13-2

 さて、夜である。三人の中年を乗せた赤い車は、隣の群馬県へとひた走っていた。目指す先は県庁所在地の前橋市。


「いいか目澤、道をしっかり頭の中に叩き込んでおけ。確かに、カーナビがあれば迷う心配はない。が、カーナビにばかり集中していたら、車で行く意味がゼロになるからな」

「お、おう」


 助手席の目澤がぎこちなく答える。後部座席から塩野が顔を出した。


「ねーねー、なんで群馬なのさ? 遠くない? 川路ちゃんなら県内でどっかイイ所知ってるでしょーに」

「それは俺も疑問に思った。確かにヘタな県内よりは近いが、何故わざわざ前橋まで遠出する必要があるんだ?」


 二人の疑問は至極もっともだ。が、中川路が浮かべるのは余裕の笑み。


「甘い。甘いなあ二人共。遠出するってことはだ、車内という密室空間にいる時間が長くなるってことだぞ」

「……密室……??!!」


 目澤と塩野はほぼ同時にうめき、そして黙る。


「車内っていうのは少し特殊な距離感だからな。その分、仲が良けりゃあ会話も弾むってもんだ。目澤さ、どうせお前、弁当の感想なんて『おいしかったです』しか言ったことないだろ」

「うっ」


 分かりやすく言葉に詰まる目澤。あまりの分かりやすさに、中川路は笑うしかない。


「ホレ見たことか。ゆっくり落ち着いて話す時間があれば、どんなおかずが好みだの何だの言えるだろ。作る側も、たまにはそういう具体的な意見、聞きたいんじゃないのかね? まあ人によるけどな。ぶっちゃけ、『おいしかったです』の繰り返しでも構わん」

「……なるほど」

「だから、道を覚えろと言ったんだ。カーナビばかりかまってたらせっかくの時間がもったいない。メシ食う時はメシの話したいだろ? うまいもんを一緒に食って、その話題で盛り上がれるのが醍醐味なんだから。そうするとだ、その他の話題、リアルタイムで共有せんでもいい話題はどこで出せば良い? ハイ目澤君」

「車の中」

「正解。受験に出るぞ、蛍光ペンでなぞっとけ」


 思わず拍手する塩野。目澤は真剣な顔で周辺をチェックしている。


「まあ、道自体はごく単純だからなあ。付近までは国道をひたすら真っ直ぐだ。お前の通ってた大学の近くに公園あったろ、あの辺」

「ああ、敷島公園?」

「そうそう。一軒家改造系だから、見逃さないように気を付けろ」



 比較的大きな公園の、その隙間に隠れるように店はあった。店舗は小さく、駐車場も狭い。小ぢんまりとしてはいるが、上品にまとめられた外観。

 中は出入り口付近は流石に狭いが、テーブル席にはゆとりがあった。ただし、そのテーブルは二席しかない。レジの後ろ側にこれまた小さなキッチンがあり、中で二人のシェフが働いていた。

 出迎えたのは女性だ。オーナーシェフの妻だそうで、自宅を改造して家族経営していると説明したのは中川路である。


 メニューを開くと、その値段に驚く。この価格でフレンチのコースを食べられるというのは驚異的だ。これも小規模の家族経営が成せる技なのか。

 しかし、値段が安いからといってつまらない物が出てくるわけではない。むしろ逆だ。華美ではないが洗練された、尚且つとっつきやすい料理の数々。「ちょっと贅沢」という絶妙のバランス。



 これだったら、肉と魚両方頼めばよかった。と、ここに連れてきた人間は高確率で言う。そして、また来ると言うのだ。

 目澤と塩野もその例に漏れず、そもそもの目的すら忘れて食事に没頭し、デザート二種まで平らげてようやく我に返ったのであった。


「おいしかったぁー。次は奥さん連れてくるぅ」


 上機嫌でうそぶく塩野をよそに、中川路は一人振り向いて店の人間と何か話し込んでいる。相手はレジの下からノートを取り出して確認し「大丈夫ですよ」と一言。それを聞いた瞬間、中川路は猛烈な勢いで目澤に向き直った。


「目澤、今すぐ電話だ!」

「は?」

「今すぐに加納さんに電話するんだ! 明日の晩は空いてるかって!」

「今か?!」

「この場で電話していいって許可は取ってある。明日の予約入れられる状況にもしてある。さあ電話をかけろ! まさか電話番号分からんとか言わんよなあ?」

「ま、まあ、分かるが……」

「なら早く! 明日は奇跡的にディナータイムならどの時間でも大丈夫だぞ。ただし、今のところは、だ。予約が入ってしまう前に、はよう!」

「お、おう」


 慌てて通話を始める目澤。そんな目澤を保護者のように見守る塩野と、鬼軍曹の如き表情で見つめる中川路。どちらにしろ圧迫感は否めない訳であって、やたらと緊張しながら話をした結果。


 目澤は、みさきをディナーに誘うことに成功したのである。

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