04 魔法使いの弟子(非公認)
冷たい早朝の空気の中。
東から昇る太陽に照らされ、黒服の男と二人の少女は、老師の動きに倣う。
「波濤拳の真髄はァ!」
「河の流れに等しく気を巡り!」
「……激流によって岩をも削りぃ……」
「すこやかなるジューのなかに、びなるゴーをもってして!」
老師はゆるやかに拳を突き出す。
「天上天下に無双の者などいないと知る事なり!」
「「「知る事なり!」」」
門下三人も、声と動きを合わせて『波濤拳』の極意に近づこうと――。
「じゃ、なくて!!」
ミーナの声が村に響く。
途中で型を放棄したので老師が睨んでくるが、そんな事には構うつもりもない。そもそも、こんなダンス紛いをするために来たのではないのだから。
「私が教えて欲しいのは魔法です! マ・ホ・ウ! スローモーションな体操なんて注文してません!」
「こりゃあ、チュンイェン! 型を崩すな!」
「誰ですかチュンイェンって! アタシはミーナ・ベルガモット! ちょっと神父様、このお爺さんにちゃんと言ってやって……」
しかしそこには。ミーナの抗議を受け止めようとする者の姿など、どこにもありはしなかった。
「そうそう。そこで相手の手首を捻るような形にするんですよ」
「こ、こうですか……?」
「そーです! 筋が良いですねぇ。他の動きもちゃんとできてますし」
「実はたまに、お二人の練習をこっそり見ていたんです」
「そうだったんですか。本当にイザベラは勉強熱心ですねぇ~」
「えへへー」
「ちょおおおおおいッ!!! ちょいちょい、ちょおおおおおい!!!」
「何ですかウルサイですね」
もはや波濤拳の練習どころではない。
ミーナの猛烈な異議申し立てに、神父の顔は実に面倒臭そうだ。
それが誰よりも解せないのは、ミーナの方であったが。
「ですからアタシはずっと、弟子にして欲しい魔法を教えて欲しいって、言い続けているじゃないですか!」
「ですから私も、ずっと断り続けているんですけど」
「でも諦めません!」
「なら私も貴女が諦めるのを諦めません」
「だったらアタシは神父様が諦めないるのを諦めるを諦め……んぇ?」
自分で言って混乱したようだ。
互いにこれだけ強情だと、説得するのも困難だろう。平行線のままでは時間を無駄に浪費するだけだ。
そこで、一つの妥協案を提示することにした。
「仕方ありませんね……。まぁ今すぐ追い返すわけにもいきませんし、暫く滞在するのなら好きにしなさい。部屋も空いています」
「ホントですか!? やった!」
「ですが弟子としては認めません。それでも、技術を盗むのは黙認します」
「黙認……?」
「私達と生活を共にする中で、魔法の極意を勝手に学ぶと良いでしょう。教えられるのではなく、己の目と耳で体感し、自分のものとするのです……!」
「おぉ……! なんかそれっぽい!」
「それでは早速、私の毎日の暮らしぶりを目に焼け付けるのです! まずは波濤拳の百八式の型を再現することから!」
「よーし! やるぞー!」
こうして、
***
夜明けの冷気が肌を刺す。
それまでは夜遅くまで起きていて、遅い時間に目覚める生活をしていたミーナにとっては、早起きするだけでも重労働な感覚であった。
しかし神父は容赦なく、ミーナの毛布を引っ剥がす。
「ハイおはようございます」
「う~……。あと5時間……」
「昼になりますよ。今日も老師が来ますので、早く起きてください」
そうして寝ぼけ眼をこすりながら、神父と共に老師の鍛錬に付き合う。
魔法との関係性は一切分からないが、「優れた魔法使いは優れた肉体を持っているもの」と祖母も言っていた。
故に渋々ではあるが、ミーナも見様見真似で波濤拳の動きに付いていく。
「こりゃあチュンイェン! 弐十四の型はもっと腰から動かすんじゃッ!」
「いったぁ!?」
しかし少しでも動きを間違うと、お尻をホウキの柄で引っ叩かれる。
ミーナにとっては理不尽な叱責に、朝から気分が落ち込む思いだった。
「ハハハ、弐十四の型は難しいんですよね~。私も習得するのに大分時間が……」
「ウェイフォーン! 貴様はいい加減、弐十一の型を覚えんかーっ! 腕ではなく手首で受け流すんじゃ!」
「あ痛ァ!?」
こうして、終わる頃には二人とも痛む尻のせいで歩き方がおかしくなりながら。最初の日課を終えるのであった。
修行が終わると教会に戻り、礼拝の時間となる。
「……そして女神アルテミナが、世に秩序と豊穣をもたらしたのでありました。この恵みを、絶やすことのない世界とするために。我々は努力して参ります。マルサータ」
「マルサータ」
「まるさーた」
イザベラの隣で聖書を読んでみるが、ミーナにとってはあまりにも退屈な時間であった。
興味がない上に早起きしたせいで、神父の説法が子守唄に聞こえてくる。
信仰とは無縁なミーナにとって、礼拝は愉快な気分になれるものではない。
しかし自分より年下のイザベラが熱心に話を聞いているのに、年長者である自分が爆睡するわけにもいかなかった。
最年長の老師は、長椅子に寝そべってイビキをかいているが。
礼拝が終わると、待ちに待った朝食の時間。
イザベラと共に徒歩で牧場へ卵と牛乳を取りに行くのは面倒だったが、そうして手に入れた食材は新鮮で美味しい。
「おかわり!」
「……ずいぶん食べますね」
「そーですか?」
「ハイどうぞミーナちゃん。大盛りにしておいたよ」
「イザベラちゃんマジ天使」
すっかり仲良くなったイザベラに感謝しながら、5人前の朝食を平らげる。
このままでは食費に逼迫され、教会の財政が破綻するのではないかと神父は懸念し始めていた。
そして朝食を食べ終えると、午前中は畑仕事。食後の運動にはもってこいのスケジュールだ。
神父はクワを振るい、ミーナは種を植える。暖かい季節になれば、畑一面が実りのある色に染まるだろう。
それを楽しみにしつつ、花壇にいるイザベラを見やる。
腹の足しにはならないが、花を育てるのはイザベラが希望したものだという。殺風景な教会を彩り、尚且つイザベラは花が大好きだった。
「へー。冬でも咲く花があるのね」
イザベラが
「春になると土の中に球根ができて、それを植えるとまた次の冬に咲くの。この教会に来てから、開花したのはこれで4回目かな」
「花を育てる事に関しては、イザベラは私より上手ですからね」
「すごいわね! 将来はお花屋さんになれるんじゃない?」
「えへへ……。だと良いんだけど」
イザベラの夢を応援しつつ、畑仕事を終え昼食ではこれまた大量に食べ、午後は子供達と共に授業。
しかし講義の内容はアルテミナの教義や小難しい計算などであり、魔法についての説明は一度も出てこない。
そうなると腹の皮が膨れた午後は、再び眠気が催してくる時間だ。神父に度々注意されても、興味のない学問に打ち込む気にはなれなかった。
夕方になると村の子供達も家へと帰る。
こうして教会としての業務が終了すると、夕食を交代制で準備する。今日はミーナの担当なので、好きなだけ食材を使い、具沢山のシチューを作ることにした。隠し味に、粉々に砕けた故郷特産のキノコや野草も加える。
「ごちそーさまでした!」
またしても、神父やイザベラの数倍の食事量を摂った。
夕食を片付けるとイザベラの部屋で、故郷や魔法の話をしてあげる。同年代の女子との交流が少なかったイザベラにとってはとても楽しい時間であり、ミーナも彼女のことを妹のように可愛く思っていた。
そうして早い時間に就寝となる。また翌日も早起きしなければならないため、娯楽も少ないことだし、さっさと寝るに限る。
この教会に来てからの数日は、早起きして身体を動かし、頭も使い、よく食べる日々だった。
空気も澄んでいて食材も美味。面白みには欠けるが、実に健康的だ。
「今日も良い一日だった~。おやすみなさーい」
明日は今日より上手く波濤拳を再現できるだろうか。そして朝食のメニューは何だろうか。
そんな事を思いつつ、ミーナは心地よい疲労感と柔らかな布団の中で、深い眠りの中へと……。
――寝落ちする前に、眼を見開き、『ある事実』に気付いて叫んだ。
「今日一回も魔法使ってない!!!」
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