アメノヒノアソビ

虹空優太郎

アメノヒノアソビ

 私が小学校3年生になった年の6月、友達に誘われていつもの駄菓子屋に行った私は、お菓子を食べながら雨が上がるのを待っていた。その日の降水確率は80%。ちょうど駄菓子屋についた時にはもう降り始め、数分後には辺りにサーッという音が鳴っていた。


「やっぱり降っちゃったな~」


 私を巻き込んだ張本人である友人のT君はあっけらかんと笑いながら、駄菓子屋に唯一置いてあるミディタイプ筐体で格闘ゲームを楽しんでいた。私はというとあまり格闘ゲームが得意でなかったため、駄菓子屋の外にあるベンチに座ってポテチを食べながら雨が上がるのを待っていた。


 というのも、当時の私は梅雨が大嫌いだった。じめじめが嫌いだったのはもちろんの事、泥が跳ねるのも嫌だし、服が濡れるのも嫌。傘を閉じたときに飛び散る滴すら嫌いなくらい梅雨が嫌だった。こんな雨が降りやすい日の私は、決まって家の中でNINTENDO64で遊んで暇をつぶしていた。だから、T君が来たときも64をやろうと誘ったのだが、T君はお菓子を食べたいと私を強引に連れ出した。雨が降るのは分かっていただろうに。


「帰りたいな……」


 そう呟きながらボーっと空を眺めていたときだった。ふと、私の耳に数人の子供達がはしゃいでいる声が聞こえた。私は別段なんとも思わなかった。なぜならこの駄菓子屋のすぐ前には公民館が建っており、そこにはやや広めの運動場が併設されているのだ。声もその運動場から聞こえており、そこで誰かが遊んでいるのがわかった。それと同時に、よくもまあこんな雨の降っているときに遊べるものだと呆れていた。


 数分後、3人の子供が駄菓子屋へとやってきた。3人とも幼稚園の年長ぐらいで、男の子2人と女の子1人だった。私は彼らが先ほどの運動場で遊んでいた子供だとすぐに分かった。彼らが履いていた白い靴が泥だらけになっていたからだ。子供たちは濡れた髪をハンカチで拭きながらしばらく話していると、男の子の1人が私に気がついて歩み寄ってきた。


「お兄ちゃん、鬼ごっこしよ?」


 あどけない笑顔で男の子は私を遊びに誘ってきた。だが、私はすぐさま断った。先ほども書いたとおり、私は雨に濡れるのが大嫌いだからだ。すると、男の子はやや怪しい笑顔を見せると、ベンチに置いてあった何かを取り上げた。それは、私が無防備に置いていた財布だった。


「鬼さんこっちだよー!」


 男の子が走り出すと同時に、後ろに見ていた2人も男の子の後を追うように運動場へと走り出す。財布の中には500円しか入っていなかったが、小学生にとっては十分大金である。私は慌ててベンチから立ち上がって運動場へと走り出した。


 運動場は白土のグラウンドであり、辺りには大小様々の水溜りができていた。子供たちはバラけることなく纏まって走り、後ろから追いかけてくる私を確認しながら笑っていた。


「早く早くー!」


 財布をちらつかせながら子供たちは私を呼んだ。私はあまり運動が得意ではないが必死になって子供たちを追った。子供たちはとてもすばしっこく、追いつかれそうになるとすぐさまダッシュして私を引き離す。それが何度も何度も続いた。泥が跳ねて靴はすっかり汚れ、雨に濡れて着ていた服は重くなっていた。だが、何故か私は彼らとの鬼ごっこを楽しんでいた。あれだけ雨が嫌いだったのに、あれだけ泥が嫌いだったのに、彼らとの鬼ごっこに夢中になっていると全く気にならなかった。まだまだ私も遊び足りない子供だったのだろう。


「お兄ちゃん、僕たちについてきてよ」


 ようやく捕まえて財布を返してもらうと、男の子が私の手を引っ張って運動場の裏手にある竹やぶの前へとつれてきた。すると、そこには人1人がやっと通れるほどの隙間が空いており、子供たちに誘われるままにくぐっていった。その先には小さな平屋建ての建物と、いくつかの遊具が置いてあった。


「僕たちはここの幼稚園に通っているんだ」


 先ほどの隙間は幼稚園へと入る、いわば隠し通路みたいなものだったのだ。今だと色々と問題になりそうだが、当時の私は気に留めることは無く、そこで再び遊ぶことにした。砂場で遊んだり、ブランコを漕いだり、またかけっこをしたり。私と子供たちはすっかり打ち解けて昔からの知り合いのようにじゃれ合っていたのだった。


 彼らと遊び始めて1時間ぐらいがたっただろうか。気がつくと雨が止んでいる事に気がついた私は、駄菓子屋に置いてきたT君のことを思い出し、彼らに別れを告げた。子供たちは少しだけションボリとしたが、すぐさま笑顔で私を見送ってくれた。


「お兄ちゃん、また遊ぼうねー!」


 藪の隙間をくぐる時、男の子がそう私に呼びかけた。私は少しだけ振り向いて彼らに手を振った。


 駄菓子屋に戻ると、その前でT君がやや膨れ面で私を出迎えた。突然友人が何も言わずに姿を消したら、怒るのも当然だろう。私は子供たちと遊んで、すぐ近くにある幼稚園にいたとT君に話した。一通り話し終えると、T君は驚きの言葉を放った。


「幼稚園なんてこの近くにないぞ?」


 そんな馬鹿な。私は確かに竹やぶの間をくぐってその幼稚園に行ったのだ。私は動揺しながらT君を連れて竹やぶの前に来て、再び藪をくぐって行った。しかし、その先には綺麗に整地された空き地だけが広がっており、そこにあったはずの建物も、砂場も、ブランコも、何一つ無かった。首を傾げる私をT君は変な目で見ながら私たちは家路へとつくのであった。


 あれから数年後の6月、高校生となった私は駄菓子屋に足を運ぶことはなくなり、自分の部屋でテスト勉強をしていた。外を見ると、あの時と同じように雨がサーッと音を立てながら降っていた。その光景を見ていた私は、ふと子供たちと遊んでいたときの事を思い出し、それを母へと話した。すると、母は思いもよらぬ事を話し出した。


 私が子供たちと遊んでいた場所は、私が生まれる数年前までは本当に幼稚園が建っていた。しかし6月のある日、タバコの不始末が原因で火事が起きて建物は全焼してしまい、そのときに逃げ遅れた3人の園児が命を落としてしまった。その後、幼稚園は別の場所に移転しており、全焼した幼稚園は取り壊されて空き地となったという。あまりの衝撃に言葉を失った私に母はこう続けた。


「その子供たちは、きっと遊び足りなかったのよ。きっと火事が起きた日に遊べなかったかったから、亡くなった子供たちの魂だけが遊んでいたのかも」


 今年もまた、梅雨の季節がやってくる。そのたびに私はあの時の事を思い出す。あの、アメノヒノアソビを―――。


                                                  -FIN-

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アメノヒノアソビ 虹空優太郎 @amezorabiyori

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