2話―――時系列③



 ちょっとだけだったから大丈夫だったよね?


 家に戻った僕は少しだけ不安になっていたけれど、みゃーを見て安心した。



 アニメを見ながら寝ちゃってるや。


 泣いてた様子もないし、すやすやとした寝顔がとても可愛い。



 みゃーが寝てくれたから、後は電気を豆球にしてテレビを消して僕も寝るだけだ。



 そう思って、明かりを操作するパネルスイッチを押そうとした、




 まさにその瞬間だった……





 ドンドンドン!! ドンドンドン!!





 玄関のドア叩く、けたたましい音が鳴り響く。



「ふぇー……お兄ちゃん、お兄ちゃん?なんで大きな音がしてるの?」



 両腕で目をコシコシしながら目覚めたみゃーは今にも泣きだしそうなくらいに不安がっている。




『みやこちゃん!!いる!?隣のおばちゃんよ!!起きてる!?開けて頂戴!!シマおばちゃんだから玄関の鍵を開けて!!』



「お、お兄ちゃん、シマおばちゃんだよ?開けてっていってるよ?」



 顔見知りである人の”シマおばちゃんだよ”との声が聞こえて、少し安堵の表情を覗かせたみゃーだったが、未だ鳴り響くドアを叩く音と熟年女性独特の叫び声にビクビクと肩を震わせている。



「ドアは……開けちゃ、……いけない」



 最初に頭によぎったのは、お母さんとの約束だ。



 ――家にお母さん以外の人が訪ねて来ても絶対に玄関を開けないこと



 次に想像したのは、この前みゃーに読んであげた絵本の内容。



『オオカミはおばあさんの声をまねることで小さい女の子を安心させ招き寄せた』



 そんな一文。




『みやこちゃん!!開けて!!みやこちゃん!!ドアを開けなさい!!』




「お兄ちゃん…開けないと…シマおばちゃん、怒ってるよ…」



「ダメだ!!あれがおばちゃんのまねしたオオカミだったらどうすんだ!!」



 しまった……


 僕も声を荒げてしまった上に、オオカミだなんてみゃーにとったらこの上ない恐怖に違いない。



 予想通り、みゃーはくしゃくしゃと顔を歪ませる。


 でも、それでもまだ泣いてはいない。



「大丈夫だよ、みゃー。僕も一緒だし、なによりみゃーにはまーくんがいるじゃないか」



 今度は優しく声をかけると、みゃーは同じ布団に入っていた熊のぬいぐるみの"まーくん"を両腕でギュッと胸に抱きしめた。



「みゃーは偉いな。僕が5歳だったらとっくに泣いちゃってるよ。本当に偉い子だね、みゃー」



「ママと、おやくそくしたもん。お兄ちゃんと2人のときはぜったい泣かないって…ゆびきりしたもん」



 僕にお母さんとの決まり事があるように、みゃーもまた同じように約束していたんだ。



 妹を泣かせないように守ること。


 兄を心配させないように泣かないこと。



 僕が今、初めてその事を知ったってことは、本当は内緒の約束だったのだろう。


 みゃーはその瞳から今にもこぼれ落ちそうな程の大粒の涙を浮かべているのも関わらず、それでもなお必死に堪えようとしている姿を見て、僕はまるで息が詰まるようないたたまれない気持ちになった。




 気がつけばドアを叩く音も、おばちゃんの大声も聞こえなくなっていた。


 本当にシマおばちゃんだったのか、もしくは違う偽物だったのかはわからないが、どちらにしろ諦めてくれたのだろうと淡い期待を抱く。


 大きな騒音が止み、みゃーがいつの間にかリモコンを踏んでしまっていた所為かテレビも電源が切れている。



 急に訪れた静寂は僕らに別の異なる不安を煽る。


 張り詰めた緊張が解けたからこその不安なんだろうか。


 自分の口がへの字を描くように引きつっていくのがわかる。



 だめだ、ダメだ。



 僕がこんな顔してたら、それ見るみゃーがどんな気持ちになるだろう?


 そう思っていても、まるで見えない力に引っ張られているかのように口端は元の位置に戻ってくれない。


 なんとしてもみゃーだけは安心させてあげられないだろうか。



 そう思いながら僕は頼りない両頬をパシンと手で叩いた時、ついさっきのことを思い出した。



 あれ?ほんの少し前のことなのに、ずいぶん前のことにも思えてしまう。



 僕は電話で呼ばれて家からちょっと離れた場所でお母さんと会ったんだ。


 お母さんはその後、多分お仕事に戻っていったんだろうけど、


 その時にひとつ僕におまじないをしてくれたんだ。




『今からお母さんが翔太が怖くならないよう、おまじないしてあげるからね』




 怖くないようになるおまじない。


 それをみゃーにもしてあげよう。


 そして周りを見回すと丁度みゃーがいつもお弁当箱を入れている手さげ袋が目に映る。


 みゃーには小さすぎるだろうけど、抱かれている”まーくん”には丁度いい大きさだろう。



「今からお母さんに教えてもらった怖くなくなるおまじないをしてあげるから、まーくんをちょっと貸してくれる?」



 みゃーは首を振ってまーくんを放してくれない。


 それならみゃーにやってもらおう。


 別に難しいことではない。



「じゃあ、僕の言う通りやるんだよ」



 今度はコクリと頷いてくれた。




 そして、みゃーは僕の言った通りに……



 熊のぬいぐるみの顔を覆い隠すように……




 手さげ袋を頭に被せた。


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