02-5

「さて」


 初老の男性が切り出す。


「話をしようか」


 真っ直ぐに突き刺さる視線。この人を相手に嘘をつくことは出来ないと、本能の部分で悟る。


「俺は、佐嶋伊織さじまいおりってえ者だ」

「イオリ・ヴォルフガング・サジマってちゃんとフルネーム言わないと」

「うるさい黙ってろ。こいつはシグルド・エルヴァルソン。お前さんは?」

「……網屋、希、です」


 まるで他人の名前のように感じられる。存在に実感が無い。


「見たところ、学生のようだが」

「高校一年です」

「どこから来た?」

「熊谷市です」


 佐嶋という男と、シグルドという青年は眉根を寄せて顔を見合わせた。


「ここは八王子市だ」

「ってことは、ここ、東京ですか!」


 さしもの希も驚愕する。市外どころの話ではない、県外にまで移動してしまっていたのだ。そういえば、自分は一体どれだけの期間逃げ続けていたのかまるで分からない。何度か日が沈んだような、おぼろげな記憶。


「お前さん、公園の隅でぶっ倒れてたんだぞ。雪に埋もれかけて」


 言われてみれば確かに、雪がちらついていた覚えがある。どんよりと曇る空。なのに、やけに白っぽい景色。降ってくる雪から家族を守ろうと、位牌をくるんだコートを必死になって抱え込んだ。そういえば、家族はどこに行ったのだろう。


「あの、俺が持ってたものは……」


 佐嶋が黙ってシグルドに目配せする。青年の反応は早い。すぐに席を立った。


「位牌が四つ、で間違い無いな」

「……はい」


 シグルドが部屋の隅から持ってきたのは、新品の塗位牌。希が抱えていた家族の名残。

 その位牌の裏側に刻まれた故人の名前を、佐嶋はじっと見つめる。


「網屋、か。……シグルド、昨日と、先月の新聞全部持ってこい」


 すぐ側にあった昨日の新聞を受け取ると、佐嶋は後ろの面から何かを探し始めた。さほど時間も掛からずに目的の記事を見つける。

 無言で差し出される新聞。指差す先に、小さい記事が載っていた。

『一家惨殺 生き残りの少年行方不明』

 自分のことだ。記事の本文を読まなくとも分かる。社会欄の片隅の、本当に小さな見出し記事。網屋、と、自分の名字が活字で印刷されていた。


 別の部屋に行っていたシグルドが帰ってくる。新聞は無かったが、手には何枚かの紙を持っていた。


「先月の新聞は残ってなかったので、ネットで漁って印刷してきました」

「よし」


 手早く確認し、紙の束ごと希に渡す。ニュースサイトのページが印刷されたそれは、一枚目から希の顔面を蒼白にする。


『埼玉県熊谷市で一家刺され死亡 犯人は未だ逃走中』

『熊谷市一家強盗殺人 次男のみ生存』

『埼玉県・一家四人殺害 窃盗団の仕業か』


 どの記事も、まず一家が惨殺された事、たった一人だけ現場におらず生き残った事、犯人が捕まっていない事を書き立てていた。

 そして、予想される犯人像も共通していた。


「何だよ……窃盗団って……」


 現場の様子から、窃盗団による犯行と見て間違い無いと書いてある。金目のものは全て奪い去られていた、とも。

 家の人間を拘束し、刃物で脅して銀行の暗証番号を聞き出す。もし暗証番号を白状したとしても、その後に命が助かる保証は無い。脅す際も、実際に致命傷にならない箇所を刺してから脅す。

 そんな情報が、紙をめくるたびに飛び込んでくる。

 今まで促されるままにただ生き伸び、自我を保つことすら危うかった希にとって、初めて知る現場の事実。一体家族に何があったのか、彼はここに来てようやく知ったのだ。

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