4話―――時系列⑤



 みゃーは差し出した手を一向に引こうとしない。


 それでも、僕は俯いたまま頑なに首を振る。



「みや、お兄ちゃんに食べて貰いたいなー」



 僕の顔を覗き込むように訴えかける。



 ごめんな、みゃー、なんでなのかはわからないけれど、


 僕の体がそれを受け取る事を拒絶しているんだ。



 だから、


 だからさ……



「家に帰るまで僕がみゃーを必ず守るから、その飴玉はみゃーが守ってくれないかな?家に帰って食べるから、僕の為に、守っていてくれるかい?」



「うん!約束する!みや、このあめは絶対にまもるね!!」



 みゃーは満面の笑みで、頷いてくれて、まーくんのポケットの奥底に再び仕舞い込んだ。



 だけどね…みゃー。


 僕は飴玉よりも、みゃーの話をもっと聞きたかったんだ。


 出来ることならずっと、聞いていたい。



 少しでも多く聞いておきたかった……



 でも、


 僕が顔を上げた時、


 終わりの情景はすぐそこまで近づいていた。




 ライトに照らされ地面を振子のように左右に這いずる光の円。


 そして、スンスンとまるで獲物を探しているような嗅覚の音。


 その音の主は同じく地を這うように近づいてくる複数の獣だった。



 そんな"ぜったいぜつめい"を目の当たりにしているにも関わらず、不思議と僕は落ち着いていた。



 取り乱すことなく、みゃーの為にすべき最善の方法を思い描き、



 決断する。



「みゃー、よく聞いて。僕が今からあいつらに通せんぼをするから、みゃーは頑張って走って逃げるんだ」



 みゃーも迫ってくる集団には気が付いているようだったが、僕の言葉に肯定の反応は見せない。



 みゃーはフルフルと頑なに首を振るが、僕はそれに応じるわけにはいかなかった。



「嫌だよぅ。みやもお兄ちゃんと一緒にいる!みや、もう我がまま言わないから!歯磨きもちゃんとする。だがら、だがら、お兄ぢゃん、お願いだから、みやをおいでいっちゃ、やだよぅ」



 今までどんな恐怖にも必死に堪えていたみゃーが、初めてボロボロと涙を流す。



 胸が締め付けられる。


 胸が張り裂けそうになる。


 その震える小さな体を抱きしめてあげたくなる。



 でも、


 それでも、



 僕はみゃーを守らなくちゃいけないんだ。



「みゃーを一度だって我がままなんて思ったことはないよ。みゃー、さっき約束したよね?僕もみゃーにも、お母さんにも、みゃーを守るって約束したんだ。だから、みゃーも僕の食べる飴玉を守る為に、まーくんと一緒に逃げるんだ。絶対、置いてなんか行かない。必ず後で追いかけるから。約束するよ。みゃー」



 僕は卑怯だね。


 だって、知ってるから迷いなく言えるんだ。


 みゃーは最後には僕の言うことをちゃんと聞いてくれるって。



 一度だって、僕の言うことを聞かなかったことは無いんだって。



「…う゛ん。 みやも、や、くそく、した。みや、ちゃんと、やくそくまもれる。」



 ―――ほら、きっとそう言ってくれるって僕は知ってたんだ。



「よし、良い子だ。みゃー、行くんだ!!」



 僕は、駆け出したみゃーの後姿を確認してのちに、迫りくる奴らに正面から対峙した。



 ライトの光が眩しくて相手をちゃんと確認できないが、男だと思われる数人の大人と複数の獣。


 此方に気が付いたのか、獣達は足をとめ吠えたくる。


 そして、その状況に混乱するかのように、戸惑う男共。



 通せんぼするだけのつもりだったが、これはうまく行けば追い払えるかもしれない。


 僕はとっさに足元周辺へ目を配ると、落ちていた手頃な木の枝をみつけた。



(よし、これをぶん回せば、少しは時間稼ぎができるはずだ!!)



 あれ?


 足元にある木の枝を拾おうとするが、真っ暗な所為かうまく拾い上げることができない。


 再度、試みてみるが…


 あれ?


 あれ?


 なんでなの?



 何度、何度掴もうとしても、


 手に当たるその感触すらもが全くなかった。



 まるで、雲のような、幻のようなものを掴もうとしているのだろうか?


 不可解な疑問が、焦りへと変化していく。



『おい、見つけたぞ!!』



 発見の声を上げた男の持つライトが照らす先に小さく映るみゃーの姿があった。


 それでもまだ距離は少なからずある。


 武器は手に出来なかったけど、体当たりしてでも止めなければいけない。



「行かせるかー!!」



 僕は残された全ての気力を使い捨て身のつもりで、正面から男へぶつかる。



 ……筈だった。



 気がつけば僕は地面に膝を付き倒れていた。


 迫る男を間違いなく正面から捉えていたのは確かなのに……



 それは遮られることなく通過していた。


 そして新たな別の男たちが続々と僕を通り抜ける。



 その誤魔化しようのない事実が、僕に真実を教えた時、




 僕にはもうみゃーを守ることは出来ないんだということを思い知った。





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