18 王都への道

 右腕のエンジンを切る。

 今度こそ部屋が静まり返ると、酷い耳鳴りと頭痛に襲われているのを認識する。


 メイド達に襲撃され囲まれた時も、魔法で強化した大声によって撃退した。

 しかしこの無差別範囲攻撃は、自分の身体にも響く。自分の発した声は自分にも聞こえるのだから、当然だ。

 反則まがいの不意打ちで、どうにか勝利をもぎ取った。もし次に戦う時があれば、生き残ることは難しいだろう。魔法使い相手に素手で勝つには、初見殺しの武器が必要となる。


「……ぅ」

「ッ!」

「せ、先生!」


 隣の部屋から聞こえた、微かなうめき声。

 それにミーナも気付いたようで、師匠の勝利に喜んでいた顔が青ざめる。

 まずい。マイクは今も杖を持っている。この距離でまた攻撃魔法を撃たれたら、防ぎきれない。


 だが。殴られて頬を腫らしたマイクは。

 全身を襲う痛みと、振動による吐き気に苛まれる彼は。

 腕を上げることもできず、ただ、その場で倒れるだけだった。


「……だった、じゃ、な……」


 それでも。朦朧とする意識で、呟いた言葉は。

 どんな攻撃魔法よりも、神父の胸を抉った。


「……結局……嘘、だった、じゃ……ないか……先生……」

「……マイク……」

「魔法を勉強すれば……みんなが好きになってくれるって……。人のための……魔法を、みんなが幸せになる魔法を極めたアンタは、先生は……! 結局……! 誰からも、愛されず、……として、討伐……され…………」


 それきり、マイクは喋らなくなった。

 気を失ったのだろう。殺してはいない。いくら強化した機械の腕とは言え、『五賢人』の防御すら突破して殴り殺すなど、不可能だ。

 仮にできたとしても、殺すわけがない。ミーナの前で、そんなこと。


「先生……?」


 ミーナの不安そうな声が、投げかけられる。

 その声を無視し。マイクからも視線を外し。

 これで全て終わったのだからと、一件落着なのだと。そう自分に言い聞かせ、その場を去ろうと――。


「先生」


 駆け寄るミーナが、神父服の袖口を摘んだ。


「これで二回目……いや三回目ですね。先生の魔法で、守ってもらったの」


 はにかむミーナの顔が。怖い目にあった直後の、この状況で。変わらぬ笑みを向けてくる。


「ホウキを受け止めてくれた時と~、騎士達から守ってくれた時と。そして今回ので、三回です。あの子達もこれで自由の身になれました。やっぱり先生は、人を笑顔にする魔法使いですよ!」


 励ますつもりで言っているのか。あるいは無自覚に、ただ感謝を伝えたいのか。どちらとも言い切れない。

 能天気に見えて、意外と他者の感情の機微には聡い娘だ。


「ミーナ」

「はい?」

「……男性の私室に、ホイホイ付いて行ってはいけませんよ」

「……うぃっす。サーセン」


 右腕で彼女の頭を撫でようとして。ふと、自分の手を見つめ。

 小さく笑ってから、左手でミーナの頭頂部を強めにかき回した。


***


「……へぇ~! これが『転移魔法陣』ですか!」


 欲望に塗れた屋敷の主、マイクを打ち倒し。

 彼を拘束し、囚われていた少女達を解放し。気を失っていたメイド達も、起きると全員が降伏を宣言した。

 そもそも彼女メイド達もマイクによって従属させられた被害者であった。付き従う他より、大魔導師から身を守る術は持っていなかった。下僕として振る舞い、時にマイクが気に入った少女を捕まえる実行部隊として。後ろ暗い日々を過ごしてきた。

 しかし今宵。クリス・ルシフエルによって、その呪縛からも解き放たれた。

 その御礼代わりにと、屋敷の中心部に印されたこの『魔法陣』へと、二人を案内した。


「ご主じ……いえ、あの男は。この陣によって各地を転々とし、法王庁の追跡から逃れながら、『狩り』を行っていました」

「知れば知るほど、ホント最低のクズ野郎ね! あのデブ!」


 メイド長の説明を聞いて。ミーナは彼女達の身の上に同情し、魔法を卑劣なる行いに利用するマイクに激怒していた。

 一方。神父の方はというと、複雑な術式が幾重にも刻み込まれた魔法陣に、目を奪われていた。


「……見事な魔法陣です。並みの魔法使いでは家一軒ごと転送する魔法陣など、描くことも不可能です」

「そんなに凄いんですか? 確かに、物体を移動させる魔法は難しい、ってお婆ちゃんが言ってましたけど」


 移動魔法が簡単なものなら、馬車も船もこの世に生まれ出でていないだろう。

 限られた一部の、その中でも更に『天才』と呼べる者達にしか扱えない移動手段だからこそ、転移魔法は特別で特殊なのだ。


「しかし……これは……マイクが描いたとは、とても……」

「?」


 魔法陣を前にしてブツブツと何かを呟く神父。

 そんな師を前にして、難しいことは分からないミーナとしては、今後の展開の方が重要事項であった。


「で、この魔法陣使って王都まで行くんですよね?」

「あ、えぇ。そうです。『座標』は既に設定してあるようですし、大量の魔力を流すことで移動できます。根本的には魔石と同じですね」


 もちろん魔石と違って、魔法陣を描くといった準備段階においては、常人には真似できない。それも、一般市民が持つ程度の魔力では、起動する事も不可能。

 しかし魔力が無くとも『知識』は失っていない神父にとってみれば、これほど簡単で楽な旅もない。何日もかけて向かうはずだった旅程が、一気に縮まるのだから。


「ですがいつもの通り、私では魔石一つ扱えません。そこでミーナ、頼みましたよ」

「はい! どーんと任せてください!」


 魔法陣に魔力を流す役目。それができるのはこの中で、ミーナくらいなものだ。

 しかし彼女にとってみれば、マトモな魔法を使うのはコレが人生初めて。下準備やアシストが揃っているとは言え、不安要素は多い。

 当の本人は、一切不安がっている様子はなかったが。


「いいですか、落ち着いてですね、私が教えた通り、体内の魔力の流れを意識して、出力を調整し……」

「えー、未来の大魔法使いミーナちゃんによる、ワクワクドキドキ王都行きツアーの始まりで~す! 目的地までの所要時間は約一瞬! 皆様、周囲の景色は楽しませんし途中下車もできませんので、予めご了承くださーい」

「真面目にやりなさい!」


 そしてミーナが、床に描かれた魔法陣に、両手を触れた。


「少しずつですよ! 急に魔力を放つと、全員の身体に大きな負荷が……!」

「だいじょーぶですって! 先生に言われていた通り、魔力操作の出力調整は地味にコツコツやってましたから! まずは、10%!!」


 魔法陣が光り輝く。

 そして。


 ――神父の首には、暴れ牛でもぶつかってきたかのような衝撃が走り。


 屋敷にいる全員の身体は、宙を舞った。


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