14-5

「ヴォルフ、あれは使う?」


 視線を合わせないまま、クラウディアが小さい声で問うた。


「頼む」


 短く返して、佐嶋は彼女の姿を隠すように前に出る。クラウディアはドレスの上から足の付け根辺りを触った。何かが外れる感触を認知できるのは彼女だけ。床に落ちて音を立てないように爪先で支え、ドレスの上から軽く手で押さえ込んだ。




『顔認証終了。分からない奴が六人いる』


 ヘンリーが調べた結果が、シグルドの小型ノートに送られてくる。それを横目で見て、シグルドは敵の顔を頭に叩き込む。


『顔認証してたついでに、こんなのも見つけた。この船の従業員、三人は「角笛」メンバーだ』


 従業員の身分証明写真の横に、先日の市議会占拠事件の現場写真が添えられた状態で表示される。現場写真に写るテロリストの群れ。白い丸で囲まれた中に、その三人の顔があった。


『案の定、貨物担当だったよ。貨物自体は、何日か前に搬入されていたようだね。泊まり込みでご苦労なことだよ』

「こいつら、会場には居ないな」

『操舵室の制圧をしてる。タイミングを見てそちらにも行かなきゃならない』

「……俺が行く。移動ルートのナビ頼む」

『了解。まずは後退』


 周辺においてあった幾つかの道具類を手早くまとめて片付けると、シグルドは匍匐後退を始めた。




 網屋は客と一緒にホールの端へ追いやられていた。集まった人間の塊、その外周部分にいる。ほぼ反対側に佐嶋とクラウディアがいることを確認し、ステージ上のボルドをちらりと見る。視線が一瞬だけ合う。


 テロリストが突入してくる直前、佐嶋が言いかけた言葉が網屋の中でささくれのように引っ掛かる。確かに相手は「顔を隠している人間」と「顔を隠していない人間」とに分かれている。隠しているのは先程ヘンリーが言っていた通り六人。リーダー格と思わしき人物を含む過半数が正体を顕にしており、その「差」が判然としない。


 何故、違いがあるのか。何故、統一性がないのか。佐嶋は何を言おうとしていたのか。ざらつく感触がする。

 網屋は、白い上着のボタンをそっと外す。




 塩野の目付きが鋭くなっている。中川路と目澤はすぐに気付き、塩野の視界が開けるよう体の位置を変えた。


「何で違うんだ」


 思わず言葉が漏れる塩野。彼もテロリスト達の「違い」に気が付いていた。一人ひとりをじっと見つめる。その全てを見透かすように。


「何が違うんだ」


 違いが生じているということは即ち、どこか根底的な箇所に差異が発生しているということなのだ。それは、何か。違う人間が、何故そこにいるのか。顔を隠す理由は何か。装備自体にそれほど違いはない。ならばその装備を用いて実行したい、別の事柄は何か。


「うーん……W班で誰か来てたっけ」

「誰かいたと思ったけどな」

「サールグレーンいなかったか」

「遠いなぁ。意見聞くどころじゃないなぁ」

「おいそこ! 黙れ!」


 英語で叱責が飛んでくる。小声の、しかも日本語とは言えどやはりこの状況では耳に障る。銃口が向いて三人は黙り込んだ。

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