20-3

 さて。それこそ端から回り始めた網屋であるが、何を血迷ったか、フェルトでおままごとセットを作って販売しているブースにてつい『チキン丸焼きセット』を購入してしまった。あまりの完成度だったからだ。ほぼ実物大のチキン丸焼きに付け合せのプチトマトとブロッコリーまでセットになっている。『厚切りステーキセット』と迷ったが見た目のボリューム感でチキンに決めた。おままごと、と言うにはあまりに精巧かつチョイスがおかしい。女の子が好きそうなケーキなどもあったが、なんと丸々ワンホール分。実はバゲットサンドセットもあってこちらもかなり迷った。帰ったら部屋に飾っておこう、と決める。


 次に覗いたのは、ガラスでビーズを作成しているブースだ。女性向けか、と思って覗いてみたのだが、何故かネギやらキュウリやらナスの形をしたビーズが所狭しと並べられていた。


「……ネギ……?」


 ネギだった。ビーズなので、ちゃんと真ん中に穴が空いていた。キュウリもナスもピーナッツもアボカドもヒマワリの種もトマトも全部ビーズとして成立していた。アクセサリーに加工できますよ、と言われかなり悩むが思いとどまる。ネギのイヤリングを贈って、相手は喜ぶだろうか? ……喜ぶかもしれない。かなり、高確率で。……いやいやいやいや待て、ちょっと待て、考え直せ、落ち着け俺。あぁー深谷市はネギ有名だもんなーだからネギかぁーとか納得してる場合じゃない落ち着け。


 布雑貨と紙雑貨を扱っているブースには、可愛らしい子供用グッズなどがあった。手作りガーゼマスクなんてのもあって、ああそうか、自作する人もいるのかと感心する。小学生用の手提げや体操着入れを見て、そういえば母親が作っていたなと思い出した。なるほど、手芸が苦手な母親だっているだろう、そんな人にとっては渡りに船ってやつだ。サボテン柄とか寿司柄とかいまいち可愛くないパンダ柄とか、そんなチョイスであるのはこの際見なかったことにする。


 美しいリースを販売しているブースもあった。乾燥させたスパイスを使い精巧に作られたリースボールもあったが、それを見た瞬間「あ、チョウジだ。中華料理に使うやつだ」とか考えてしまってこりゃ駄目だと頭を抱える。この場合は「スパイスを装飾用に使用している」と考えるべきであって、食材として考えてはいけない。自分の頭はロマンというか、そういうやつが足りない。足りなすぎる。こんな調子で大丈夫か俺。大丈夫か。


 ここまで巡ったところで、腹が減り始める。キッチンカーで販売されていたグリーンカレーを購入し、ここに来た時からずっとなにがしかを食い続けている相田の隣に陣取って昼食を取ることにした。広場の隅にはいくつかテーブルとベンチがあり、食事をとるには丁度良い場所になっている。


「お、先輩。どうっすか首尾は」


 ホットドッグを頬張りながら相田が尋ねる。


「もうね……分からん……可能性に殺されそう……」

「なんか革でできたお花のブローチとか売ってるトコありましたよ。アクセサリーとか」

「マジか」

「スープ屋さんの隣とコーヒー屋さんの隣。あと、カレー屋さんの横にもアクセサリー売ってるトコあった」

「お前の認識は常にメシ屋とともにあるな」

「イエス! メシが伴えば大概のことは覚えられますよ!」

「げんきでよろしい」


 いつも通りに漫才を繰り広げていると、シグルド率いる縦笛部隊も昼食の弁当を確保しこちらにやってきた。女の子達のために暖かいココアも用意する辺り、シグルドの女性に対する抜け目無さが窺い知れる。本人はホットジンジャーミルクを啜っていた。


「うまいよこれ、生姜すっげえ入ってる」

「へえぇ」

「あったまるぞぉ」

「……先輩」

「分かってる、お前の分も買ってくりゃいいんだな」

「あざーっす!」


 実に危険である。イベント会場特有の熱に浮かされて、ついつい何でも買ってしまうし食ってしまう。しかも祭の屋台と違って実際美味いからこれまた困る。


 で、困ると言えば本来の目的である。網屋は容赦ない辛さのグリーンカレーを口に運びながら、イベント会場全体を見渡した。


「アクセサリーかぁ……重すぎねぇかな……」


 陶器を売っているブースもあったのでコーヒーカップはどうだろう、とも考えたのだが、何せ相手はコーヒー屋の娘である。釈迦に説法と言うやつではなかろうか。そこで考えられるのがアクセサリーなのだが。


「重くはないだろ、酷い値段でなけりゃ大丈夫だって」

「うーん」

「趣味に合致するかしないかが不安?」

「うん」


 虚空を見つめて頷く網屋に、シグルドは軽く息をついてから笑いかけた。


「これしかない! ってやつがあるはずだ」

「これしか、ない?」

「そうだ。これを贈りたい、もう本当にコレ以外ない! ってのがあるんだよ。バチッとはまるやつが、さ」

「うーん……」

「まあ、焦るな焦るな。必ずこの会場で見つけなけりゃならんって訳でもなかろ? 色々見て回ってさ、大まかな指標を立てるだけでも収穫だぞ」

「うん……」


 先程から「うん」ばかり言っている網屋。こればかりは口でいくら言っても仕方がない。実際に遭遇してみなければ実感なんぞ湧くものではないのだ。シグルドはそう思いつつ口には出さず、ふと相田に目をやる。食事に集中しきっているかと思われた相田だったが、シグルドと目が合うとニカッと笑ってみせた。二度ほど小さく頷くと、本日三個目のホットドッグ攻略に戻ってゆく。やはり彼も網屋を気にかけているのだ。


「まだ全部見たわけじゃないんだろ。メシ食って後半戦、気張って行こうや」

「……うん」

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