12 二人の道中
王都の法王庁を目指し、マルタ村を旅立ったクリス・ルシフエルとその弟子ミーナ。
焼失した教会の件と、グラリアの騎士が働いた乱暴狼藉。それらを報告しに行くと共に、神父にとっては『魔王の右腕』の行方も気がかりだ。
そんな旅の中で、魔女を目指すミーナに『魔法皇』として培った知識の全てを教える。
彼女にはそれだけの価値があると思い、弟子入りを許した。
しかし――。
「……選ぶ弟子を間違ったかもしれませんねぇ……」
「ちょっと、どういうことですかソレ!」
神父の背中に乗るミーナが、不服そうな声を上げる。
いくら山道だからと言って、「疲れた。足が痛い。運んで下さい」と
「ホウキが燃えたからとは言え、自分の足があるじゃないですか」
「魔女は空を飛ぶものなんですー。それとも、どっかから借りたホウキにアタシと乗って、王都に向かいたかったですか?」
「……それだけは勘弁して欲しいですね」
「そうでしょー? 何より役得ですよ。こんなに若くて可愛い愛弟子をおんぶできる機会なんて、そうそう無いでしょうし」
「自分で言わなければ、少しは可愛げもあるんですけどね……。貴女みたいな弟子は初めてですよ」
その言葉に。ミーナは神父の横顔に顔を近づけ、一つ問う。
「初めて? 何か、『他にも弟子がいた』みたいな言い方ですね」
「……あぁ……」
少し迷った。しかし、正式に弟子と決めたミーナに、無闇に隠し事をするのも良くないと思い。正直に話すことにした。
「弟子は貴女で6人目です。10年前、5人の子供達に魔法を教えていた時期がありました」
「へー! じゃあ、アタシにとって兄弟子になるわけですね、その人達!」
「そうですね。皆優秀で、良い子達でしたよ。少なくとも、魔術の先生を乗り物代わりにはしませんでした」
皮肉と嫌味。
しかしミーナは強引にスルーし、会話を続ける。
「お弟子さん達は、今何を?」
「………………」
言い淀む。他言できないわけではない。
ただ少し、自分の胸が苦しくなるだけだ。
「……皆、国家認定の魔導師になりましたよ。たぶん今も、王都で魔法使いとして働いているはずです」
「やっぱり、先生は凄い先生なんじゃないですかー! 国家認定には興味無いけど、アタシも早く立派な魔法使いになりたいな~!」
何も知らないミーナは気楽そうに、明るい将来を夢見て空を仰ぎ見る。
穏やかな天気だ。こんな空がずっと続くと、能天気にも思っているのだろう。
神父はただ、ミーナを背に乗せたまま。
かつての弟子達がいるであろう王都へ向けて、重い足を進めて行った。
***
馬車もすれ違えないような、細く鬱蒼とした峠道を歩き続け。
夕陽も既に傾きかけた頃。神父は疲労のあまり、ついには膝を屈してしまった。
横を歩いていたミーナは、不満そうな目を向けてくる。
「……つ、疲れ……」
「さっき休憩したばっかじゃないですかー。軟弱ですね~先生。そんなんじゃ、いつまで経っても王都に辿り着けませんよ」
「誰のせいだと、思っているんですか……!」
本来なら陽が沈む前には峠を越え、山向かいの集落で一泊する予定だった。
しかしおんぶやら休憩やらを頻繁に挟んだがために、予定が大幅に狂ってしまった。
「だってー。確かに魔女の里は山の中でしたけど、お婆ちゃんはあんまり外に出してくれなかったんですもん。アタシこう見えて、か弱い箱入り娘なんですよ」
「か弱い箱入り娘は、ホウキで教会に突っ込んで来ないと思います」
「そういうわけなので、またしても疲れました。おんぶして下さい」
「ん!」と両手を広げるミーナ。疲労で膝を折っている相手に対して。
その姿を見て、とうとう堪忍袋の緒が切れた。
「いい加減に……!」
「えっ」
「しなさい!」
おんぶはせず、ミーナの脇腹を掴み、『魔法』を流し込む。
「『サウンド』!」
肉体にダメージを与えるほどではない。振動を調整し、ほんの僅か――脇腹を掴む手が、ブルブルと震える程度の魔力を流す。
「きゃーっ、ははは! ちょっ、ヤメッ、あはははははっ!」
「教えを乞う立場なら、少しは敬意を持って接しなさい……!」
えも言われぬくすぐったさが、ミーナの脇腹から全身へと襲う。
逃れようとしても神父の手がそれを許さず、夕暮れの山道に、ミーナの笑い声が響き渡る。
「少しは反省しましたか……!」
「はははははっ、あっ、やめっ! んん……っ! ごめんなっ、んっ、あぅう……! やぁ……っ」
「変な声を出すんじゃありませんッ!」
「いったぁ!?」
急に艶かしい声を出すので、魔女帽の上から強めに頭を引っ叩いておいた。
「右腕でぶった!」
「さて……。ふざけるもこの辺で終いにしましょう。そろそろ、泊まる場所をどうするか考えなくては」
「無視した……」
「何ですか?」
「何でもゴザイマセン」
口答えすると、またしても脇腹に魔力を流し込まれそうだ。
そうこうしているうちに、太陽は西の山へ沈んで行こうとしている。このままでは、野宿になってしまう。
夜の山中にはどんな獣や魔物が潜んでいるか分からない。できる事なら野宿は避けたい。
「……あ!」
そんな時。ミーナが突然声を上げた。
また何か下らない事を思いついたのか、と思ったが。
彼女の指は一点を差し、神父の服をぐいぐいと引っ張る。
「先生! あそこ!」
ミーナの叫ぶ方向に目を向ける。
すると。二人の視線の先には。
木々が密集した先に、隠れるようにしてそびえ立つ、大きな屋敷があった。峠道には似つかわしくない立派な洋館が、いつの間にか出現していた。
「あのお家に泊めてもらいましょうよ!」
「……いや、どう考えても怪しすぎるでしょ……」
しかし他に選択肢も無さそうなので、引っ張るミーナに強く抗うこともせず。
異様なる雰囲気を放つ屋敷へと、吸い込まれるように歩んで行った。
***
大きな鉄製の門をくぐり、玄関の前まで庭を進む。
手入れがよく行き届いている庭園だ。離れたところにいる庭師らしき者が、小さく会釈した。
そしてミーナは、女神と天使の彫刻が施された立派なドアをドンドンと叩いた。
「ごめんくださーい! 誰かいませんかー?」
「……いや、やっぱり進める所まで進んだ方が……。最悪、野宿でも準備自体はありますし……」
あまりにも怪しすぎる。こんな山中に、これほど大きな屋敷があるなどと聞いたことがない。
やはり引き返そうかと足を引いた時。施錠の外れる音がし、扉は開かれた。
「……どちら様でしょうか?」
怪訝そうな顔と共に出てきたのは、メイド服を着た女性だった。
さっぱりと髪を短くまとめ、年の頃はミーナよりも幾分か上に見える。
「……陽の沈む頃に失礼致します。私はアルテミナ教会司祭、クリス・ルシフエルと申します。こちらは弟子のミーナ・ベルガモット。我々は王都へ向かう旅の途中、宿を探しておりまして……」
身分と目的を明かし、怪しい者ではない事をアピールする。
しかしミーナの魔女衣装はやはり気になるのか、一度チラリと視線を送られたものの。
メイドは神父の服装とロザリオを見て、いくらかは警戒心を緩めてくれたようだ。
「あらまぁ……。それはそれは、さぞお疲れでしょう」
「この屋敷の主人さえ良ければ、一晩泊めて頂きたいのですが……」
「……ご主人様に伺って参ります。少々お待ちください」
「お願いします」
一礼してから屋敷の中へと戻るメイド。
門前払いをされることはなかった。メイドの応答から見ても、そこまで悪い感触はしない。上手くいけば野宿せずに済みそうだ。
「……なーんか、良さげじゃないですか? メイドさんも若くて美人でしたし」
「どういう判断基準ですか。たぶん貴女より年上ですよ」
とりともない雑談をしていると、いくらもしないうちにメイドは戻ってきた。
「お待たせ致しました。アルテミナ教の神父様とあれば、断る理由もないそうです。どうぞ、お入り下さい」
「そうですか……。ありがとうございます」
「やりましたね、先生!」
「良かったですけど、ミーナ。貴女、大人しくしていて下さいよ」
「弟子を犬みたいに言わないでください!」
そういう所が不安なんですが、と言うとまた吠えられそうだ。
それ以上何も言わず、メイドの後に続いて屋敷へと入る。
そして大きな玄関ドアは、重量感のある音と共に閉じられた。
***
その屋敷は外観だけでなく、内装も煌びやかであった。
玄関ホールではシャンデリアと赤いカーペットが出迎え、あちこちに高価そうな絵画や壺が飾られている。
メイドに連れられ二階へ上がる間も、ミーナはきょろきょろと頭を動かしていた。
そして二人は二階の客間へ案内される。
ベッドやテーブル、クローゼットがある程度の簡素な部屋だが、それらの家財道具が全て安物ではないことだけは伝わって来る。
「一階の食堂にて、御夕飯の準備をしております。ご主人様も神父様達との会食を希望されておりますので、お荷物を置かれましたら、一階へと参られて下さい」
一礼して退室しようとする。
そんな礼儀正しく丁寧なメイドを、呼び止める。
「あの。泊めて頂いたのに恐縮ですが、もう一部屋空いてはいませんか……?」
「ええ、空いてはおりますが……」
「何でですか先生?」
「いや流石に、男女が同じ部屋というのも問題があるでしょう」
「えー。今更別に良いじゃないですか。同じ屋根の下で暮らしていた仲なのに~」
「誤解を招くような言い方をするんじゃありません!」
今度は生身の左手で頬を挟む。
ミーナは口を尖らせぶーぶーと文句を言い続けるが、提案を聞いたメイドははっと気付いた顔をし、すぐさま頭を下げた。
「配慮が足りず、失礼致しました……。お弟子さんの部屋は、隣にご用意させて頂きます」
「ありがとうございます」
「同じ部屋でも別に良いのにー……」
「いいから早く荷物を置いてきなさい」
こうして自分だけの物となった客間。
部屋を出て行く際に、呑気な弟子は「後で探検しましょーね!」などと言って手を振るので、眼鏡を押し上げつつ「しませんよ」とバッサリ断っておいた。
「……まったく。本当にあんな弟子は前代未聞ですね」
窓ガラスを見つめる。既に暗くなった外の景色は、山中とあって街の明かりもなく、塗り潰したような暗黒ばかり。月も星も、出てはいない。
ちょうど、5人の弟子達が巣立って行った日も。こんな、真っ暗な夜だったと記憶している。いや、確かあの時は雨も降っていただろうか。
『どうして……! どうしてですか、先生ッ!』
最近は老人のように昔のことばかり頭に出てくるな、と自嘲気味に笑う。これでは老師をとやかく言える立場ではない。
無理に思い出す必要もない事だ。
それよりも、今後のことを考えなければ。
「……間違いませんよ。今度こそ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます