第2話 プロローグ(2)

大陸暦1702年 秋―


黒鷲隊の幹部の一人である大柄なアマゾネスの女性を従え、少年が部屋に入ってきた。

黒革の編み上げブーツと同色の軍服、トレードマークの漆黒の外套を羽織った小柄な少年は、心なしか早足で近付いてくると剣の間合いに入ったところで立ち止まった。

黄金色の髪、新雪の如く真っ白な肌、泉から溢れる澄み切った清水のような瞳にはエメラルドグリーンの虹彩、そして真新しい真っ黒なドレスと銀色に眩く光る甲冑。凛々しく気高い立ち姿を遠慮なくジロジロと、まるで衣服の下に隠された魅惑的な肢体を透視でもするかのように頭の天辺から足先まで舐めるように視線を這わせると、少年が言った。

「髪、切ったんだ」と馴れ馴れしい口調で、明るくあっけらかんと。

「殿下は、長い方が好きだった?」

桃色の唇に微笑を浮かべ、それまでとは一転した親しげな口ぶり、対等な言葉遣いで聞き返す。

自分より背の低い小柄な少年は(目の前の女性のあまりの美しさに)頬を少し赤らめながら、「殿下なんて堅い呼び方は止めて欲しいな」。ニッコリと笑って、「似合ってるよ、マリア」と言葉を継いだ。

顔つきにまだあどけなさを残す少年はしかし、その全身から威厳に満ちた雰囲気を堂々と漂わせている。


まったく、おまえと出会ってしまったせいで…。

これから大変なことになりそうだ…。


内心の苦笑はおくびにも出さず、「タケル、今さら言うまでもないけれど…」。少年に誉められた嬉しさをおくびにも出さず、「この責任は、とってもらうわよ」と照れ隠しにわざと挑発的な言葉を返した。

「もちろん、分かってる」

少年が真摯な眼差しを向けた。

「マリア、僕とともに戦うことを、僕とともに生きることを、選んでくれて、ありがとう。僕は必ず、マリア、君を、この世界を幸せにする」

いきなり、ストレートに気持ちを伝え返されてしまい、胸の内の熱い想いがドクンドクンと早鐘を打つように高鳴るのを感じた。少年の、そうした真っ直ぐなところに心惹かれたのだと、あらためて自覚する。

自覚したからこそ、あえて言わずにいられなかった。

「タケルと婚姻の約束は交わしたけれど、でも、我が身を委ねるのは…」。ふいに少年が、言葉を遮るように一歩前に進み出て、「僕たちの目的を果たしてからだって言いたいんでしょ」。見上げてじっと瞳を覗き込み、「でも、髪が元の長さになる頃までには、僕に抱かれてもいいって思わせてみせるよ」。自信満々で言い切った。

カーッと顔が熱を帯びる。本当に、そうなってしまうかもしれない、と胸の奥に生まれた予感を見透かされないよう、「そう? せいぜい頑張ってね」などと強がりで答えていた。


いつの間にか自分の手が少年の、この世界のヒト族には極めて珍しい(実際、タケルと出会うまでは一度も見たことがなった)黒髪に触れていた。優しく愛しむように、少年の心根と同じ真っ直ぐな髪を指に絡めて撫でていた。

この黒髪に触れることができるのは、自分の他にはわずかしかいない。

「そうやって子ども扱いするの、止めてほしいんだけど」

不服そうに頬を膨らませる表情が可笑しくて、何度も撫で回した。自制しなければ、そのまま抱き寄せてしまいそうだった。

自分が、男という生き物をこんな風に愛おしく想うなんて、これまでの人生で想像したこともなかった。

「まだ子どもでしょう、タケルは私より二つも年下なんだから」


今は、自分の中に芽生えたこの気持ちこそを、何よりも大切に想う。少年と出会って1年、確かに息づく少年に対する気持ちを信じられる。信じて、進んで行こう。その決意はもはや、決して揺らぐことはない。


姉弟のように、恋人同士のように、いちゃつく2人を、アマゾネスの女性やネコ耳の少女たちがニヤニヤと生温かい目つきで眺めていた。

「マリア」

髪を撫でる手に手を重ねて強く握り締め、少年が表情を引き締めた。

「一緒に行こう、僕たちの目指す世界へ」

「…ええ」

視線に決意を込めて頷き返す。

「私たちの理想を成し遂げるために」

緊張のせいか僅かに汗ばんだ手で、強く握り返した。そして―。


「「この世界を、ハーレムに」」


声を揃えて、高らかに告げる。

ガレリア真帝国皇子にして黒鷲隊総隊長ホウセイン・タケルと、ステルヴ神リリ・ア・ルル聖王国第一王女にして黒鷲隊副隊長ユリア・ステルヴ13世・マリアンヌの、世界変革の戦い、その幕開けを。

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