第39話 「砦攻防戦」編(3)

マリアの帝国での生活、午後は視察に出掛けることが多かった。

ミーナたち警護隊が付きっきりで行動の自由は一切なかったが、工場、農園、学校、市場、病院、近隣の景勝地など、様々な場所に案内された。

視察がない日はだいたい、本部の訓練場でスズネと剣の手合わせをして過ごしていた。

スズネは、王女という身分などまるで気にせずマリアに遠慮なく打ち込んでくる。マリアにとっては(認めたくはないが)自分より強い相手と剣を交わすことで、得るものは多かった。なにより、思い切り身体を動かしていれば余計なことを考えずに済んだ。


マリアの剣さばきが速さを増す。鋭く正確に、針の穴を通すように、わずかな隙を見つけては剣先を刺し込んでいく。

スズネはそれをことごとく弾き返し、ふいに矢のような突きを繰り出す。攻守が入れ替わり、こんどはマリアが懸命に打ち返す。

木刀のぶつかり合う硬質な音が勢いを増し、不規則なリズムを刻んで周囲に響き渡る。一進一退、互いに譲らない激しい攻防の行く末を、取り囲んだ黒鷲隊の隊員たちが息を吞んで見守っていた。

後頭部で一つに結んだマリアの金髪が踊るように宙を舞い、スズネの額に大粒の汗が浮かぶ。その表情には余裕などなかった。

勝負は一瞬だった。

マリアが半歩間合いを詰めて踏み込み放った渾身の斬撃を、スズネの剣が目にもとまらぬ速さで反応し、高く跳ね上げた。

無防備になったマリアの喉元に、スズネの剣先がぴたり。

荒い息を吐き、肩を揺らしたマリアが悔しげな眼差しを向けながら、ゆっくりと剣を持つ手を下ろした。

「はぁはぁ、姫殿下、いまの一撃、はぁはぁ…、お見事でした」

「通じ、なければ、意味は、ない」

マリアの顎からポタポタと汗が滴り落ちている。


「いや~、すごい、すごいね、姫殿下。スズ姉と互角にやり合うなんて、びっくりしたよ~」

黒鷲隊隊員の人垣の中から、突然、タケルが現れた。

1カ月ぶりに再会した黒髪の帝国皇子は相も変わらず軽薄なしゃべり方で、愉快そうに笑っていた。

「姫殿下、ここの生活には慣れた?」

遠慮なくずけずけと、馴れ馴れしく話し掛けてくる。

「我が王国への思いは募る一方だ」

あからさまに不愉快な表情を浮かべて辛辣に答えても、まるで気にする素振りはない。あっけらかんと「どう、スズ姉、姫殿下の剣の腕前は?」と、話題を変えた。

「かなりお強いです。私の部下と比べても、引けを取らないかと」

「世辞など不要だ。スズネ、そなた本気を出していないだろう」

訓練とはいえ打ち負けたところをタケルに、敵国の皇子に見られてしまった。ばつの悪さもあってマリアの態度はいつも以上に素っ気ない。

「そりゃそうさ。スズ姉は帝国軍でも三指に入るほどの剣士なんだから。本気を出したスズ姉と対等に戦える人なんてそうそういないよ。少なくとも僕の部隊で剣術だけでスズ姉に勝てる人はいないんじゃないかな。ねぇ?」

元気そうな姿を久しぶりに見てすっかりご機嫌なミーナが、タケルの傍らで「そうですね」と、ネコ耳を揺らしながら頷いている。

「それほど、なのか!?」

「なんたってスズ姉は帝国一を決める剣術の大会で3連覇したことがあるぐらいだから」

帝国一を決める大会とは、以前聞いた選抜競技大会のことだろうか。その優勝者が目の前に2人、大規模転移魔法を使える精霊種エルフの魔法使いや、ダークエルフら、帝国皇子が直接指率いる部隊だけあって相当の精鋭ばかり。しかも、部隊としての戦術、個々の練度、士気も高い。黒鷲隊の強さの一端を垣間見た思いだった。

「昔の話です。ところで殿下、いまお戻りになられたのですか」

黒鷲隊の創設前、スズネがまだ軍の一部隊に所属していた頃のことだった。

「予定よりちょっと早く着いてさ。スズ姉と姫殿下が剣術の訓練をしているって聞いて面白そうだから見に来たんだ」

「お身体の方は、もう大丈夫なんですか」

帝都でタケルの治療に付き添っていたユキナからの連絡で、すっかり完治し後遺症もまったくないと聞いてはいた。だが、直接、タケルの姿を見るまで心から安心できなかった。

「うん、もう全然平気、ほら」

心配そうな心情を切れ長の瞳に映し出しているスズネへ笑顔を向けて、タケルは腕を回したり腰をひねったり。その姿だけ見れば、とても帝国の最高権力者の一人とは思えない。無邪気な子どものようだった。

以前と変わらないタケルに、スズネの表情が緩む。

「よかった」

心から安堵して、ホッと息をついた。

この場にいた隊員全員が、まったく同じ心境だった。

「ところでスズ姉、ちょっとそれ、貸して」

「これ、ですか?」

スズネが小首を傾げて、持っていた木刀をタケルに手渡した。

立ち去ろうと背中を向けていたマリアに、タケルが言った。


「ねぇ姫殿下、僕と勝負しようよ。これで」

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