13-3
翌日は土曜日である。目澤は午後の仕事を手早く終わらせると、みさきの家まで車を走らせた。
目澤先生が珍しく車出勤だなどと看護師達につつかれたが、横から中川路が「デートに行くんだってさ」などと言うものだから大騒ぎだ。いつぞやのお弁当届けに来てくれた子ですか、なんて限界まで真実に肉薄した意見まで飛び出し、逃げるように飛び出してきたというのが実情である。
加納夫妻に挨拶してからみさきを車に乗せ、念のためにカーナビゲーションをつけた状態で出発。何せ出身大学の近くなのでカーナビがなくても大丈夫だとは思うのだが、保険を掛けておくに越したことはない。
車中での話題はやはり、弁当のことに集中した。目澤からその話題を振らなくても自動的にそうなった。そこまで見越してアドバイスしてくれたのか、とも思ったがよく考えたらそれ以外に共通の話題がない。
「いつも本当にありがとう。助かっているよ」
これは社交辞令ではない。本当にそう思っている。随分長いことコンビニ弁当と外食で過ごしてきた目澤にとって、手作りの食事というものは精神的にもありがたいものだ。
まあ病院の食堂も手作りといえば手作りだが、話が違う。隔週で実家の道場に通って食事を取ってはいるが、それもまた何かが違う。
ならば、自分は何を求めているのか……
何かが頭の中で合致しそうになったが、その前に車は目的地に到着した。これほどまでに一時間というものは短かったろうか。昨日の記憶を疑ってしまう。
助手席から降りたみさきの、水色のワンピースが揺れる。羽織っている長めのレースカーディガンのせいなのだろうか、幼い頃に育てた朝顔を思い出す。開きかけた淡い水色の花。
どうにも意識が逸れるのだ。余計なことを次々に考えてしまう。ただ弁当の礼に連れてきた、それだけ考えていればいいのに。自分はこんな人間だったろうか?
前回の反省を活かし、目澤自身は肉と魚の両方を注文する。二日連続でこんなに贅沢をしてしまっても良いものだろうか。そんな考えが一瞬よぎったが、それに関して中川路から既に楔を打ち込まれている。
曰く、「下見はカウントに入れるな」。下見は下見、事前準備であって本番ではない。情報収集を道楽だと思うな。だ、そうだ。
みさきの方はというと、何故かワインではなくブラッドオレンジジュースを選んでいる。
「ワインはいいの?」
「私だけアルコールをいただくのも、ちょっと」
「そんな、気を使わなくてもいいのに」
「いえ、純粋にこちらをいただきたいと思ったのもあるんです」
微笑む彼女に、余計な気を使わせてしまったのではないかと冷や汗をかく目澤。極力、彼女には気を楽にしていてもらいたいのだが。
「みさき君は、気遣いしすぎて疲れてしまったりしないかい?」
彼女はそれこそ息を吸うように気配り、気遣いができる人である。そうでなければ、自分のような人間に毎日弁当を作るなど出来る訳がない。
「たまに……癒し系だね、なんて言われて、ちょっと疲れてしまう時はあります。正直に言ってしまうと」
癒し系という言葉は耳にする。塩野辺りに聞けば、それはもう詳しく解説してくれるのだろうが。
「確かに、誰かの相談に乗ったり、困ってる人を助けるのは嫌いじゃないんです。むしろ好きです。でも、私自身も誰かに癒やされたいなぁって……そんなことを思う時も、ありますね」
そう言いながら少し困ったように微笑む彼女は、本音の部分を露出してくれているように見える。自分の願望かも知れないが。
「大丈夫かい? その、今は」
みさきは一瞬、きょとんとした顔になり、その後に破顔した。
「はい、大丈夫です。目澤先生に癒やされてるので」
「へ?」
「助けていただいた挙句に、お弁当持って押しかけて、しかもディナーまでごちそうになるなんて、私の方がおんぶに抱っこ状態かな」
ここまで一気に言い放って、みさきはまた笑う。気を使って微笑んでいると言うよりは、思い出し笑いのようでもあった。
少なくとも、気を使って肩肘張っている訳ではなさそうだ。目澤はようやく緊張を解いた。
そこに前菜が運ばれてくる。それを見つめて目を輝かせているみさき。感嘆の言葉が口をついて出る。
連れてきて良かった。目澤は、心底そう思った。
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