21 写真と火葬
21-1
今日も、いつもの通りに喫茶店に通う。網屋は重いドアを開けて、グリズリーコーヒーの店内へと入った。
「こんにちはー」
「いらっしゃいませ、網屋さん」
椿がカウンターから挨拶を返し、網屋はお決まりのカウンター席に座る。
「うー、すっかり寒くなっちまったね」
「寒い寒い。秋すっ飛ばして完全に冬ですよ。春と秋の実感が無い」
注文も聞かずブレンドコーヒーを淹れる椿。網屋もそれを当然のように受け取る。これが「いつもの注文」になっているのだ。暖かいコーヒーカップを抱えるように両手で持って、まずは暖を取る。
「あったけぇんなぁ」
「んだべんだべ、あったけぇべ。今日は何にします?」
「あったけぇドリアをオラにおくれ」
「あいよ、かしこまりー」
注文を受けた椿は網屋に背を向け、手早く支度を始めた。実はなんとなく注文の予想ができていた。であるので、すぐに作れるよう事前に準備を整えていたのだ。
一方、網屋は脱いだコートのポケットから小さな包みを取り出した。
小さな包みは、細長い箱状のもの。贈答用のラッピングが施されており、網屋はそれを後生大事に抱えて椿を待つ。
ランチセットのスープと、今は寒い時期であるので温野菜サラダをカウンターへ。その間にドリアを焼き上げる。無駄なくテキパキと動く姿に網屋はふと、ニューヨーク時代にレストランで働いていた自身の姿を思い出した。「潰しが効かない職業であるから、必ず何か一つは代替技術を身に付けろ」という佐嶋の思想に則り、クラウディアがオーナーを勤める店舗で厨房スタッフとして勤務していたのだ。
佐嶋としては楽器演奏、特にギターをやらせたかったようであるが、如何せん楽器演奏など性に合わない。その旨を告げた瞬間にクラウディアに「ならうちで働いて頂戴」と問答無用で掻っ攫われたのだ。おかげさまでいっぱしの料理が作れるようになった。
ぼんやりと思い出しているうちに、ドリアが焼き上がる。ふつふつと音を立てるそれを「お待たせしました」と差し出す椿、その顔を見て、どこからどう切り出したものかと悩む網屋。だが、悩んでも仕方ないことに思い至る。とにかく口火を切ってしまうことが重要だと、網屋は腹を括った。
「……こないだのライター、ありがとう」
椿は以前、網屋が喫煙家であることを知った際にライターを贈っていた。所属しているバイクチームのロゴが入ったグッズであったが、網屋は随分と喜んだ。今では煙草を吸わない時ですらライターをいじっていたりする。
「いえいえ、何だか不用品の押しつけみたいになっちゃいましたけど」
「そんな、すごく助かってます。で、お礼にこれを」
小さな包みを掲げて、網屋はニカッと笑ってみせた。当然、全力の照れ隠しである。つい先週ヒィヒィ言いながら返礼品を探し回ったのを思い出して、ますます照れくさくなる。
「お礼になるかどうか、その、わからないんだけども」
「嬉しい! 開けてもいいですか?」
言い訳じみた弁明をぶった切り、椿は目を輝かせて問う。その勢いに押されて、網屋は「ど、どぞ」としどろもどろで返した。
椿は包装を丁寧に開けてゆく。リボンをそっと外し、包装紙をとめるシールをそれこそ息を詰めて剥がし、中から現れた細長い箱の蓋を持ち上げる。
入っていたのは、スクエアカットの赤いペンダント。よく見れば、その深い赤の中に青い炎のような光が揺らめいている。オパールにも似ているが、こんな色のオパールは無いはずだ。
「……綺麗」
「ドラゴンズブレス、って言うんだって。中の青い部分が、ドラゴンの息みたいだから。まあ、宝石じゃなくてガラスなんだけれども」
ドラゴンズブレス、またの名をメキシカンオパール。光の入る角度によって別色のシラーが輝くガラス工芸。まるで、竜の吐息を封じ込めたような色。
「その、椿さんに似合うかなぁと思って。あ、好みじゃなければ引き取るので……」
「すごく好み! すごく! ……です」
思わず大きな声を上げてしまい、椿は少し顔を赤らめた。しかし網屋は気付かない。拒否されなかったという事実で胸中がいっぱいになっていたからだ。
「……あの、つけてみてもいいですかね」
「あ、うん、どうぞどうぞ」
華奢なチェーンを、まるで壊れ物でも扱うかのようにそっと持ち上げてつけてみれば、ペンダントヘッドは鎖骨の辺りに来る。よく磨かれた食器棚のガラス戸に姿を映して見ると、何とも言えない緩みきった顔がそこにあった。私ってつくづくチョロいなぁ、などと考えながら椿はカウンターに戻る。にやける顔を堪えることもできずに。
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