21-9

 相田とは対象的にゆっくりと立ち上がった網屋は、そばにあるコートハンガーへと歩み寄った。上着の横にかけてあるホルスターを鷲掴む。


「相田の言いたいことはよく分かった。そりゃあ分かるさ、嫌になるほど。……だけど、俺はお前が人を撃つところなんて見たくない」


 するりと銃を引き抜く。真っ黒な彼の武器。ホルスターはテーブルの上に放り出して、弾倉を確認。さらにスライドを引いてチャンバー内に銃弾が入っているか確認。いつも通りの無機的な音と共に撃鉄が起こされる。


「だから、どうしてもお前自身が撃ちたいっていうのなら」


 確実に発砲できる状態にしたP229の銃把を、網屋は、


「俺を殺して、俺から奪え」


 相田の手に握らせた。

 両手で保持させ、自分で銃身を掴んで己の心臓へと突き付ける。面食らう相田、お構いなしに話し続ける網屋。


「この距離なら外すことはない。仮に逸れたとしても、土手っ腹ブチ抜いて放っときゃ死ぬ。いいか、両手でしっかり持て。隙間が無いようにグリップを握れ。もうちょっと上、そう、高い位置での保持を心掛けろ。低い位置でグリップするとここからガクッと跳ね上がるぞ、手首を痛める」


 相田の両手の位置を直し、よりしっかり握らせると更に続ける。


「トリガーは指の腹で引け。指先で引くと左にブレやすくなるし、関節で引けば右にブレる。真っ直ぐ後ろに引くんだ。ああ、肘は少しだけ曲げといた方がいい。膝もな。きちんと保持したってどうしても撃った時の衝撃で、手首とか肩から跳ね上がるのは避けられないんだ。それに対してガチガチにあちこち固めすぎちまうと、衝撃の逃がしようがない。こればっかりは繰り返して学習するしかねえな。衝撃を吸収するイメージだ、跳ね上がるのを最小限に抑える。そうすれば二発目をすぐに撃つことが出来る。一発でカタがつくと思うな、二発叩き込め」


 網屋の声色に躊躇いはない。


「この状況なら必要はないが、通常はここにあるサイトをターゲットに合わせる。この手前と、先端にあるやつだ。ここの間からこいつがど真ん中に見えるように、で、高さも合わせる。ここんとこな」


 指差しつつ丁寧に教え、最後に、相田の右手の人差し指をトリガーへと移動させた。


「……さあ。教えた通りにやってみろ。そうすれば、お前は武器を手に入れることができる」


 だらりと網屋の両手が下がって、無抵抗の状態へ。本当にいつでも撃てる状況にあることに気付き、相田は網屋の顔を見る。表情はなく、いや寧ろ、薄く微笑んでいるようにさえ見える。


 簡単だ。この人差し指に力を込めさえすれば願いは叶う。その一挙動で全て終わる。網屋は抵抗しないだろう。

 指が震えた。体の内側から寒気が上がってきて凍える。

 同時に、かつて抱いた疑問を思い出した。


 ――――先輩はいつも、こんな怖い思いをしているのだろうか。それとも慣れてしまったのだろうか。何とも思わないのだろうか。いや、先輩のことだ、何とも思わないというのはなさそうだ。だが、だとしたら、この重圧と恐怖感の真っ只中に居続けているのか。過去の悲しさごと背負って、こんな泥沼の中にいるのか。


 あの時に聞けなかった答えが今ここにある。ただ静かに横たわる、生か、死かという二択。己の手で、奪う、今まで生きてきた全てを。


 銃は冷たい。指に触れる引き金は硬い。両手で握ったそいつは重い。

 今、選べ。殺して奪うか、否か。


「……………………できま、せん」


 涙で枯れた声を振り絞る。力が抜けて、銃口は網屋の心臓から逸れる。


「そんなの……できる、わけが……ないじゃ、ないですか…………先輩、殺すなんて、絶対……無理…………ズルい、ですよ……そんなの……!」


 言葉はしゃくりあげる度に崩れてゆき、流れ出す涙がシャツを、手を、銃を濡らす。嗚咽の声は抑えきれず、まるで小さな子供のように相田は泣く、泣き続ける。

 相田の手から銃を離すと、網屋はデコッキングレバーを操作して撃鉄を安全な位置に落とし、テーブルの上にそっと置いた。


「そう、か。ズルいか……そうだな」


 相田の頭を撫でる、乱暴にだ。いつものように。


「……相田、ごめん」


 短く告げられた謝罪に、相田は小さく頷いて、それでもやはり、いや、寧ろ余計に涙は止まらない。何かのタガが外れてしまったように。

 どうして泣いているのか。何に対して泣いているのか。もう分からない。馬鹿みたいに涙が後から後から流れてきて、相田自身にもどうしようもないのだ。

 泣いた。ただ、泣いた。押し流すように。

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