第23話 「王女来訪」編(21)

警護隊の兵士が持ち上げたテントの幕をくぐると、目が眩むほどの明るさだった。

「姫殿下、こっちこっち」

早速、タケルに馴れ馴れしい口調で呼ばれたマリアが、眉をひそめた。

ついさっきまでの皇族らしい態度はどこへやら。作戦中だというのにニコニコと軽薄な笑みを浮かべているタケルの表情を見て、マリアは不謹慎極まりないと感じていた。だが、いつものことなのか、テント内にいる黒服の兵士たちは特に気にする様子もなく、忙しそうに動き回っている。


「はいは~い、みんな~注目っ」

マリアの隣に並んで立ち、タケルがポンと手を叩くと、背中を向けていたエルフたちも一斉に振り返った。異国の王女の来訪に好奇心を隠すことなく、興味深げな視線をマリアへと向けている。

「彼女が、神聖リリア王国第一王女、マリア姫殿下。僕らの国を視察するため、わざわざ川向こうから来てくれたんだ。しばらくの間、一緒に行動することになるから、みんな、よろしく。いろいろ教えてやってね」

長年敵対してきた国の王族を紹介する言葉とは思えない、まるで友人同士のようなお気楽な紹介に、マリアはこぼれそうなため息を抑え込む。

「望んで帝国へ来た訳ではないが…」

チクリと皮肉を込めて前置きすると、なんなんだお前は、とばかりに背の低いタケルの横顔を上から一瞥し、「ステルヴ神リリ・ア・ルル聖王国第一王女マリアンヌだ」。己の浅はかさが原因で虜囚の身になったとはいえ、いったいどうして、自分が敵国の、それも敵軍のまっただ中で、今こうして、よりにも寄って敵国の皇子と肩を並べ、名乗りを上げているのだろう。

もう訳が分からない。

帝国内を見て回れというのなら、こうなったら、帝国の魔法技術、国情、その他いろいろ全部吸収してやろうと、事ここに至ってマリアは完全に開き直っていた。


王国の正統王女として堂々と胸を張り、「よもや、私が帝国の地にこのような形で足を踏み入れることになるとは思いもしなかったが、見てみろというのであれば、全て見せてもらおう。私を招き入れたこと、いずれ後悔することになるぞ」。不敵な笑みを浮かべて見せた。

挑発的な自己紹介にもかかわらず、周囲の帝国兵はマリアへ敵意を向けることはなかった。逆に「さすがは王国の姫殿下」「よい心意気をお持ちだ」「皇子殿下が見込んだだけのことはある」などと賞賛している。

開き直ったことで多少落ち着きを取り戻したマリアが、あらためてテント内を見回した。そして、「なっ…!?」。思わず驚愕に息を吞む。

「それじゃ、僕の部隊の幹部を紹介するよ。ウーリ」

「ワシは、黒鷲隊副隊長代理兼作戦参謀のウーリだ」

名前を呼ばれ、立ち上がり掛けたクマ族の男を、タケルが手で制した。

「姫殿下は王国の人だからね、ウーリみたいなゴツい男が近寄ったらびっくりさせちゃうだろ」

「あぁ、そうでしたな。これは失敬」

ウーリはテントの端で椅子に座ったまま、立派な顎ひげを撫でつけた。

「肩書きは作戦参謀だけどね、本当は僕が勝手なことをしないよう帝都の軍本部から派遣された監視役なんだ」

「がっはっはっ、殿下それは手厳しいですな」

ウーリは否定せず、大口を開けて笑い飛ばす。

「それで、姫殿下が話を聞きたいと言っていた十二使徒の一人だよ」

「それは真か」

「いや、懐かしい。その名で呼ばれたのはずいぶん久しぶりじゃ」

「今回の作戦が終わったら話をする時間をつくるよ。それじゃ、次」

タケルが顔を向けた先で、ウサギ族の少女が長い耳を揺らし立ち上がった。

「補給整備隊長を務めています、サリナといいますっ。みんなからはさっちゃんって呼ばれてますっ、よろしくお願いしますっ」


可愛らしい容姿が最大の特徴のウサギ族らしく、ぴょこんとお辞儀をした仕草も、浮かべた笑顔も愛嬌たっぷり。それ故、二級市民扱いの王国では酒場や食堂の給仕として働くのが一般的だった。アマゾネスに比べれば体力などないに等しく、王国の軍隊にウサギ族は一人として存在しない。まして指揮官の立場に就くなど絶対にありえない。


「物資の輸送、食料の調達、武器の整備、ここみたいな野営地の設営などなど、裏方仕事を一手に取り仕切ってる。それから、なんと言ってもサリナの作る料理は抜群に美味しいんだよ」

「ありがとうございますっ、殿下にそう言っていただけるとサリナ、とっても嬉しいですっ」

頬を赤らめ、胸の前で手を合わせて膝をくねらせる態度も、いちいち可愛らしい。

「リリカ」

「はいは~い」

タケルに呼ばれ、タケルに負けず劣らず明るく返事をして、左目が金色の、精霊種のエルフが一歩前に出た。

「彼女が、作戦支援隊長のリリカ。情報収集や分析、作戦の立案を担当している。今日みたいな実戦の日は、前線に出たスズ姉たちの支援もするんだ。うちの部隊の頭脳って感じかな」

「リリカで~す。よろしくね~」

エルフにとって自慢の輝く金髪を、大概のエルフが見せつけるように長く伸ばし下ろしている金髪を、リリカはクルクルと丸め束ねて頭の上で花が咲いたように結び上げる奇抜な髪型にしていた。

「…なるほど、大規模転移魔法を発動させたのは、そなただな」

極めて希少なスキル持ちの精霊種なら、納得できる。

だが、「う~ん、半分は正解、半分は不正解、マジ惜しいって感じ~」。いちいち語尾を伸ばした独特な話し方だった。

「どういうことだ?」

「私~転移魔法ってあんま得意じゃないっぽいっていうか~、ぶっちゃけ苦手、みたいな~。でも精神魔法はめっちゃ好き~。だ~か~ら~、さっきのは~、お姉ちゃんが転移魔法の呪文を仕込んだ杖に魔力を流し込んだだけなんだよね~。あとは勝手に発動するし~」

「杖に呪文を仕込むだと? そんなことが本当に可能なのか?」


魔法は呪文を詠唱することで発動する、というのが世界の定理。例えば、付与魔法で魔力を帯びやすい石に炎属性の発火魔法を付与したとしても、その発動のきっかけには必ず誰かの詠唱が必要になる。魔力を流し込むだけで、一言の詠唱もなしで特定の魔法を発動させるなど、事実なら魔法の定理がひっくり返る。

マリアが首を傾げるのも当然だった。


「マジマジ、超~マジ、この杖には~、詠唱刻印っていう」

「うわっ、リリカちょっと待った。ダメダメ、それ以上しゃべっちゃ」

「なんだ、私に何でも教えてくれるのではなかったのか」

さすがのタケルも、帝国で最上位の機密に当たる(天気予報の比ではない)詠唱刻印まで明かすことはできない。慌てて止めに入った。

「殿下ゴメンなさ~い」

「いやさすがに話せることと話せないことがあるから」


まぁいいだろう、いずれ必ず聞き出してみせる。

マリアはまた一つ、入手したい重要な情報を心の中に書き記した。


「それじゃ、次は救護隊長のユキナ」

マリアがテント内を見回して最も驚いたのが、精霊種エルフのリリカでも、その背後にいるエルフが全員、女も男も、両眼の虹彩が異なる魔力量の多い希少なエルフだったから、でもない。もちろん、それだけでも十分驚きではあったが、何よりも今、名前を呼ばれてわざわざマリアの前まで歩み出てきた、たった一人の存在が最も大きな理由だった。

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