29 見知らぬ者達との再会
一瞬、何が起きたのか分からなかった。
走馬灯が見えた所までは覚えている。それで、タツキと共に魔剣の猛攻を避けながら会話していたはず。そこから先が、少し曖昧である。
死ぬ間際は、何かわけの分からない力が溢れてくるって聞いた気がするが……。
そう、周囲の風景が、やけに遅く動いていた。
そうだ。
「避けろスイトぉお!!!」
余所見していたらしい。タツキが声をかけてくれた時には、遅かった。
胸の辺りが、やけに熱く感じる。
痛いのではなく、熱い。火傷してしまいそうなくらいに、熱い。
それに比例して、手足の先が凍るように冷たくなっていく。
熱くて、寒い。本当に凍ったように身体は動かないし、本当に、何が起こったのやら。
視界が、ぼやけてしまってよく分からないのだ。
揺れも、音も、何一つ残さず消えた。
ノイズ混じりの女性の機械音声が聞こえたと思えば、急に世界が『停止』した。
先程まで俺を襲っていたはずの剣、俺を救おうとまた突進しようとしていたらしいタツキ、そして、魔剣の攻撃を避けきれずに、モロに喰らってしまった俺。
胸のど真ん中を、真っ白な刀身が刺し貫いていた。
血は―― 不思議と出ていない。というか、出ない、というか出る直前で停止している。
目も、手も、足も、口も、何もかもが動かせない中……意識だけが、周囲の様子を確認しようと一人歩きしていた。
ノイズが聞こえた瞬間に、あの機械音声が聞こえてきた瞬間に、そちらへ意識が向いて避けられなかったのだ。痛くはないが、視覚的に辛い。
自分の胸に深々と、というか、感覚的には心臓も背の皮も容易く貫いているのだ。痛くないのが不思議なほどで、けど動けない。ただひたすらに動けない。
辛い。
あれ。視覚的な話だったか?
「やっと、会えた」
そんな停止した世界の中、1人悠然と歩く人影があった。
それは、俺やタツキ、ハルカさんと同年齢くらいの少女。
少女は亀裂だらけの世界の中、瓦礫の足場を踏み分けて近付いて来た。
「ふぅ、ようやく見つけました。良かった、まだ生きていますね?」
あー、これは状況的に、多分死ぬ直前だが……生きては、いるか。
「ええ、ふふ。良かった、何度かやり直した甲斐がありました」
甲斐って……。
つーか、やり直しってどういう事だ?
つーか、お前、誰だ?
「やはり、この頃から冷静沈着、一種の無関心を貫いておいでです……助かりました。私はコリア。詳しい自己紹介はいずれ。まずは、この力を貴方に」
……力?
少女は垂れ目を不機嫌そうに伏せると、停止したままの俺の手に、小さな両手を重ねた。
ぬくもりが、凍ったような手に伝わってくる。
この感覚……魔力、に、近い気はするが、何か違う? 何だ?
「はい。貴方が使っていた力を、私なりに復元してみました。あ、といっても培養に近いので、そもそもはスイト様の力ですから、拒否反応が起こる事はありません」
俺の名前を、知っている、だと?
目の前で自信たっぷりに胸を張る少女の名は、コリア。
光沢のある薄紫色の長髪を、左下でふんわりと纏めている。髪とは反対にとても濃い色合いの紫色の瞳はまるで宝石のようで、彼女が動く度にキラキラと光を乱反射させた。
服装はそうだな、薄紫をベースに、袴にファンタジーな要素を合わせたような……。
明治大正時代の、浪漫コーデ。着物と軍服がない混ぜになったデザインの服である。
髪留めは金属製の筒型で、青と銀の2色で中華風のデザインだ。薄紫の髪といい、銀色の装飾品といい、気品のある上品なイメージが強い。
コリアと名乗った少女の喋り方と相まって、第二印象は上品そう、である。
第一印象? 「誰コイツ、こんな所にいるなんて変な奴だな」である。
「もう、酷いですよ。せっかく助けようと思ったのに。やめちゃいますよ?」
……助ける? お前が?
「そう、私がです」
つーか、さっきから他人の思考を勝手に読むなよ。
「あら、そうしないと、会話が成立しないじゃないですか。苦労しましたよ、スイト様の精神体だけを時空停止の範囲外に設定するのは」
時空停止……これ、お前がやったのか?!
「そうですよ? だから私はここで自由に動けるのです。あ、言っておきますが、私が知っている貴方も、当然、出来ますよ。私は貴方に教えてもらったのですから」
はあ? 記憶に無い事ばかり言ってくるな。
微笑む少女に、俺は思考のみでの会話を続けている。たしか、時間停止や時間遡行って、伝説にしか養生しない幻の魔法じゃなかったか。
本の知識ではあるが、時の魔法として知られているものは非常に少ない。
たとえば時間停止や時間遡行などは、先程のとおり伝説上にはあるが実際に使ったという例は無く、あるとしても限定的な空間内の時が『偶然』止まってしまったという程度の物だ。速度を速める魔法:アクセルや相手の速度を落とす魔法:スロウはあるが、停止や時間そのものを移動するなんて事は出来ない。
厳密に言えば、理論上では出来るとされている。だが消費魔力がバカにならないほど多く、使ったとして1分ほど時を止めたり、1日前程度しか遡れなかったり。要するに使えないのだ。
それを、目の前の少女は出来てしまっていた。
しかも、俺の意識だけを対象外にするなどという高等技術まで使って。
炎の魔法を、敵に囲まれた味方を助ける為に使うとする。しかし、完璧以上に制御された魔法でもなければ、炎は多少なりとも見方も巻き込んで発動してしまうもの。
彼女が今にも鼻歌を歌いそうなほどの余裕を見せつつやっている事は、常識外れの人外な魔法の行使なのである。プリンを食べながら世界最大の企業に対してハッキングを成功させるようなものだ。
「ふふ。あ、これ以上の会話は『改変』に繋がるようです。会話はこれまで。本当、時間が無いのに話しこんでしまいました」
さっき言っていた、力って奴の事か。
「ええ、まあ、もう受け渡しは済んでいますが。さぁ、発動しますよ」
……どういう……っ?!
何故か、意識すらしていないのに、ステータス画面が現れる。
透明なアクリル板のような板に、文字が並んでいる不思議な物質。触れられるのも見られるのも、俺と、俺が許可した人物だけ。
同じように、相手のステータスを俺が見る事は出来ないし、触れるなんて事は当然出来ない。
なのに。
コリアは俺のステータスに触れた。
俺の名前の部分に触れ、すぐに離す。
すると、別のウィンドウが出て来た。
……シークレットステータス、と書いてある。
そこには、能力が載っていた。
魔法や技能と、何が違うのか?
「これは、貴方が潜在的に持っている、貴方が知っている単語で言えば『超能力』の事。貴方の能力はこれです」
コリアが指差した所には、たしかに能力名らしき大きな文字が並んでいた。
……。
1. 【 一歩下がってやり直し 】
何だこれ。
「ふふ。百聞は一見にしかず。まずは体験してみましょう」
は? 待て待て待て! 簡単で良いから説明を……。
「ああ、あるお方からの伝言です。えー……『論より証拠という言葉がここにはある。いやはや便利な言葉だなぁ』……だそうです」
少女が能力名? に細い指を触れさせて、すぐに離す。するとまた別のウィンドウが現れる。
今度は三角のアイコンが2つと、左右に並んだ外向きの三角の間に、27という数字が表示されていた。
彼女は左の三角に触れる。今度はすぐに離さない。
すると、真ん中の数字がどんどん減っていく。
やがて――
0に、なった。
「では、行ってらっしゃいませ」
「は? どこに……ぅおあっ?!」
少女も、亀裂も、一瞬で掻き消えて、深い藍色の空間へと落ちる。海のような、水に沈むような感覚が、纏わり付くように身体を包み込んだ。
苦しくない。辛くもない。ただただ眠いだけ。
懐かしささえ覚えるこの感覚は……そう。
この異世界に、着いた時の――
☆ ← ☆
「―― ここ、は」
視界いっぱいに、白が広がる。
深く、暗いどこかに沈んだ気がした。だが、気付けばそこにいた。立ち尽くしていた。
急に真っ白になった視界は、眩しいようにも思えて、無意識に目を強く瞑ってしまう。目を手で覆って、何も見ないように隠して。
……。
?
身体が、動く?
「やあ、また来たね」
「っ、誰だ?!」
「ああ、このやり取りも2回目だ。だが君は覚えていないだろうから、また説明から始めるとしよう」
手をどけて、後ろを振り向く。聞き覚えのある声が後ろから聞こえたからだが、聞き覚えはあっても、顔が思い出せないのだ。
タツキのような明るさは無い。ハルカさんのような快活さも無い。クラナ先輩のようなバカっぽさも無ければ、マキナのような怪しさも無い。イユのような声の小ささではない上に、先生のようなハッキリとした口調でもないのだ。
声は男性。俺と同い年くらいの声、だろうか。変声期は過ぎていて、滑舌の良い喋り方。ある程度若い声は耳にすっと通って、響く。
ただ、声は落ち着きすぎていて、その言葉には抑揚があまり無い。
言ってしまえば、トークがちょっと上手い機械と話しているような感覚に陥るのだ。
だが、振り向いた先にいたのは、ちゃんとした人間だった。
「さてと、約束を果たさなければならないね。たとえ君が、ここの事をすっかりキッカリさっぱり忘れていたとしても、約束は、約束だ」
「……何の話だ?」
少年は何もかもが真っ白な空間で、何もかも真っ白な容姿をしていた。下手をすれば雪よりもしろい場所で、影さえ薄く見えるのに、少年はそこにちゃっかり溶け込んでいるのだ。
ここは部屋のようだった。床、壁、天井、テーブルにイスに花瓶もその花瓶に飾られている花も、全てが丸ごと真っ白な空間。
目分量ではやや縦長の16畳くらいの広さ。扉は2つで、やはり白い。材料は木、だろうか。装飾の施されていない、シンプルなデザインである。
真っ白だが、お洒落な酒場に置いてありそうなカウンターやテーブルには何も置かれていない。しかし、10メートル以上ありそうな天井からは、真っ白だが太陽系を模したような巨大な飾りが宙に浮いていた。音も無く静かに、中央のオブジェの周囲を小さなオブジェが回っている。
そして少年だが、彼もまた髪、瞳、肌、服など、全てが白かった。肩が出るほどネックの広いシャツの下にタンクトップ。シャツは細い足が見える程度まで袖の捲られたパンツにしまわず、彼が動く度になびいている。そして、靴は日もが無いタイプの、実に履きやすいシンプルなつくりの物である。
肩まである白髪をハーフアップに結い上げ、髪と同じ白い小さな髪留めが目立たないように溶け込んでいた。前髪にギリギリ隠れない瞳は白く、真っ白と言っても赤みのある健康的な肌が映えている。
この真っ白な空間で唯一の、純粋な白とは言えない色が肌だった。
瞳が白いという事は、色素が薄いだけのアルビノの類ではないのだろうが、少なくとも、ここが俺の元いた世界ではないという事は理解した。
天井のオブジェは支柱などが無いのに浮いているし、知る限り病気以外で瞳が白い人間を、俺は全く知らないのだから。
ここもまた、俺にとっての異世界なのである。
「ここはどこで、お前は誰か。それをまず教えてもらえないだろうか」
「当然だろう。前回と同じ事しか言えないけどね。座ってくれ」
少年の瞳は、白いせいだろうが光が灯っていないように見える。彼の抑揚の無い言葉に俺は静かに頷き、彼が指示したとおりソファに腰掛けた。
カウンターから少し離れた位置にある、白いテーブルとソファ。高級仕様の柔らかいソファで、身体がほんの少しだけ沈みこむ。
少年は向かい側のソファに座った。
……ちなみに、膝を閉じた女の子風の座り方である。
「まずはここの事について話そうか」
少年はそう切り出した。
「ここは時間と時間、空間と空間、夢と夢、心と心……あらゆるものの狭間に存在する空間。ある意味では君が元いた世界にあると言えるし、君が来訪した世界にあると言っても良い。とても曖昧で、だからこそ、しっかり存在する空間だ」
「曖昧だけどしっかり。矛盾しているな。だが……」
ここはどうも、曖昧だと言うには造りがしっかりしている。そういう事を言いたいのだろうか?
「僕はこの『休憩所』の管理者。ここには君のように、あらゆる世界、あらゆる時、あらゆる空間から極々稀に人がやって来る。移動した際に、この空間に引っかかるようにやってくる」
「引っかかる?」
「そう。あらゆる狭間にあるから、引っかかってしまう者がいるのさ。だから、君がここに来たのは2回目だ。とてもとても稀な事だが、ここはいかんせん曖昧な空間で、過去1回しか来なかった者は大量にいるし2回来ても君のようにここの事を忘れていた」
「……だから、2回目、か」
「まぁ、3回も訪れた者は未だにいないから、もし君が3回目に来る事があれば検証させてもらう。ちなみに、ここは誰かが『休憩所』と呼んだから、休憩所と僕も呼んでいる」
休憩所。休む場所、か。静かで、たしかに休むのに適した場所かもしれないな。
それにしても、本当に俺は前にも此処に来た事があるのだろうか?
「君がここに来ていた証拠ならあるよ」
「……は?」
「ほら」
すっ、と差し出されたのは、俺の学生証カード。学生手帳の中に入れていたはずの物である。
俺は急いで確認した。
無意識に胸ポケットを探り、学生手帳を取り出し、最後のページをめくって……そこで気付く。
俺の服装が、懐かしいとも思える学生服に変わっていたのだ。
学生手帳に挟んでいたはずのカードは無くなっている。
まだ確証は持てないが、少なくとも目の前にある学生証カードは本物っぽい。
「……なるほど」
「君の事もある程度君から聞いた。名前は風羽翠兎。男性で、やたら長い名前の学校に通っている。前回は異世界に召喚されそうだったようだけど、今回は世界移動じゃなくて時空移動のようだね」
「時空、移動?」
「方法までは分からない。だけど、どこからどこに移動するかはある程度分かる。君は今回、現在から過去へ向かっていたようだ。ああ、心配しなくて良い。ここに君がいる間、他の世界の時間は全て停止しているから。まあ、この世界線上のみの話だけど」
「……些か話に付いていけないのだが」
「だろうね。だが本当の事だ。そしてここは、人は来るが永遠に留まる者は存在しない。故に、僕に名前は無い。呼ばれる必要性が無いからね。もっとも、前回来た君は、もし次に来る事があれば僕に名前をつけてやると笑っていたけど」
無表情かつ無抑揚。名も無き少年は、太股辺りに置いてあった手をテーブルにかざした。
すると、真っ白なテーブルの上に白いお皿と、チェス盤みたいなプレーンとチョコのクッキーが現れる。白い部屋ではかなり目立つお菓子である。そして白百合のようなデザインのティーカップにも、透明な赤色の見慣れた紅茶が注がれている。
少年が「食べる?」と聞いてきたので、いただく事にした。味はそこそこで、それぞれ違った意味で甘くほろ苦い。バランスは取れている組み合わせであった。
「……そろそろ、約束を果たすか。ちょっと待っていて」
少年はソファから立ち上がり、流れるような動きで一度外へと出て行ってしまった。あまりにも自然な足運びで、声もかけられぬまま去ってしまったのである。
どこに、と聞きたかったのだが、まあ、仕方ない。
ゆっくり待つとしようじゃないか。
……。
ここは、何だ? 先程彼は『休憩所』と呼んでいた。そのままの意味で捉えるなら、解釈としてはとある二点の位置を移動しようとした際に現れる、休む事に適してはいるが些か不思議な空間、である。
それと――
どことなく、記憶が曖昧である。
あれ? たしか異世界に行って、魔法とか使えるようになって……。
……ちょっと待て。
何か物凄く大切な事を忘れている気がするぞ?!
「ちょっと、良い?」
「っ」
少年の声に、我に返る。
いつの間にか少年は戻ってきていて、その手には見覚えのある白い物を抱えていた。
割り箸に甘い雲を纏わせた、縁日屋台でよくみかける子供が大好きな定番のおやつ。
「綿菓子、だよな。どう見ても」
「ワタガシ。それに見えるのか」
「? どこからどう見ても綿菓子だが……何故これを?」
「また君がここに来る事があったら、君を助けて欲しいって。それが……君と交わした約束。その代わりに名前をくれるって言っていたけど、どうせいらないし、気にしなくて良い」
何気に気になっていた、例の約束の内容を教えてくれた。どうやら、前回ここに来たらしい俺は、少年に名前を与える事を条件に、彼からの支援を要求していたようだ。俺は覚えていないが……。
少年は俺の持つ疑問に答えると、柔らかな綿菓子をぐっ、と差し出してきた。
まあ、食べろ、という事だよな。
歯ごたえはほとんど無い、甘い味わいが口の中に広がり、ほどけていく。
あれ? 綿菓子って、こんなにフワッとしていたかな。俺のイメージとしては、綿にかじりついた感じだった気がするのだが。
しかし、これが一体――
「―― ッ?!」
かじった側からほどける不思議な感触に首をかしげ、3回目のかじりつこうとする行為の瞬間。
急激に、視界が揺れるほどの頭痛に見舞われた。
『何か』が急激に、そして大量に、更に直接脳に叩きつけるが如く入ってきたのだ。
痛みは一瞬か永遠か。痛みに叫んだ気もするが、あまりに一瞬の事でよく分からないのが現状である。
気が付くと、俺は倒れたソファの後ろに、肩で息をしながら倒れていたのだ。
その状況に混乱したが、とりあえず分かった事だけを上げる。
1.物凄く頭が痛くなった。
2.転げ回ったらしく、身体中が痛い。
3.少年は我関せずといった態度で優雅に紅茶を飲んでいる。
「なんっ、なん、だ、今の!」
「あ、起きた。おかえり」
何とも気の抜けた声で、あ、いや、抑揚の無い声で、少年はこちらを見下ろした。
テーブルの上には、これ見よがしにクッキーの乗っていたらしい大皿が5枚ほど積み重なっている……。
少なくとも、一瞬以上は転げまわっていたらしい。人の顔の倍はある皿からして、どう考えても、一瞬で食べられるような量じゃない。
「……おい、何を食べさせた?!」
「君からすれば、ワタガシ。こちらには名が無い。ただ、この休憩所の外にあった『夢の泡沫(ウタカタ)屋』にあった物を持ってきただけ。あそこで売られている物は、使用すると『大切な記憶』を取り戻せる。たとえば、そう……。
世界の終わり、とか」
「――……っ」
そう、だ。
俺は……。
先程の痛みの中で、失っていたはずの記憶の欠片を掬い上げた。とても小さく、しかしとても重たい、たったひと欠片で腰砕けになりそうになりながら、掬い集めた記憶の欠片。
俺達は、異世界に召喚された。そしてその先で、実にゆるやかに強さを手に入れて行ったのだ。しかし、それは遅すぎた。
魔王城をぶっ壊すほどの力をつけていた勇者……親友であるはずのタツキが、様子がおかしいままに……魔王を、フィオルを、その手で殺めた。
回復魔法が効かないほどの致命傷……助かる見込みがゼロであると、そう言われた気がしたのだ。
そして、それを裏付けるかのように世界の崩壊が始まった。俺とタツキが召喚直前まで遊んでいたゲームと同じ、魔王を倒す事でゲームオーバーになってしまったのだ。
……。
そして、不思議な少女が現れ、何やら『能力』とやらを使って、ここにいる。
ここは、あらゆる時や空間の狭間にあるらしい。少年は言っていた。俺は過去に向かっていた、と。ならばあの能力とやらは、俺の持っていた力、か?
能力と書いてアビリティ。知っている単語で言えば、超能力。魔法や科学とは違う方法で超常現象を引き起こす、人の中に元から眠っている隠しステータス、か。
うーん。色々確かめたいが、そうもいかない。
一刻も早く異世界に行って、レベル上げとかしなきゃならないのだ。
たとえこの世界にいる限り、あの異世界の時が止まっていたとしても、さ。
「ここからはどうすれば出られるんだ?」
「あちらの扉から出られるけど―― もう行くの?」
「おう。っと、なあ、お前の名前だけどさ」
「……くれるの?」
少年はコテン、と首を傾げる。仕草がかわいらしい事はこの際置いておくとして、このまま少年と呼ぶのはメンドクサイ。他に人が来たら色々と不便だろうし。
というわけで、帰る前に彼の名前を考える。
容姿からして和名は合わないし、アーサーとかはありきたりっぽいし。フランス語で何か考えてみるか。けど、容姿端麗だけど実際にはフランス人でも、つーか俺達の世界の人間でも無いわ。
じゃあ、ラテン語にしてみるか。何かラテン語、ってだけでかっこ良く見えるし。
んー……。
!
「コントラクトゥス、って、どうだ? ラテン語で契約って意味だったと思うけど」
「……少年の方が文字数少ないよ」
「ラクスって省略すればいけると思うぜ。愛称みたいで良いじゃん」
適当に付けた名ではあったが、愛称、と言った瞬間に、少年の耳がピクついた。
「……ラクス。それが、僕の名」
「おう」
「……もし、君ががまたここに来たなら。そして僕の名を呼んだなら。少なくとも僕がそれを忘れてしまうまでは使おう。約束だ」
あぁ、どうやらお気に召したらしい。表情は変わらないが、先ほどよりも声が上ずっているから、きっとそうに違いない。
というか、そう思うことにしよう。
「じゃあさ、その時には、俺の事も名前で呼んでくれよ。必要だろ?」
「これまで名前は必要無かった。けれど、それはここに誰も来なかったから。そうだね。本当にこれからも君がここに来るのなら、僕も君を―― スイトと、呼ぼう」
声を上ずらせたまま、ラクスは真剣な表情に変わる。
―― 彼の中で、何かが芽生えた瞬間であった。
「ああ。じゃあ、また、な」
俺は『ラクス』に手を伸ばす。演技ではない笑みを浮かべながら、自然と。
しかし、ラクスは勝手を知らないらしく、小首をかしげる。それから、ようやく俺と同じように手を伸ばしてきたのだが……俺はそんなラクスのゆっくりとした動作を堪えきれず、自ら出しかけられた手を取り、少しだけ強めに握った。
「……また。そうか。また、か」
「おう」
「―― またいつか」
【 再度申請を受理 『異世界の賢者』を再び歓迎します
熟練度を一定まで授与 技能:時属性耐性Ⅴ を獲得しました
贈り
以上でナビゲーションを終了いたします
……今度は 世界を救っていただけると信じております 】
切実な女性の声が、不思議と耳に残った。
技能……スキルの獲得時に聞こえてきた声。レベルアップを告げた声。
そして、コリア。あの少女の、崩壊寸前の世界への来訪を告げた声。
普段は機械的というか、無機質な抑揚の無い声なのに、何故か、最後の方は悲しげだった。
……。
彼女は誰なのか。コリアやハルカさんとは違う声だった。
しかし、そんな彼女の正体を探ろうとする俺の意識は刈り取られる。
白から一変した藍色の空間に溶け、半ば強制的に視界が暗くなり、思考が乱れた。
紛れも無く、再度『異世界への召喚』が行われた証拠なのだろう。
―― 俺は、真っ暗な空間で、目を覚ました。
異世界賢者のファンタジア ※更新停止中 PeaXe @peaxe-wing
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