第27話 「王女来訪」編(25)

突入部隊に死傷者はゼロ。拉致被害者も全員無事に救出し、数人が戦闘に巻き込まれて重傷を負ったものの命に別状はない。

現地からの連絡を受け、指揮所のテント内は安堵の空気に包まれていた。

使い魔を使役していた作戦支援隊のエルフたちも笑顔を浮かべ、指揮を執ったリリカを囲んで言葉を交わしている。

「作戦終了しました」

「はい、お疲れ様」

ウーリの報告に対し、タケルの態度はそっけないぐらい淡々としていた。作戦の成功など当然と言わんばかりに普段と代わらない平然とした表情で欠伸を噛み殺した。

「サリナ、保護した被害者の受け入れ、よろしくね」

「はひっ、かしこまりましたっ」

敬礼し、ウサギ耳を可愛らしく揺らしながらテントから出て行く。


「一つ、聞いてもよいか」

「うん? なに」

映像を通して作戦の一部始終を見ていたマリアにとって、沸き上がった疑念はもはや確信に近いものになっていた。

額にかかったブロンドヘアを指でかき上げ、重い口を開く。

「…バッサ砦を落としたのは、そなたたちだな」

問い質す、というより、確かめる。

そんなマリアの言葉にためらうことなく、「そうだよ」と即答した。

「あの砦を担当したのは、うちの第一作戦中隊。今も砦に常駐してるよ。スズ姉の第二中隊も強いけど、第一中隊はもっと強いよ~。なにしろ魔法を補助戦力に据えた第二中隊と違って、第一中隊は魔法戦闘に特化してるからね~。たぶん、帝国軍で最強」

まるで自慢の玩具を見せびらかす子供のよう。

「帝国、最強…」

黒鷲隊の実力はいま、目の当たりにしたばかり。その最高指揮官をして『最強』と呼ぶ部隊を投入したのであれば、難攻不落のバッサ砦が一夜にして陥落したのも納得せざるを得ない。

無邪気な笑顔でペラペラと「それだけじゃないよ、第一中隊は魔法科学(マギサイエンス)を実戦で試す新兵器開発の実験部隊でもあるんだ」などとしゃべり続けるタケルとは対照的に、マリアの表情は沈んでいた。

二人のやり取りを遠目に見ていたウーリは、うっかりタケルが口を滑らせて余計な軍事機密を明かしたりしないかと冷や冷やしながら顎ひげを撫でていた。

「…魔法科学とやらは、魔法技術(マギクラフト)とどう違うのだ」

「う~ん、そのあたりは姫殿下が僕のお嫁さんに」

「いや、その話はもうよい」

マリアは手をかざしてタケルの軽口を遮った。

「…では、もう一つ聞こう。バッサ砦を攻略したときは、準備にどのぐらいの時間をかけたのだ」

奴隷商人の拠点攻略に3カ月。バッサ砦ならば、もっと準備に時間を掛けたはず。恐らく半年、長ければ1年か。しかし、タケルの答えは予想を遙かに上回っていた。

「実際に部隊を動かし始めたのは、3年ぐらい前かな」

「3年だと!」

思わず、マリアが腰を浮かせ身を乗り出した。


帝国がまさか3年も前から王国侵略の準備を進めていたとは、想像だにしていなかった。その間、王国では誰一人として密かに近づく脅威に気付くこともなく、王女である自身も含め、王宮の役人、貴族も皆、永きにわたる平和な時代が続くと信じ込み、安穏と過ごしていたのだ。


「なんということだ…」

油断どころではない。まさか帝国軍が奇襲を掛けてくるなど、誰も想定などしていなかったのだ。何の備えもしていなかったのだ。

椅子に腰を戻し、肩を落とし、背もたれに寄り掛かってマリアは大きくため息を吐いた。

「あっ、でもねでもね」

国を統べる王女として危機意識のなさ、不甲斐なさを痛感して意気消沈したマリアの様子を見て何を思ったのか、「夜中のうちに制圧する予定だったんだけどさ、結構抵抗が激しくて朝までかかったんだよ。王国軍もなかなか手強かったよ」。タケルは見当違いの慰めを口にしていた。

「特に王国軍の指揮官、魔法騎士がすっごく強くて大変だったんだよね」

「チェスカリーゼ! チェスカは、その指揮官はいまどうしている?」

突然、マリアは顔を上げ話に食いついてきた。

タケルは少し驚いた表情を垣間見せつつ、「無事だよ、今も砦にいる。なんだ、あのエルフの美人指揮官って、姫殿下の知り合いだったんだ」と聞き返した。

「あぁ、バッサ砦の守備隊長は、王立騎士学院で同期だった。首席の座を争った中だ。…まさかチェスカによからぬことをしていないだろうな」

「してない、してない。僕もそこまで節操なしじゃないから。男の指一本たりとも触れてないから安心していいよ」

「そうか、良かった。無事でなによりだ」

帝国の自身への対応を踏まえれば、タケルの無事だという言葉に嘘はないだろう。マリアはホッと胸をなで下ろした。

「うん、男は触れてないよ、男はね。うん、無事っていうか、そうだね、うん、元気。とっても元気だと思う」

どう言葉にしたものか、今ひとつ歯切れ悪くタケルが肯定した。だが、ずっと安否を気に掛けていた親しい友人であり見目麗しいエルフの無事を知ったマリアは、そんなタケルの態度に気付くことはなかった。


「殿下、そろそろお時間です」

「それじゃ、姫殿下も一緒に行こうか」

転移魔法の杖を手にしたリリカの声掛けに、タケルが立ち上がった。

リリカのすぐ隣には救護隊長のユキナの姿もあった。

「行く? どこへだ」

「作戦現場の視察。任務を終えた部下を迎えに行って労をねぎらうのは、総隊長としての大事な仕事だからね」

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