21-2

「気に入ってもらえたでしょうか」

「とても。ありがとうございます」

「良かったあ……あれ、そういえば真澄さんは?」

「研修会。この辺のコーヒー屋さんらで集まって、最近の流行りは何だとか新しい淹れ方がどうだとか、情報の交換会をしてるんですって。まあ、そんなのは言い訳で、とりあえず仲間内で寄り集まってダベっていたいだけなんだろうけど」


 半分は正解で、半分は不正解だ。椿自身は話したつもりも何もないが、網屋に心を寄せているのは一目瞭然。今まで全く浮いた話もなく、それどころか男勝りを通り越して、自分の子供は娘ではなく息子なのではなかろうかと心配していた真澄であるからして、ここは一発気を利かせておきたいところなのだ。

 当然、そんな父親心など娘は知らない。いや、通常であれば簡単に気付くのであろうが、今の椿は自分自身の変化に戸惑い、この事象だけでいっぱいいっぱいになっている。それを分かっていて放置しているのだから父親も大概であろう。


「全く、変な父親ですよねぇ。世間一般的な父親って、どんなのだかよく分からないんですけど」

「世間一般かあ、俺もよく分かんないなぁ……ああ、分からんつったら相田んちのご両親は飛び抜けて面白い人達だよ。会ったことある?」

「そういや、ないなぁ」

「すっごいテンション高いっつうか、うーん、ありゃ何つったらいいんだろうなぁ」


 網屋は昔を思い出して、少しだけ悲しいような、しかし嬉しいような、奇妙な感情に囚われる。そんなごちゃ混ぜの泥のような気持ちは一旦蓋をして、今はただ、陽気な話を。


「昔、相田んちに遊びに行った時にさ、相田のお父さんが『雅、お父さんの代わりにトイレ行ってきて』とか言い出してね」

「代わりって、えぇ?」

「『希くんが代わりに行ってきてくれてもいいよ』って。息をするのも面倒臭いとか言い出す人だからなぁ」

「息はしようよ!」

「んで、できないって言うと、相田のお母さんが『やりもしないで出来ないなんて言うんじゃありません!』ってすかさずボケを捩じ込んでくるんだ。畳み掛けてくると言うか」

「ボケしかいないんですか相田家は」


 へらへらと笑う椿。ふと先日の出来事を思い出す。


「そう言えば、こないだ相田が、自分のオンラインストレージに母親が仕事の写真ブッ込んできた、勝手にやられたとか言って怒ってたんですけどね」

「うへぁ」

「さらに父親が『彼女の居ない息子に癒し』つって、女児向けアニメのオープニング集入れてきたーって、相田のヤロー奇声上げてのたうち回ってましたよ」

「うわぁ! 容赦ねえ! つうかさ、親にバレるようなパスワードにすんなっつうの相田」

「ですよねぇ。どうせ誕生日とかその辺ですよ、きっと」

「あー、それなー。一番やっちゃいけないやつなんだけど、ついやっちゃうやつなー」


 そういえば相田の誕生日はそろそろだったっけかな、と網屋は思考を巡らせる。誕生日くらいは何か豪華な食事でも作ってやった方がいいだろうか。しかし、相田の正確な誕生日を思い出すことができない。直接聞いて、その日は何を食べたいのかついでに尋ねれば良いだけだとすぐに気が付いた。帰ったら早速聞くか。


 が、そんな考えはスマートフォンの呼び出し音で阻まれた。かけてきたのは当の相田で、さてこんなタイミングで何だろうと電話口に出る。


「はーいもしもし、どしたー」

『…………先輩……』


 聞こえてくる声はやけに切羽詰まっていて、網屋はすぐに緊迫した空気を悟る。


「どうした相田」

『ど、どうしていいのか、分からなくて……その……』

「大丈夫だ、ゆっくり話せ。何があった」

『警察から、電話が』


 警察と言われて思い浮かぶのはやはり、速度違反である。それとも自分の仕事で足がついたか。場合によっては医師達に連絡を取らねばなるまい。一瞬のうちにそこまで考えた。

 いや、今まで散々考え想定していた内容でもある。然るべき処置の順序を頭の中で並べる網屋であったが、相田の放った言葉はもっと違う方向へと飛んでいった。


『うちの親、が、死んだ、って』

「…………え?」

『自殺したって、連絡が……遺族に、確認をしてほしいって……』

「待ってろ、すぐに行く。いいな、俺が帰るまで動くなよ!」


 既に用意してあった代金をカウンターの上に置くと、「ごめん、急用ができた」と一言だけ残して網屋は立ち上がり、走る。冷え切った鉛を飲み込んだような、おぞましい違和感に苛まれながら。

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