第13話 「王女来訪」編(11)

「うわっ、スズ姉ぇ~、振られちゃったよ~」

少年はソファにもたれて仰け反り、背後のアマゾネス、剣士スズネに向かって情けない声を上げた。

「当たり前です」

スズネは、これ以上ないというぐらいの呆れ顔で、「一度でも会ったことがあるならばともかく、初対面の女性に向かって顔を合わせるなりいきなり婚姻を申し込むなんて、冗談にもほどがあります」とぴしゃり。

「え~、冗談なんかじゃなくて、僕、本気だよ~」

「でしたら、なおのことたちが悪い。物事には順序というものがあるでしょう。考えなしにすぐ言葉にするのは、悪い癖です」

「スズ姉は相変わらず手厳しいな~」

しょんぼり肩を落とした少年に、「大丈夫ですよ」。優しく声を掛けたのは、ネコ耳の少女だった。メイド服のスカートをつまみ、ちょこんと持ち上げ、「またこの格好でご奉仕して、ミーナが慰めて差し上げますから。ねっ、元気を出してください」。持ち上げられたスカートの裾とニーソックスの間から覗く〝絶対領域〟という魅惑のゾーンを見せつけた。

「ちょっと待てミーナ。いま、聞き捨てならないことを言ったな。『またこの格好でご奉仕して』とは、どういうことだ? また、だと? またとは、一回目があるということか? 説明してもらおうか」

「昨夜はミーナが当番だったでしょ。せっかく可愛いメイド服を仕立てていただいたので、これを着てお部屋に行ってお見せしたら『とっても似合ってる』『すごく可愛いよ』って、たくさん褒めてくださって、その後…、すっごく激しくって…、いつも以上に何度も何度も…、きゃーっ、思い出しただけで、恥ずかしい~」

ネコ耳少女は顔を真っ赤にして、メイド服姿でクネクネ身悶えている。

「ほ、ん、と、う、で、す、か?」

「痛い痛いっ、スズ姉本気で力入れすぎっ、痛たたたっ」

スズネは大きな手でガバッと少年の頭を鷲づかみにして、上向かせる。

「本当なんですか?」

マリアと決闘したとき以上の迫力溢れる眼差しで少年を見下ろす。

「だってほら、メイド服すっごく似合ってるだろ。あんな可愛い格好で迫られたら萌えない方が男としてどうかしていてててっ、ギブギブっ」

「私のこの大きな胸が素晴らしいと、とても美しい形をしていると、この柔らかな胸に顔を埋めるのが一番好きだと、言ってくださいましたね」

「言った、言った、痛っ、言いました! スズ姉のおっぱいは最高だって、だからそんなに怒らないで、割れる割れる頭割れるぅ~」

「でしたら、私にもそのメイド服とやらを仕立ててください。そうすれば私がミーナ以上に悦ばせて差し上げましょう」

「分かった! 分かった! スズ姉のメイド服も作らせるから!」

スズネは、「では私が当番の日を楽しみにしていてください」。満足げに頷き、ようやく手を離した。

「ハァハァ…、死ぬかと思った…」

黒髪を乱し、少年がぐったりソファにもたれかかった。

「えーっ、スズネにはメイド服は似合わないよ~」

「…何か、言いましたか」

スズネがギロリ鋭い視線をミーナに向けた。だが、ミーナは怯むことなく、「こういう可愛い服は、体格のいいスズネには似合わないって言ったの」。負けじと睨み返す。

「前々から思っていたのですが、やはり、ミーナとは一度決着を付けないといけないようですね」

一触即発、いままさに始まろうとしていた女同士の闘いに水を差したのは、ドガンッと部屋中に響き渡る、まるで雷撃魔法が炸裂したかのごとき爆音。マリアが拳を思い切りテーブルに叩きつけた音だった。


「いい加減にせよ…」

虚勢を張った余裕の表情、作り笑いの仮面を外し、苛立ちも露わに拳を握りしめていた。

「あ~、ほら、君たちのせいで姫殿下を怒らせちゃったじゃないか」

「申し訳ありません」

「ごめんなさい」

マリアは、どうして自分がこれほど激しく苛立っているのか、自分でもよく分からなかった。目の前で繰り広げられた男をめぐる女同士のいざこざ、男と女が仲良く言い争う他愛もない痴話喧嘩、マリアは初めて目にしたその光景を、どう受け止めればいいのか、分からなかった。理解できない自分に対する苛立ちが暴発したのだと、それすらも分かっていなかった。

「時間がないのだろう。私からも要求して構わぬか」

「どうぞどうぞ」

「私と、私の部下たち、バッサ砦で捕らえた王国の兵も含めて、すぐに解放していただきたい」

「見返りは」

「バッサ砦と周辺の王国領を帝国に割譲しよう」


国境の西岸、王国にとって最前線の防衛拠点を失うのは大きな痛手だが、しかし、すでに帝国に奪われてしまっている。脅威は増すが守りを固め、いずれ軍勢を整えて奪い返せばいい。まずは部下とともに王国へ帰還することが最優先。帝国にしてみれば、領土を拡大するための橋頭堡を王国同意のもと戦火を交えずに手に入れることができる。十分、交渉材料になる提案だとマリアは考えた。


「だめだめ、そんなんじゃ釣り合わないよ」

にもかかわらず、少年は思案することもなく、即答した。

「なぜだっ、王国はすでに砦近くまで軍を進めている。帝国から奪還するのも時間の問題だ。無駄に血を流すことになるぞ」

「あんな砦一つのために姫殿下を返すなんて、ねぇ、割に合わないよね?」

振り返った少年に、腕組みをしていたスズネが「そうですね」。当然とばかりに頷いた。

「もっと領土を寄越せというのか」

バッサ砦近くの貴族領を手放すしかないのか、果たして強欲な貴族たちがそれを認めるのか、とっさに思案を巡らせていたマリアの向かい側で、少年はちょっと困った顔で小さくため息をついた。

「そうじゃないって。別に領土なんか欲しくないし。あんまり低く見ない方がいいと思うよ」

「低くなど、見ておらぬ」

「分かってないなぁ。姫殿下のことを言ってるんだよ。たとえ王国領すべてと引き替えだとしても、姫殿下1人の方がずっと重要、大事なんだよ」

「なんだと!?」

マリアは確かに王位継承権第一位、いずれ女王の座が約束されているとはいえ、今の王国の体制では王政の実質的な権限など、ほとんどない。そんな自分1人の方が、王国全土よりも価値があるのだという。

「それじゃ、今度は僕の方から話していいかな」

予想外の言葉に一瞬、絶句したマリアは、かろうじて「言ってみよ」。戸惑いながら返した。

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