02-4
重い液体の中でもがく。何も見えない。苦しい。両手で必死にその液体を掻き分け、浮上を試みる。苦しい。早く息をしなければ。
息が持たない。思わず口が開く。液体が口の中に流れ込む。血だ。自分の周りを満たし埋め尽くす、この液体は血だ。
どんなに手を伸ばしても、上に届かない。そもそも、向かっている先は上なのか。下なのか。どちらが正しい方向なのか。
家族の名を呼ぶ。呼ぼうとしても、ただ血が口の中に流れ込むだけで声にならない。苦しい。
どこに向かえば良いのか。苦しみは終わるのか。自分はどうなっているのか。どうすれば良いのか。
何も分からない。何も。
自分の叫びで目が覚めた。
全身にびっしょりと脂汗をかいていた。目が覚めた後も、嫌な汗が額から流れている。口の中が乾燥しきって、ひりひりと痛い。
そして、自分の置かれている状況に気が付いた。
まず、ベッドの中にいる。暖かい毛布と布団が掛けられていた。雨に濡れ、泥に汚れたはずの学ランも脱いでいる。こざっぱりとした屋内。見覚えの無い場所。
ドアの向こうに人の気配。間髪を入れずにドアが開く。
「お、目が覚めた」
プラチナブロンドの髪に、青い瞳。どう見ても日本人ではない青年が、顔だけを出して流暢な日本語を呟いた。すぐに顔を引っ込める。
「ヴォルフー、起きましたよー、おーい」
「聞こえとるわ!」
さらに奥から男性の声。これまた日本語だ。果たしてここは一体どこなのか。
理解が追いつかないうちに、今度は別の人物がドアを開ける。
「お、ちゃんと起きたな」
奥から聞こえてきた声の主であろう、初老の男性だ。洗いざらしの白いシャツにジーパンというラフな格好である。
「メシは食えそうか?」
「え、あ、はい」
「おかゆ作ってやるから、食える分だけ食え。それまで寝てろ。な」
それだけ言って引っ込んでしまう。なんだか忙しい所だな、と考え、そんなことを考えられる程、自分は余裕が出来たのかと認識する。
さほど間をおかずに、またドアが開く。今度は最初の金髪青年だ。
「水、持ってきたぞ」
「あ、ありがとうございます」
「脱水症状激しいだろうから、ゆっくり飲めよ?」
これまたコップを手渡してすぐに引っ込む。ぬるめの水を口に含むと、僅かに塩分を感じた。口の中を湿らせる程度に少しづつ含む。一気飲みすると酷い目に会うことを、部活動で嫌と言うほど知っていた。
これだけでは終わらなかった。今度は初老の男性が出てきて、「梅干は大丈夫か」と問うので問題ないと答え、金髪の青年に「水分足りた?」と聞かれこれまた問題無いと返す。
そんな受け答えをしながら、随分と久しぶりに人と話したような気分になった。全く喋っていない訳ではない。そのはずなのに、恐ろしく長い間、誰とも会話をしていないような感覚に陥っていたのだ。
それはきっと、相手に対して意識を向けず、ただ言葉だけを返していたからなのだろう。
「おかゆだぞー」
声が先にあり、後からドアが開く。ドアを開けたのが金髪の青年で、粥を持ってきたのが初老の男性。きっといつもこんな感じなのだろうな、と、何故だか羨ましくなる。
「梅干入ってるからな」
真っ白い粥。手にした木の匙の感触。暖かい粥の湯気。口に運ぶと、米の味がした。「味」が分かったのはどれくらいぶりだろうか。
「メシ食って落ち着いたら、風呂入ってこい。できるか?」
頷く。今はまだ、目の前のことをこなすしかできなかった。
粥を食べ終え、言われるままに風呂へ行く。割れた足の爪に湯が沁みて痛かったが、黙って耐えた。痛みの類は我慢できることを、もう学んでしまったからだ。
風呂から出ると、例の二人がダイニングテーブルで待ち構えていた。
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