07-5

 外に出ている人間で無事なのは残り一人、となった時だ。その一人が、慌てて中に戻っていった。間もなく、軋む大きな音が耳に届く。

 三つあるシャッターのうちの一つが、ゆっくりと開きつつあった。倉庫のシャッターは重い。電動開閉式ではあるが、その挙動はすこぶる遅く、人が出入りできるようになるまでは時間が掛かる。


「やった!」


 網屋が呟いた。呟くなり、地面を蹴って走り出す。シグルドもすかさず後に続く。


「馬鹿がいやがる」


 シグルドの口から、そんな言葉が漏れた。網屋に対してではない。敵に対して、だ。

 網屋は走りながら両手の銃をしまうと、その代わりに懐から黒い何かを取り出した。頭に付いているピンを外し、缶飲料程度の大きさであるそれをシャッターの隙間に向かって鋭く、低く投げ入れる。

 コンクリートの上を滑り、黒い物体は中へ吸い込まれるように入った。

 隙間から閃光。爆音。


 少し距離を取って離れていた網屋とシグルドは、爆音の直後にドアへと走る。間髪入れずに突入。

 中の人間は誰も立っていなかった。ある者は目を押さえ、ある者は耳を塞ぎ、うずくまり、倒れ伏し、気絶している者もいた。倉庫の中に作られた小さな事務所以外はろくに明かりを付けていなかったのが、音響閃光弾の効果を増す結果となる。


 天井の高い空間に、小屋を取ってつけたような小さな事務所スペース。逆L字型の出っ張り部分に収まるよう作られている。

 出入り用のドアから数歩で到達。音を立てないように接近し、シグルドは事務所の横の壁へ、網屋は磨りガラス窓の下へと身を隠す。


 爆音の余韻が消えた辺りで、事務所の中にいた人間が動く。ゆっくりと移動し、ドアノブに手を掛ける気配。

 慎重に、慎重にドアが開く。ドアの隙間が五センチ開いたところで、網屋の銃弾が足の甲を貫いた。手がドアノブから離れ、倒れこんだ男の体重で乱暴に開く。

 飛び越えて突入。事務所内にいた残り四名のうち、銃を構えているのは一名のみ。その彼も、状況の不利さを自覚して銃を床に置いた。

 二人の構える銃口は、的確に相手の頭部を捉えていたからだ。


『ニューヨーク州の逃亡被害回復捜査官だ』


 英語で話すシグルド。四人のうち三人が、瞬時に内容を理解し落胆する。


「年貢の納め時だってことだよ、小関将吾さん」


 唯一理解を示さなかった「売り手」の日本人も、網屋の言葉で終わりを悟る。

 「買い手」側が連れてきた黄色人種の通訳兼警護が、忌々しそうに日本語で吐き捨てた。


「だから嫌だって言ったんだ、こんな逃げ場のない倉庫なんて!」


 思わず笑ってしまうシグルドと網屋。


「確かに。俺もアンタと同じ立場だったら絶対に嫌だ」

「同感だ。練度の低い奴をいくら連れてきたって、壁くらいにしかならねぇや」


 そう言いながら、網屋は借りたままのシグルドの拳銃をやはり顔も見ないまま返す。勿論、銃口を向けて返す訳がなく、銃身を掴んでグリップを向ける形になる。

 そのグリップを何とは無しに見た先程の通訳が、それはもう零れ落ちるのではないかという程に目を見開いた。シグルドを指さし、思わず叫ぶ。


「お前、もしかして……”白銀の狼Silver Wolf”か!」


 シグルドと網屋は顔を見合わせ、通訳の顔も見て、少し肩をすくめる。日本語が分からない「買い手」のロニー・ロビンソンも、固有名称に反応して顔を上げた。


「よくご存知で」

「じゃあ、そっちの日本人は、”黒いBlack”……」

「久しぶりだな、その名前で呼ばれるの。そうですよ、”黒い犬Black Dog”ですよ」


 通訳はこれ以上ない程の嫌な顔になる。深く溜息をつくと、足元の拳銃を蹴り飛ばして椅子に座り込んでしまった。


「何だよ、”狼の系譜Wolves”じゃねえか。そんなの無理に決まってるだろう。ハイ終わり、終了。群れてるんなら尚更だ」

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