァおいジャネット、代わってくれよ! 机の上でのお勉強なんてツマンネーんだよ!」

「……ヤダ」


 静かに、しかし強く反対する。

 そうすると兄弟子は、赤毛を逆立てさせるようにして怒る。

 それでも譲る気はない。5人も弟子を抱える先生が、一人一人に目を配る時間は、自然と限られてしまうのだから。


「ガンコ野郎め……」

「ティトに取られたくないのよねー? ジャネットはジルが大好きだもんね~?」

「……母さんのことも大好きだよ」

「あっ、可愛い。ダメそれ反則。ニンジン全部あげちゃう!」

「オイ母さん! 甘やかし過ぎだろ!」

「ティト。食事中に席を立つんじゃありません」

「先生もさー! 末っ子だからって、皆コイツに甘すぎだろ!」

「……やきもち」

「違ぇよ馬鹿! 上等だテメェ……! 表出ろ! 年上の威厳を見せてやるよ!」

「やめよーよティト~。どうせティトじゃジャネットに……」

「うるせぇデブ!」

「な、何だとぉー!」


 懐かしい。こうしてよく喧嘩したことも。それで母さんに叱られたことも。


 4人の兄弟子達と。母親代わりと、父親代わりの魔法の先生。私達は7人の家族だった。

 穏やかな時間だった。永遠に続けば良いと思っていた。続くと思っていた。疑いなど、一度も持ったことがなかった。


***


『……い。おい。起きろ、チビ助』


 『夢』から引き起こされる。

 礼拝の時間が終わり、誰もいなくなった大聖堂の長椅子で。座ったまま寝ていたせいか、腰が痛い。

 目の前には不機嫌そうな、赤い髪の『兄』がいた。昔よりも背が伸びて、目つきも悪くなった兄弟子が。いつも不機嫌そうな喋り方だけは、相変わらずだが。


「……ティト」

「いつまで寝てんだよ。さっさと仕事に戻るぞ。……ったく、『魔王の右腕』の捜索なんて、法王様もメンドイ命令を出しやがるぜ」

「……ねぇ」

「あん?」

「……今この場所が、夢なら……良いのにね」


 先生が教えてくれた話がある。

 昔、蝶になる夢を見た人がいた。

 その人は夢から覚めた時、『今の人間としての自分は、蝶が見ている夢かもしれない』と思った。

 そんな話を、思い出した。


「………………」

「……私は小さな子供のままで。これは全部子供の見ている夢で。本当は母さんは生きてて、先生もハウスを出て行かなくて。マイクは変わらずお菓子ばっかり食べてて、ティトも……」


 全てを言い切る前に。

 兄弟子の手が、私の両の頬をつねった。


「……いひゃい」

「いつまで寝惚けてんだテメーは。俺らは一人前になった。母さんは死んだ。先生の右腕を斬り落として、世界の平和と引き換えに」

「………………」

「母さんが守った世界を、今度は俺達が守ンだよ。クソったれな悪夢みてーな現実でもよ。守んなくちゃいけねーんだ。寝惚けてるヒマなんかねーだろ」

「……うん」

「安心しろよ。嫌になって逃げ出したくなったら、好きにしろ。マイクみたいにな。そん時や俺が、キッチリぶっ殺してやるからよ」


 白いフードで赤い髪を隠し。ティトは背を向け、大聖堂を出ていった。


 私も水色の髪をかきあげ、後ろで一つに結ぶ。それをフードの中に隠すように、目深に被る。「晴れた空の色と同じね」と、母さんはよく褒めてくれた。

 首から下げたペンダントが揺れる。中にあるのは、『氷の花畑』の絵の一部。クシャクシャで、傍から見たら紙屑が入ってるだけに見えるかもしれない。

 それを胸元にしまい込み。女神アルテミナの像を見上げてから、踵を返す。


「……大丈夫だよ、母さん。すぐにアイツを、殺してみせるから」


 再会の日は近い。

 結局ティトは一勝もできなかったけど、私は違う。


 弟子の中で先生を殺しかけたことがあるのは、私だけだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る