第8話 「王女来訪」編(6)

王国でも、奴隷の男は戦力として欠かせない。だが、彼らは皆一様に薬物と魔法で洗脳され、自らの意識、意思を持ち得ない。当然、会話などできない。ただ命令に従って命を惜しむことなく敵陣へ突っ込んでいくだけ。いくら殺せども押し寄せてくる奴隷兵士の圧倒的な数の力で敵を押し潰す。

いわば捨て駒だ。

王国がそうならば、帝国側も奴隷の女を兵士に仕立て上げていてもおかしくはない。しかし、ならばなぜ、こうして言葉を交わせるのか。

「部下を無駄死にせたくはないだろう。指揮官の賢明な判断を期待する」などと、当たり前のようにしゃべれるのか。マリアには分からなかった。

よくよく周囲を観察してみれば、取り囲む兵士の中にも女の体格、体形をした者がいる。むしろ、男より女の方が多いぐらいだった。


「まさか貴様…、女…、アマゾネスなのか」

マリアの乾いた唇から、自然と疑問が口をついた。

「ああ、そうだ」

あっけなく答えを明かずと、黒い仮面を外し傍らの部下に手渡した。

月明かりだけでもはっきりと分かる、アマゾネス独特の褐色の肌をしていた。編み上げの帽子を目深に被っている。

アマゾネスらしからぬ、エルフのような切れ長の瞳は少しも濁っていない。射貫くような眼光には、強い意思の力が込められているのが分かる。

傲然と、堂々と胸を張って立つ、目の前のアマゾネスは決して洗脳などされていない。

マリアは確信した。

このアマゾネスは、自らの意思で話している、と。

確信したからこそ、問わずにはいられなかった。

「女ならば、なぜ帝国に与するのかっ。下劣で下等な男のもとで、我らに刃を向けるのかっ」

崇高な女という存在に生まれながら、女を奴隷として扱う男性上位の帝国の兵士になるなど、神に対する背教行為に他ならない。

「女だけが人で、男は虫けら。持って生まれた性別、種族で差別する、そんな神など、クソ食らえだ」

声のトーンを落とし淡々と、一言ずつ区切って静かに、アマゾネスの帝国兵はそう言い切り、顎を持ち上げた。斜に構えて見詰める、切れ長の瞳に浮かぶ露骨な不快感、嫌悪感がありありと見て取れた。

ふいに強い風が吹き抜け、木立の葉がザワザワと大きく揺れた。

「神聖なるステルヴ神への冒涜、許す訳にはいかぬ!」

「王女殿下、挑発に乗ってはなりません。敵の思うつぼです」

剣を抜き、今にも飛びかからんとするマリアを、部下の騎士たちが懸命に押しとどめた。

「帝国とて同じだろう。男だけを人とし、女を奴隷として弄んでいるではないか!」

フハッと大きく息を吐き、アマゾネスは豪快に笑い声を上げた。

「なにがおかしい!」

「余計なおしゃべりが過ぎたな。さて、マリアンヌ王女、降伏してはもらえぬか」

「笑止! 貴様ら全員、私の聖剣で切り伏せてやろうぞ!」

なぜ自分の名前、身分を知っているのか。敵の口から明かされたことにも気が付かないほど、マリアは激高していた。

「帝国の飼い犬に墜ちた女など、もはやステルヴ神のご加護に値せぬ。地獄に落ちるがいい!」

「地獄は、おまえの国のことだろう…」。その呟きは小さすぎて、誰の耳にも聞こえなかった。


「やはり剣を交えねば収められぬか。ならば、私と決闘しようじゃないか」

「決闘だと!?」

アマゾネスの突然の提案は帝国兵にとっても意外だったらしく、包囲網がざわついた。

「そうだ。一対一での勝負だ。私が勝ったら武器を捨てて降伏しろ。私が負けたら、全員見逃してやる」

「隊長、よろしいのですか」

敵兵の一人が、アマゾネスに問う声色には戸惑いが交じっている。

「構わん」

やはり、この女が敵兵の指揮官だった。なぜ男性上位の帝国で女が部隊を率いる立場にいるのか。今は考えている場合ではない。

のるかそるか。

兵力に差がありすぎる。まともにやり合えばまず勝つ見込みはない。窮地を脱する妙案を模索していたマリアにとって、突然訪れた勝機ではあった。

「愚劣な帝国の犬の言葉など、信じられるか」

マリアは大きく息を吸って吐き、敵の出方を待つ。

アマゾネスが左手を持ち上げ、ひらりと軽く振る。包囲網の一角が割れた。

「スクロニーニャ!」

両脇を黒服の兵士に抱き支えられたスクロニーニャは意識を失っているのか、ぐったりと頭を深く折っていて表情は見えない。脱力した両腕がだらりと垂れ下がっている。

「安心しろ。気を失っているだけだ。たいした怪我もしていない」

ゆっくりと右手を持ち上げ、頭の後ろで剣の柄を握った。マリアはその時になって初めて、アマゾネスが腰ではなく、背中に剣を背負っていたことに気付いた。

「もし私に勝てたら、もちろん、この女も解放してやるぞ」

右手に左手を重ね、少しずつ剣を引き抜いていく。

「分かった。その勝負、受けようじゃないか」

「王女殿下、決闘なら私たちが」

身を案じる部下を安心させるべく、マリアは口元を綻ばせて優しく微笑み、「大丈夫だ。決して負けはせぬ」。言い聞かせるように一人一人と視線を合わせ、「私があいつを倒したら即、魔法を放って敵を攪乱せよ。スクロニーニャを取り戻して川沿いに上流へ脱出する」と言葉を継いだ。

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