第24話 「王女来訪」編(22)
ダークエルフ―
特徴的な尖った耳は同じでも、エルフ自慢の金髪ではなく、白銀色の髪。血の色をした瞳、薄青色にも灰色にも見える独特の肌。生き物の生命力を自在に操ることができると畏怖され、王国では深い森の奥にあるエルフの里から生涯離れることはない。
ダークエルフが、当たり前のように軍服を着て、他種族の前に姿を見せている。
「…姫殿下、よろしく」
差し出された手に、マリアが困惑したのは一瞬。恐る恐るだが、無言でユキナの手を握り返した。
「ほほぉ」
ウーリが感嘆を漏らし、顎ひげを撫でている。
触れた者の生命力を吸い取ることができると言われるダークエルフと、初対面で握手をしてみせたマリアの胆力に、サリナもリリカも目を見張った。
タケルだけは、ニコニコと変わらぬ笑顔のままだった。
「ダークエルフが里を出るとは、驚いた」
マリアが漏らした率直な呟きに、ユキナは無表情のまま、「…殿下の、ため…、だから…」と答えた。
「なるほど、そなたも殿下を慕っているのだな…」
ミーナも、スズネも、同じだった。恐らく、サリナもリリカも、ここにいる者は皆、まだあどけなさの残る少年のことを、次期皇帝という地位のせいではなく、純粋にタケルのことを慕っている。マリアは、帝国の進んだ魔法技術や政治体制よりも、タケルという存在そのものに強い興味を抱いていた。
ふいに繋いだ掌が熱を帯び、何かが流れ込んでくるのを感じた。フワッと身体が浮き上がるような感覚とともに、全身の疲労が霧散していく。
驚いて顔を上げると、ユキナの目元が微かに綻び、笑みを浮かべているように見えた。
「姫殿下に生命力を送ったのかい」
タケルの方へ振り向き、ユキナがコクリと頷いた。
「へぇ、ユキナが初対面の相手に、珍しいね」
「そう、なのか!? 噂に違わぬ神秘の力だな。すっかり体力が回復したようだ。礼を言わせてもらおう」
体力回復の治癒魔法とは全く違って、精神力も含め身体の奥底からエネルギーが満ちてくる感じだった。
「…そういえば、そなたも殿下の部隊の幹部なのだろう。あれはしておらぬのか?」
「あれ…?」
相変わらず何を考えているのか分からない、感情の窺えない表情のまま、ユキナが聞き返した。
「ミーナたちが首に巻いている黒い宝石のついた紐のことだ」
「あ~、これ~、私たちのチョーカー~」
リリカが首に巻いているチョーカーに指で触れた。
「そうだ。それは幹部が身に付けるものではないのか」
「姫殿下、これは皇子殿下のハーレムに入っている人だけが付けられるんです」
「ハーレム? なんだそれは?」
また聞いたことのない言葉にマリアが問い返した。
「…羨ましい」とユキナがぽつり。ミーナは何と言って説明すればいいか、言葉に窮してリリカへ視線を向けた。
「王国の人にはハーレム通じないって~、超びっくりって感じ~。え~、じゃあ姫様、夜伽なら分かるぽい?」
「つまり皇子殿下とベッドを共にして、ですね。それで、あの、えっと」
補足しようとしたミーナが、顔を真っ赤にしてしどろもどろ。思い切り自爆していた。
「…いや、分かった。それ以上は言わずともよい」
王国でも、領主貴族や大商会の主人などが気に入ったヒトや獣人を囲って屋敷に住まわせ、(もちろん女性同士だが)寝室で欲求を満たす相手をさせる、といった話は別段珍しい話ではない。要するに、それを男と女で、ということなのだろう。
マリアは眉間に皺を寄せ、ビミョーな眼差しでタケルを見やる。
「あの、姫殿下。誤解のないよう付け加えますと」
ミーナは真面目な表情で、「私たち、殿下にハーレムに入るよう強制されたり、無理矢理入れられたり、してません。私たちはみんなで殿下のことを支えてあげたいと思っているんです」と続けた。
女尊男卑の王国で生まれ育ったマリアは、まさか男女が親しくする世界が存在するとは考えたことも想像したこともなかった。男女でそうした関係になる、ということがどういうものなのか理解できず、どう受け止めていいのか分からず、戸惑いが表情になっただけだった。
しかし、そんなマリアの態度を敬愛するタケルへの嫌悪感の現れと誤解したミーナは、言わずにいられなかった。
自分たちの想いを知ってほしいと、伝えたいと、真摯な気持ちを言葉にせずにいられなかった。
「私たち、皇子殿下のことが大好きなんです」
「いや~、ミーナにそんな風に言ってもらえると嬉しいな」
返す言葉が見つからないマリアに、結果として助け船を出したのは、話題の中心ながらすっかり蚊帳の外にいたタケルだった。
相変わらずお気楽な口ぶりで「照れるな~」などと軽口を叩き、リリカたちの笑いを誘っている。場の空気を和らげたところで、「そろそろ作戦開始の時間だ。全員、準備に戻れ」と一転、厳しい口調で命令を下した。
テント内の雰囲気が一瞬にして、張り詰めた緊張感で満ちた。金髪盛り髪のリリカも「各班の配置を最終確認して。状況に変化があったらすぐに報告させなさい」。打って変わって鋭い口調で指示を飛ばしている。
テント内の一番奥にある木製の折り畳みイスに腰を下ろすと、タケルは「姫殿下はこっち」と、隣のイスを勧めた。
「ここで指揮をするのか…」
「そうです。まっ、指揮といっても基本的には見ているだけだけどね。ミーナ、姫殿下にお茶を」
「はい、かしこまりました」
一礼して下がっていくミーナを視界の端に、マリアはあらためてテント内を見回した。王国軍の本陣とはまるで様相が違っていた。
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