20-2

 翌日、日曜の朝。


 相田が運転する車の中。助手席には網屋。後部座席にはシグルドと、もう二人。


「はじめまして、塩野芹香しおのせりかです!」

「はじめまして、塩野香蓮しおのかれんです!」


 茶色がかったさらさらと細い髪を、パツンと切った前髪。そっくりの顔立ち。片方は長い髪をサイドテールにし、もう片方は三つ編みにしている。そんな、幼女。


「九歳です!」


 二人同時に高らかに宣言。ご結構な美少女である。パッチリとした目鼻立ちを満面の笑みで彩っている。


「塩野先生んちのお子さん。本日の特別ゲストです」

「双子です!」

「元気だねぇ」


 見りゃ分かる、というほどよく似た双子だ。一卵性双生児というやつだろう。目のあたりは父親の塩野によく似ていた。髪の色が茶色がかっているのは染めたりしているわけではなく、母親が金髪であるが故の遺伝だそうだ。


「ええとだな、司令官こと塩野エリザベスさん、塩野先生の奥さんな。に指示を仰いだところ、本日深谷市にてハンドクラフトマーケットが開催されるから行ってこいと。で、作戦指揮官として娘さんがたに随伴していただくことになりました」

「さくせんですっ」

「しきかんですっ」


 ビシ、と敬礼してみせる双子。


「子守を押し付けられたとも取れるが、まあ気にするな。いい子達だぞ、何せ俺の弟子だからな」

「弟子?」

「うん! シグルドさんはたてぶえのししょー!」

「すっごいんだよ、金色のおっきいたてぶえ吹けるんだよね!」

「ウムッ! 縦笛の親分である!」


 相田と網屋は顔を見合わせて、「あぁ」と同時に呟いた。シグルドのアルトサックス、見ようによっては縦笛とも言えよう。随分大きくてピカピカした縦笛ではあるが。いや、だからこそ「親分」なのか。


「たくさんの曲いっしょに吹いたの。カエルの歌めちゃくちゃ吹いた、ねー?」

「輪唱したな!」

「した! 楽しかったー!」


 アルトサックスでカエルの歌輪唱。カエルの歌とな。やはりジャズっぽいアレンジが効いていたりしたのだろうか。はたしてその事実は聞くべきか否か。口をモゴモゴさせて悩んでいるうちに、彼等の車は目的地にたどり着いてしまった。


 到着したのは深谷市の商店街通り。道路際に、ポッカリと開けた場所がある。そこに様々な出店が開いていた。店の種類は多岐に渡る。フード系、デザート系、ドリンク系、さらには食器、バッグ、リースにビーズにアクセサリーやら服やらよだれかけやら。

 車から降りた相田は気付いた。いつぞや、三医師に連れてきてもらった小さな飲み屋のすぐ近くではないか。と言うより、散々走り回った辺りとでも言うべきか。


「ししょー、アレみて」

「なんか楽器作ってる」


 空き缶や箱を利用して楽器を作っているブースがある。聞こえてくるのはチープな音ではあるが、何気に音階がしっかりしているのだ。


「すげえ何アレ、弦楽器まである」

「ししょー、見に行こ!」

「おもしろそー!」


 双子に手を引かれ、シグルドは手作り楽器ブースへと連行されてしまった。頼みの綱が掻っ攫われてしまってはどうしようもない。さてどうしたもんか、相田を引き連れて端から見て回ろうかと網屋が悩んでいると、その相田は酷く真剣な顔付きである。


「……先輩……すんません……俺、お役に立てそうもないです」


 鬼気迫る顔に網屋は一瞬息を呑み、しかし、彼の視線が向かう先を確認して納得した。


「具沢山ミネストローネとか、粗挽きポークウインナーホットドッグとか、ピリ辛そぼろ弁当とか、グリーンカレーとかジャンバラヤとかクレープとかパンとかベーグルとかキッシュとか目の前にぶら下げられてしまうと、その……意識がですね、そっちに全部持ってかれると言うか……」

「あーあー、分かってる、もうなんつーか出店のラインナップ見た瞬間に分かってる。行っといで」

「おっしゃああああああ」


 ポケットから財布を取り出しながら猛ダッシュをかます相田。温かいスープを販売しているブースに突撃して「両方ください!」なんて注文している姿を生暖かく見つめて、網屋は深く溜息をついた。


「……結局、頼れるのは己だけか」


 イベント会場の範囲はそれほど広いわけではない。端からシラミ潰しに行く、という方向性は最初から決まっていたことだし、なんとかするしかあるまい。網屋は色々なものを諦めて覚悟を決めた。




「ししょー、のぞみお兄ちゃんのお手伝いしなくていいの?」


 空き缶を利用した楽器を作りながら香蓮が、傍らに立つシグルドを見上げて尋ねる。


「のぞみお兄ちゃん、好きな人におくり物、するんだよね?」


 同じく芹香もじっと見つめて聞いてくる。そんな二人に、シグルドはにっこり笑って答えてみせた。


「こういうのはね、自分で選んだ方がいいんだよ。これしかない、これをプレゼントしたい! っていうとっておきは、自分でしか見つけられないから。セリカもカレンも、お父さんやお母さんにプレゼントするなら一番いいものをあげたいだろう?」

「うん!」

「一番いいのあげたい!」

「な? これを作ったら、お父さんとお母さんのお土産も探そう」

「はーい!」

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