14-6

 制圧からしばらくして、今度はストックデイルの方に電話が掛かってきた。勿論警察からだ。すぐさま通話相手はテロリストに変わり、またもや怒号の応酬と化す。

そもそも警察がすぐに「はい」という訳がない。さらには、この現場には警察官自体が詰めているのだ。腹の探り合い、様子の伺い合いである。

 苛立ちは増す。


「分かっているのか? さっき映像は見せただろう、俺達は本当に殺すぞ!」


 そう言ってテロリストのリーダーは一旦通話を切ると、ビデオ通話に切り替えて掛け直す。前に引きずり出され、床に座らされている五人の客を写し、また叫ぶ。


「よく見ろ。嘘じゃない。今すぐにでも引き金を引くことは出来るんだ!」


 リーダーの言葉を受けて、複数の銃口が他の客にも向けられる。そのうちの一つはストックデイルを捕捉していた。


「それをあと三十分も待ってやろうと言うんだ。それだけの時間があれば、何か一つくらいはできるだろう。もう一度言う、俺達は本当に殺すぞ!」


 リーダーが電話の向こうにいる警察に凄んだ、その瞬間。乾いた発砲音が谺した。銃弾は天井ではなく、一人の人間の額を貫いていた。

 ストックデイルの体がぐらりと揺れ、まるで木が倒れるかのように真っ直ぐ、床に落ちた。


 悲鳴。金切り声。ストックデイルは物言わぬ死体となって、その直線上には、覆面で顔を隠したテロリストの姿。銃口から薄く立ち昇る、煙。



 まるで電流が走るかの如くであった。塩野の思考回路が、散らばる点を繋ぎ合わせる。


 交渉役として、そして最大の人質として機能するはずのストックデイルが殺された。殺したのは顔を隠している人間。

 何故、わざわざ彼等から離れた位置にいるストックデイルを撃ったのか。一見するとただのテロリストの暴走にも見えるが、違う。あれは暴走などではない。故意的に、ストックデイルを選んで殺したのだ。


 では何故、彼を殺したのか。それは、その必要があったからだ。殺すべき、義務が。


「……伏せて!」


 思わず日本語で叫ぶ。飛び交う悲鳴の中、言葉に反応したのは中川路と目澤。そして佐嶋と網屋。医師三人が伏せるのとほぼ同時に、テロリストが「騒ぐな!」と叫びながら威嚇発砲を行う。だが、そのうち数名は客に向かって撃っていた。凶弾に倒れる客、その全てが元DPSメンバーであった。明確に、狙って撃っていた。


 一瞬、混乱が両者に訪れる。テロリスト側もこの暴走を予想だにしていなかったのだろう。その隙を縫って動いたのは、ステージ上にいた楽団であった。先程まで銃口を向けられ大人しく座っていた楽団員。その全てが、上着の下から拳銃を一斉に取り出した。この楽団員全員が警察及びバウンティハンターで構成されていたのだ。

 しかし、無闇矢鱈と発砲はできない。流れ弾が客に当たるかもしれないからだ。それほど、場は混乱の坩堝と化していた。ドアに殺到する客の群れ。それを抑えようとするテロリスト。



 その客の群れから少しだけ離れた位置。動かない人間が二人。佐嶋とクラウディアだ。


 クラウディアはドレスの裾をつまむと、まるで淑女が挨拶するようにふわりと持ち上げる。対して佐嶋は、女王にかしずくかのように片膝をついた。

 低く差し伸べた佐嶋の手に向けて、ドレスの中から何かが倒れながら落ちる。音を立てて佐嶋が掴んだそれは、一振りの日本刀であった。


 立ち上がりながら振り向く。大きく一歩を踏み出す。そして、低い姿勢のまま駆ける。一番近い位置にいた敵の真横につけると、そいつと目が合う。


「遅ェよ」


 佐嶋の口から哀れみの言葉が漏れた時には既に、短機関銃を掴む手の甲、その腱が斬り裂かれていた。閃いた白刃に、紅色の血が走る。


「殺しゃしねえ。悔いて生きな」


 抜刀の際に引いた左手の鞘を、胴に叩き付ける。吹き飛ばされる相手の体。

 背後から銃声。パーティバッグから銃を取り出したクラウディアの援護射撃であった。バッグを不釣り合いなカラビナで腰の辺りに括りつけてしまうと、またもやドレスの裾から何か出す。今度は短機関銃だ。こちらは自分で持つと、当たり前のように撃ち始めた。


 佐嶋は振り向かない。確認も取らない。彼女のばらまく弾が自分を掠めることはあっても、決して当たることはない。故に、佐嶋は迷わず先陣を切るのだ。


 また一歩踏み出す。彼の愛刀『時削(ときけずり)』の切っ先が、相手の閉じた目蓋とその奥の眼球を片目だけ裂く。あからさまに手加減しているのは、生きたまま司法の場に連れてゆかねばならないからだ。

 さもなくば敵の腕は両断され、頭蓋は半分を失っていることだろう。


「希、そっちに日本人がいただろう。そいつらに張り付け」

『了解。しゃがんだ人らですね』

「そうだ。集中的に狙われるぞ。気ぃ張って行け!」


 言いながら着々とテロリストを切り伏せてゆく佐嶋。ある者は脛を、ある者は肩を、またある者は腕を。


「ボルド、外に行けるか」

『すぐに、とは言えませんが何とか』

「下手すりゃ後詰が来る。ヘンリー、新しく敵が来やがったらボルドに通達しろ」

『了解、っていうかもう来てるね。こちらに接近する小型船を複数確認』

「やけに段取りがいいな……ボルド、急げ。多分、後詰は結構な数が来るぞ」


 ステージ上で警察の援護射撃を行っていたボルドは、一旦舞台袖に引っ込んでしまう。出てきた時には両手に短機関銃を抱えていた。背中には対戦車兵器まで背負っている。

 駆け出すボルド。混乱する人混みに紛れ、姿を消す。

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