21-8

 相田の首根っこを掴んで、網屋は自宅へと帰還した。告別式が終了したのはやはり暗くなってからで、さらにその後の遺骨の安置であるとか四十九日や納骨の打ち合わせであるとか、諸々を全て終わらせると結構な時間だ。


 相田を部屋に叩き込んで着替えてくるよう言いつけると、網屋は自室の冷蔵庫を漁る。卵と冷凍うどんを確認し、大きめの雪平鍋に適当に水を入れるとコンロの上へ。上着を脱いでネクタイを緩め、電話で相田を呼ぼうとして取りやめ、わざわざ外に出て隣のドアを叩いた。


「相田ー、着替えたかー」


 しばらくしてドアが開く。ろくすっぽ着替えてはいなかったが、上着とネクタイは無くシャツの裾が飛び出している。


「まあいいか、俺も同じようなもんだしな。メシ、食うぞ」

「……いや、俺は……」

「食え、強制だ。拒否権はない」


 押し込むように自分の部屋へ連れてゆくと、いつもの席に相田を座らせる。


「米炊いときゃ良かったな。冷凍した白米も尽きちまったし……ということで、今日はうどんで勘弁してくれ」


 ガスコンロを付ける音。台布巾を絞っていつものように相田に渡そうとし、網屋は一瞬ためらって、相田の前にそっと置いた。

 無言のままであったが、相田は条件反射のように布巾を手にした。テーブルを拭き始める様子を確認して、網屋は台所へ戻ってゆく。


「一応、麺つゆは大目に作っとこうか。そうすりゃおかわりできるからな。ただし、具材は溶き卵のみ」

「……先輩」


 呼ぶ声は硬い。網屋は悩み、コンロの火を消してから「何だ」と返す。振り向いては見たが、相田は椅子に腰掛けたまま動いてはいなかった。

 網屋もいつもの定位置に座る。テーブルの片隅に置いたままの煙草を手に取り、しかし取り出すことはせず、もう一度「何だ」と繰り返した。

 相田はうつむいたままだった。手に持った布巾が千切れてしまいそうなほど握り締め、力のこもった指先は真っ白になっていた。


「…………先輩」

「おう、何だ」


 三回目。同じ言葉を繰り返し、網屋は相田を見つめる。煙草は結局、元の位置に戻してしまった。


「……俺に……先輩の銃を、貸してください。父と母の仇を、取ります」


 血が混ざっているのではないか。そんな、声だった。何もないところから絞り出すような声色だった。


「断る」


 早い。相田の懇願を真っ向から網屋は切り捨てる。ここでようやく、相田は顔を上げた。無理矢理に堪えた涙のせいで赤く腫れた目尻。


「なんでですか?! 先輩だったら今の俺の気持ち、分かるでしょ?」

「駄目だ。お前に銃は撃たせない」

「どうして?!」

「どうしてもだ」

「そんなんじゃ納得できません!」


 怒りがそのまま拳へと伝わり、相田はテーブルを思い切り殴りつけていた。灰皿ががたりと揺れた。


「どうしてもあの野郎を、市村とかいう奴を殺してやらなきゃ気が済まないんです! だから……」

「お前が銃を撃つのは認めない。いや、銃じゃなくてもナイフでも何でも、お前が直に人を殺すのは駄目だ」

「なんで!」

「相田までこっちに足を踏み入れるな。俺と同じになってどうする」

「俺はあいつさえ殺せればそれで」

「一人だろうが百人だろうが同じだ! 一度でもやってみろ、二度と戻れなくなるんだぞ!」

「それでも構いません!」

「駄目なんだよ! どうしようもないんだ、戻れりゃしないんだ! 汚す必要のない手をわざわざ汚すな!」

「でも、でも……殺されたんですよ? 何も悪くないのに、俺の両親は殺されたんですよ!」


 相田の大きな瞳から涙がぼろぼろと溢れ、零れた。まるで、裂傷から流れ出す血のように。思わず網屋は息を呑む。言葉を、一瞬、見失う。そこにかつての己を見出したから。


「あの野郎、言うに事欠いて『申し訳ない』って、『反省してる』って! 最初は当たり前みたいに、当然のことみたいに、殺したって、そう言ってたくせに! だったら最初から、そんな、どうして、お父さんとお母さんが何を、何をしたって言うんだ……何を……! なんで殺されなきゃいけなかったんだよ!」


 蹴倒すように立ち上がり、相田は網屋の胸倉を掴んだ。椅子が倒れて派手な音を立てた。

 網屋は黙って相田の顔を見上げた。その目の奥に燃え盛る薄暗い炎を見据え、胸倉を拘束する手首を掴む。鋭い痛みが走り、相田は思わず手を離した。

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