13 乙女とディナー

13-1

「その、彼女を夕飯に誘いたいのだが、知恵を貸してくれないか」


 昼下がり。陣野病院一階食堂。壁際隅のテーブル。そこに、中川路、目澤、塩野の三人。


 懇願しているのは目澤。一大決心、という顔付き。

 対して、聞く方の中川路と塩野は驚きそのものといった表情である。


 時は六月下旬。正直言ってほぼ夏かと思う程の暑さが続く。特にこの地域は仕方がない。下手をすれば南の島より暑いのだ。

 なので、食堂はもう冷房が入っていた。

 なのに、目澤は脂汗をかいていた。それ程までに思い詰めた結果であるということか。


「彼女って、当然、みさきちゃんのことだよね?」

「おう。他にいない」

「今、何月だ」

「六月だな」


 ここまで淡々と会話が続いていた。が。


「オイ、六月だぞ?!」


 中川路が目澤の両肩を掴んでガクガク揺らす。


「弁当作ってもらって、もう四ヶ月なんだぞ?! 遅い! 遅すぎる! 行動は迅速を尊ぶんだぞコノヤロウ! 分かってんのか目澤ァァァアア」


目澤の方は頭がいっぱいなのか、なされるがままだ。


「やめたげて! 目澤っちイッパイイッパイだからやめたげて!」

「……チッ、仕方ない。この辺で勘弁してやる」


 終わった後もしばらく頭がふらふらしていた目澤。落ち着くのを待って、塩野が問う。


「それにしても、突然どうしたの? 何かあった?」

「いや、何かあったわけではないんだが。流石に、きちんと弁当の礼をしなければならないと思ってな。で、色々と考えたんだが……自分にはこれくらいしか思い浮かばなかったんだ。他に何か、良い方法があったら教えてもらえると助かる」


 目澤は真剣だ。これ以上ない程に。

 中川路は目澤の顔をまじまじと見つめて、それから肩を叩いた。


「いや、それがベストアンサーだ」

「本当か?」

「俺がお前に嘘ついたこと、あるか?」


 首を横に振る目澤。


「お前さんが彼女のために必死こいて出した結論なら、基本的には何でも正解なんだが……ま、ディナーに誘うってのはかなり上出来だ」


 中川路の太鼓判をもらって、ようやく硬い表情が崩れる目澤。その変化を、ニヤニヤしながら見つめる塩野。


「偉いよ目澤っち。ちゃんと自分で考えて、自分で答えを出せたんだねぇ。ううっ、オイチャン嬉しくて涙出てくらァ」

「確かに感慨深いなあ。前の嫁さんの時はただひたすら流されるままだったのに、今やここまで成長するとは。よし、ホメてやる」


 褒められているのかけなされているのか、いまいち判然としないが、その疑問を口に出すのはやめておく。


「さて、善は急げだ。目澤、今夜は空いてるな?」

「何もないぞ」

「よろしい。仕事終わったら下見に行くぞ」

「おう……って、下見? 今夜か?」

「他にいつがあるっていうんだ。今日中だ、今日中」


 いつの間にロッカーから引っ張り出したのか、ポケットからスマートフォンを取り出すと何か探し始める中川路。

 ちなみに、ここの病院の食堂エリアではスマートフォンやタブレットの使用が可能である。病院によって差があるが、このような携帯端末の類ならば食堂などで使えたりする。勿論、待合室や診察室ではマナー的に御法度だ。


「お、あった、ありました……もしもし、予約を入れたいのですが。今日のディナーはまだ間に合いますか?……はい。はい……三名で。大丈夫ですか。申し訳ありません、急に……はい、中川路です。はい……」


 目澤の是非も聞かずに予約を突っ込む中川路。

 一方、塩野も何処かへ電話を掛け始めていた。


「……あ、もしもーし、僕だよー鎮鬼だよー。今日ねえ、お夕飯いらないです……うん、いつもの面子。目澤っちのデートの下見に行くの」

「デート?!」


 目澤が素っ頓狂な声を出すが、見事に放置。


「ステキなトコだったら、今度一緒に行こうねえ……えっ、ウソ、肉豆腐! えー、じゃあ、明日の朝ごはんにするー……うん、そんな感じでお願いします。はい。はい。はーい。じゃあねー」


 家族への通話が終わって顔を上げると、完熟トマトの如く真っ赤な目澤を発見。


「あっ、すごい。目澤っち赤い。茹でダコみたい」


 頬をつつく塩野だったが、何の反応も無いことに気付くと「おーい」と呼び掛ける方に切り替える。それでも反応無し。目の前で指を鳴らす。これも反応無し。


「本当に、デートって自覚無かったんだねえ……目澤っち……」

「あーもうソイツは放っとけ。それにしても、何だか異様に楽しくなってきたな。人様のお膳立てがこんなにテンション上がるものだとは」


 二人の言葉も耳に入らず、目澤は「デート……?」と口の中で呟くばかりであった。

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