07-4

 墓地の駐車場を左に出てすぐ脇道に入る。舗装されていない小道を行くと、遮断機も無い小さな踏切。渡り終えると、網屋は左側の空き地へ入ってゆく。

 シグルドはそのまま直進。右側にまず小さな工場、次いで見えてくる、背ばかりが高い倉庫。低い箇所に窓は無く、二階よりも少し上に相当する位置に小さな窓がいくつかあるだけだ。

 曇りガラスから漏れる、ごく僅かな光。


 倉庫は、上空から見ると逆L字状になっている。へこんだ箇所が、荷の上げ下ろしの際におけるトラックの置き場なのであろう。

 大きなシャッターが三つ。出入り用のドアが一つ。倉庫横にある砂利だらけの駐車場から荷降ろし場にかけて車が停めてある。セダンタイプが四台。ワゴンタイプが二台。

 各シャッターとドアの前に一人づつ、計四名の見張りがいる。二人は黄色人種。残り二人は白色人種。


 シグルドは平気な顔をして倉庫へと接近してゆく。街灯も少ない薄闇の中とは言え、彼の姿は目立つ。しかもこの時間帯、この場所だ。周辺の工場は勿論誰もいないし、最も近い民家は空き家だ。


 見張りの二名、白人が目を合わせ、そしてシグルドを見る。トラックが二台は駐車できそうなコンクリート張りのスペースを、緩く斜めに突っ切って一歩づつ近づいてくるシグルド。

 白人二名が上着の中に手を入れた状態でシグルドに話しかけようとした瞬間、銃声が響いた。

 倒れる二名。両者とも、肩を撃たれていた。シグルドの両手に、SIG P229。


 倒れたのはこの二名だけではなかった。もう二人、東洋人も肩と手を撃たれている。絶叫。銃創を抑えてのたうち回る。

 発砲音を聞きつけ、倉庫の中が騒がしくなる。その間に、シグルドは道を挟んで斜向かいにある小さな倉庫の影に飛び込んだ。


「まず四人」


 既にそこで待機していた網屋が呟く。単純に、向かい側にある倉庫の後ろを回りこんできたのだ。彼の両手にも二挺の銃。足元には薬莢が二つ。


「あと二十一人だっけか? 多すぎんだろ。増やしすぎだっつうの」

「仕方無いだろ。お、出てきたぞ」


 ドアが開く。一人が顔を出す。外の様子を見て驚き、一歩踏み出した所で銃声。シグルドの放った銃弾が左肩を穿つ。そのまま倉庫の中へと倒れ、少し間があって何人か外に出てきた。


 シグルドは黙って、網屋に自分の銃を一挺渡す。自分の銃を一旦、空になっていたレッグホルスターに収めてからシグルドのそれを受け取り、二挺拳銃のまま網屋も倉庫を睨んだ。

 倒れている仲間を倉庫内へ連れてゆく者が数名。入れ替わるようにまた数名、外に出てきた。既に銃を構えている者もいる。


「六人、だな。ノゾミ、少し右に寄せろ」

「一時位でいいか」

「頼む」


 倉庫の影から半身だけ出す。闇に溶けた網屋の構える、二挺の拳銃が火を吹いた。

 ワゴン車の辺りまで出てきた一人が倒れる。同時に、ワゴンのタイヤが一本、撃ち抜かれて使い物にならなくなった。


 そのまま網屋は射撃を絶え間なく続ける。相手側が蜂の巣をつついたような騒ぎになり、銃でまばらに応戦を始めても網屋の勢いは止まらない。

 敵が一発でも撃とうものなら即、網屋の銃弾が足元のコンクリートを穿ち、遮蔽物である車に穴を開け、脇を掠めて背後の壁と火花を散らすのだ。反撃の手は鈍る。

 時折、左側に停めてある車がパンクする破裂音。車を盾にしようとしていた相手側は、じりじりと右へ移動する。右側に停めてある、あからさまにお偉方が乗ってきたと思われるセダンは盾にしたくないのだろうが、そうも行かなくなってきた。


 突如、網屋は左手の銃を引いた。くるりと回して銃身を掴むと、振り向きもせず背後のシグルドへと差し出す。右手は銃撃を続けたままだ。

 ある程度の援護射撃をしていたシグルドは、当たり前のようにそれを受け取った。僅かに銃弾を残してほぼ空になった弾倉を新しいものに交換する。網屋はレッグホルスターに収めてあった銃を左手に持った。

 次は右手だ。同じように差し出すとシグルドが受け取り、先程弾倉を交換した銃を渡す。流れるように再び撃ち始める網屋。


「そろそろいいぞ」

「おう」


 シグルドの呼び掛けに、網屋は銃撃の手を止めた。

 一瞬、訪れる静寂。間髪入れずに、相手は反撃しようと車の陰から銃口を向ける。が、引き金を引くよりも先に銃声。

 気が付いた時にはもう遅い。手は撃ち抜かれ、銃はどこかへ吹き飛んでいる。

 聞こえた銃声は二回。故に、出した手を撃たれたのも二名。絶叫が再び、工業団地に谺する。

 シグルドが両手で構える銃から、微かに立ち上る煙。二発連続の速射であった。


 網屋の銃撃に手も足も出なかった所へ、シグルドの正確無比な射撃が加わり、相手側は混迷の一途を辿る。日本語と英語が交じり合って、収拾がつかない。


 そこへ、再び網屋が踊り出る。残りの車三台、タイヤを撃ってパンクさせるとすぐに引っ込んだ。

 相手側の倉庫に裏口は無い。上に付いている窓は採光用であって、足場も無い上にはめ殺しだ。事前調査の資料には窓の大きさまで事細かに書かれていた。

 相手がこの場から逃げるためには、どうしてもこの表にあるドアかシャッターから出るより他には無い。また、車という移動手段も封じられたため、彼らの状況はもう袋のネズミとしか表現のしようがない。


 網屋により、シグルドが狙いやすい位置へ誘導されたとも知らぬ相手方は、わずかな機を狙って銃口を向ける。そのことごとくが、反撃もできずに手を撃たれて戦線離脱してゆく。



 殺してしまってもいいなら、話はもっと簡単だ。狙える箇所は増えるし、手段も豊富にある。が、「生かして司法当局に引き渡す」ことが最優先であるが故に、賞金稼ぎの難易度はどうしても跳ね上がってしまうのだ。

 保釈金を踏み倒しているならば、そこから取らねば意味は無い。指名手配犯ならば、法廷の場に引きずり出さねば意味は無い。

 加えて、ここは日本だ。北米から来た奴等は北米に連れて帰るが、日本にいた連中は日本の警察に引き渡さねばならない。事前の連絡で銃撃戦に関しては目こぼしをもらっているが、やはり死者は出せない。

 細心の注意を払い、致命傷にならない箇所だけを狙う。無血開城できれば言うことはないのだが、それは無理というものだ。

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