感染CASEその4:マジカル☆フレンド

 AM 7:00。「ジリリリ!」と、激しい目覚ましの音で私は起こされた。もう少し布団の中で眠りたかったが、グッとこらえゆっくりと重い体を起こし、欠伸をする。


「ふわぁ……」


 ボサボサの髪の毛を私は触りながらベッドから立ち上がり、ベランダがある窓の方へと向かった。シャッーと勢い良くカーテンを開けると、たちまち外から温かい太陽の光が全身を包み込み、瞬時に私の頭を働かせた。ふと、うーんっ!と背伸びをしていると、窓の外にパピロウの姿が目に入った。


「凛子、おはようパピ。爽やかな女子高生の朝のシーン中に申し訳ないパピが、僕を外に追い出すまではしなくてもいいと思うパピよ。ねぇ、開けるパピよ。ねぇ!?聞いてるパピか!?凛子!あの!凛子さん!?すみませんでした!ほんと!すみませんでしたァ!」


 ガラス越しにパピロウは私に何かを伝えようとしているようだったが、私は窓の鍵が閉まっていることを再度確認し、窓から離れた。


「……お風呂入ろ」


 トントントンと音を立てながら私は1階へと階段を降り、お風呂場へと向かう。脱衣所に入るとすぐに私は着ていたダボダボの寝間着を脱いだ。シュッ……シュッ……と服と肌が擦れ合う音がなんとも静かな脱衣所で、小さく音を鳴らしている。

 男性諸君、残念ながらこれが漫画やアニメであれば最高のお色気シーンなのだが、生憎これは小説なので、文章でしか私の艶美な裸を表すことができない。

 服を脱ぎ終えた私はお風呂場のドアを開けて中に入ると、シャワーの蛇口の栓を捻った。それによって、シャワーヘッドから勢い良く溢れ出したお湯たちは、一瞬にして私のボサボサになった髪の毛と、少し汗ばんだ身体を濡らしていった。


「ふぅ……」


 何とも言い難いが、私はこのバスタイムがとても好きだった。誰にも邪魔をされない1人だけの空間だ。

 シャワーから溢れ出しているお湯たちは、私の髪の毛から背中、お尻、太ももを滴っていき、やがてお風呂場の床のタイルへと落ちる。そして、その水滴たちはピシャッピシャッと小さく音を立てながら軽く跳ね上がり、再びお風呂場の床のタイルへと落ちていく。

「まるでこの場所は、私のためのステージのようだ」などとよくわからない妄想をしながら私はシャワーを止め、濡れた髪を後ろにかき上げると、ふふふ……。と1人で笑った。


「凛子、この前はほんと悪かったパピよ。お詫びの印として、サラダチキン買ってきたパピよ……」

「きゃあああああ!」


 突然お風呂場の窓からサラダチキンを手にしたパピロウが入ってきたので、私は慌てて魔法少女に変身をし、パピロウに向かってマジカル☆ステッキを思い切り振りかざした。


「あの、ほんとすみませんでした!!マジカル☆ステッキは、そういう使い方じゃないパピ!!あの、ほんと待つパピ!!待っ……アアアアアアアアアアア!」


 こうして、私の最高な一日は、一瞬にして最悪な一日の幕開けとなったのであった。


------


 友情・努力・勝利。これは、有名な少年漫画雑誌における三大原則だ。もちろんこの三大原則は、魔法少女物の作品に置いても言える話で、その中でも"友情"というのは必要不可欠な要素と言えるだろう。

 もちろん私にも"親友"と呼べる存在がいて、それは私が望む聖廟城学園において最高の学園生活を送るための貴重な存在だ。なぜなら仲のいい友だちと放課後の喫茶店で生クリームが乗った飲み物を飲みながら和気あいあいとガールズトークができなければ、私が望んだ理想の学園生活にはならないからだ。


「凛子、おはよ~」


 なんてことを考えながら学校へと向かっていた私の後ろから優しい声が聞こえたので、私は振り返りながら挨拶を返した。


「おはよー。奏海」


 美斗 奏海みと かなみ。言うまでもなくこの作品に毎話登場しているレギュラーキャラクターであり、私の大親友だ。

 彼女は私と元々接点は一切なく、ただクラスが同じというだけで決して私と小学校からの幼馴染であったりだとか、私と席が近かったというわけではない。むしろ彼女は私がこの聖廟城学園に入った一日目にして気さくに話しかけてくれた、聖母マリア的な人物だ。


「あ、凛子、千草先生の授業の宿題やった?今日提出だよね?」

「やばっ!忘れてた……」


 最近の私は学生の本分であろう学業をすっぽかし、ウイルスの退治に勤しんでいたため、千草 紀子ちぐさ のりこ先生から出されていた数学の宿題をすっかり忘れていたのだった。

 見るからにやっていないだろうなという眼差しを向ける奏海に、私は目の前で両手を合わせ、頭を下げながらお願いをする。


「ごめんっ!……奏海。一生のお願い!宿題を見せてください……」

「あははっ、いいよ~。その代わり、生クリームが乗った飲み物奢りね」

「ぐぅ……」


 突然の奏海からの要求に私は苦悶の表情を浮かべた。何せ、今月の私はと言うと母親からのお小遣いが少なく金欠気味であったのだ。しかし、私への千草先生からの評価を下げるのは、なんとしてでも避けたかったため、仕方なく奏海からの要求を私は飲み込むのだった。


「いいよ……今回だけ……特別だよ」

「それ、凛子が言うセリフなの!?」


 そんな他愛もない会話をしながら、私たちは教室へと向かったのだった。

 やがて始業のチャイムが鳴ると同時に、いそいそと教室に入ってきた冴えない顔の男教師は、日直の号令が終わると低い声で1人1人出席を取っていく。


「天城」

「……はい」


 やがて男教師が全員分の出席を取り終えると、教科書をパラパラと開きながら授業を始める。時折、黒板に向かってはチョークで重要そうな単語を書いては説明をし、消してはまた書いてを繰り返していたが、私はそんなことを気にせず、あごに手を当て肘杖をつき、もう片方の手でペンをクルクルと回しながら考え事をしていた。


「凛子、すごいパピ。今の技はシメトリカルバックアラウンドリバースパピ」

「あの、パピロウさん。静かにしてください……」


 思い返せば、奏海とは入学一日目からの仲なのだが後から聞いた話、最初は彼女自身も少し緊張して私に話かけるのを躊躇っていたようだった。当然だが初対面の人との会話においての第一声というのは今後の学園生活に響くほど大事なものでもあると言えるだろう。

 それでも控えめな性格の私とは違い、誰とでもフレンドリーに話すことができた彼女は、入学して1週間も経たずに女子たちが周りにたくさん集まっていたのだった。


「美斗さんってほんと話しやすいよね」

「美斗さんって頭いいよね~」

「美斗さんって……」


 都市伝説や噂話が好きな奏海は女子からの評判も良く、すぐに"美斗グループ"なるものを結成していたのだった。もちろん私もそのグループの一員ではあったのだが、日に日に増していく他の女子グループたちに対する女子たちの陰口に嫌気が差し、少しずつだが奏海のグループと距離を置くようになっていった。


 そんな日が少し続いたある日の事、廊下の窓からボーッと外の景色を眺めていた私は突然声をかけられた。あまり声をかけられることがなかった私は少し驚いてしまったが、すぐに気持ちを切り替える。


「あら?天城さん、今日は美斗さんたちと一緒じゃないの?」

「……千草先生?」


 窓にもたれかり、たそがれていた私に声をかけてきたのは、私たちの担任でもある千草先生だった。

 千草先生は1話でパッと登場した以降、出番はこれといってなかった30歳手前の若い女教師なのだが、彼女の豊富なグルメ知識と、生徒たちへの親身な対応から周りの信頼はとても高いものだった。


「まだ入学して間もないけれど、何か困ってるって顔してるわね」

「あはは……」


 良く言えば世話焼きではあるが、悪く言えばおせっかいとも言える千草先生なのだが、それでも何故か憎めないのもこの先生が生徒たちから好かれる理由の一つなのだろう。なんてことを思いながら私は日頃から思いつのらせていた他の女子たちのエスカレートしていく陰口についてペラペラと話していたのだった。


「……とまぁ、そんな感じです」

「そうよねぇ……陰口……。でも、天城さんたちの年齢ならそれくらい普通じゃない?誰だって万人に受け入れられる人なんてどこにもいないもの」

「あの……先生……。私、これからこの学校でうまくやっていけるでしょうか?」


 大丈夫大丈夫!美斗さんを信じて、今まで通りにしてるのが一番よ!と言いながら千草先生は軽く私の背中を叩いて、スタスタと職員室へと向かっていったのだった。


(……まぁ結局、あの後奏海が陰口を言いあってた子たちを突き放して、孤立しかけてた私と一緒に行動するようになったんだけどね)


 そんな考え事をしていた最中だった。窓際に座っていた生徒たちが突然ざわざわと騒ぎ出した。生徒たちが突然騒ぎ出したことにより、男教師は静かにするように注意をしようとするが、生徒たちの深刻な状況を見て、すぐに男教師は口を閉じた。


「ねぇ……何これ…」

「黒い煙……?」


 よく見ると換気のために開放されていた窓から、モクモクとした黒色の煙が教室内に入り込んできているのがわかった。その量は少しずつだが多くなっていき、数分後には教室の約半分ぐらいを煙で覆っていた。慌てて私はポケットからハンカチを取り出し、口に当てると小さな声でパピロウに話しかける。


「え、何これ。ねぇ、なんですか!?」

「わからないパピ。サンマの焼きすぎとかかもしれないパピ」


 当然教室内はパニックになり、男教師も突然のことに慌てながら急いで窓を閉めるようにと窓際の生徒に向けて指示を出していたが、教室中に入り込んだ煙はさらに濃度を増していき教室全体を覆っていったのだった。


「うぅ……」

「やだ……助けて……」


 煙を吸い込んでしまった生徒たちは、次々と意識を失い倒れていく。やがて男教師も生徒たちを守ろうと教室のドアを開けようとするが、悲しくも煙を吸い込んでしまい、その場で倒れてしまう。何人かの生徒たちも叫びながら教室のドアを開けようとしていたが、何故かドアを開けることができず、そのまま煙を吸い込んでしまい倒れ込んでしまったのだった。そんな教室が阿鼻叫喚としている中、私だけはその煙を吸い込んでも何故か身体に異常はないのだった。周りを見渡しながら私は再びパピロウに話しかける。


「パピロウさん、これってもしかしてウイルスの仕業ですか?」

「いや……いくらなんでもありえないパピ。あいつらにここまでの知能はないはずパピ……」


 やがて黒い煙は教室全体を包み込むと同時に、生徒たちの叫び声は聞こえなくなった。恐らく私とパピロウ以外は気を失ったのだろう。視界がすべて煙で遮られ、周りの状況が全く掴めない中、この状況からの脱出方法を考えていると、教室のどこからか声が聞こえてきたのだった。


 ――ヨコセ……"人間ノ性的欲求"ヲ……オレニ……ヨコセ……


「この声、まさかウイルス……!?」

「3話の時とセリフは同じパピね。やはり人語を話し、理解できるウイルスがいるみたいパピ……」


 煙に包まれ周りの見えない教室内で、迂闊に変身しマジカル☆ステッキを出そうものなら間違いなく他の生徒たちに危害が加わってしまうと考えた私は、手探りで教室の出入り口の方へと向かう。足元も鮮明に見えないため時折机や椅子に身体をぶつけたり、何人か床に倒れ込んだ生徒たちの腕や身体を踏みそうになってしまったが、私は必死にそれらを避けながら探り探り出入り口の方へと向かった。ようやく出入り口にたどり着いた私は、ドアの取っ手を握りドアを開けようとする。しかし、本来であれば横に引けば開くドアは、びくともせずにそのままの状態を保ち続けているのであった。


「うそっ、ちょっとなんで!?……ドアが開かないの……!?」

「まずいパピ。このままだといつウイルスに襲われるかわからないパピよ……とりあえずちゃんとした変身シーンをここで入れたいから一度変身して、グーパンチでドア殴ってみるパピよ」


 不愉快なパピロウからの提案ではあったが、このまま何もせずにウイルスに襲われ4話にして最終回を迎えるのは私としても嫌だったため、仕方なく私は変身するための呪文を唱えようとした。


「しょうがないわね……ミラクル!マジカル!バラシク……」

――サセルモノカ!!

「危なっ!!」

「パピ?」


 突然、私の右脇腹に激痛が走り私は地面へと倒れ込む。幸い私のそばにいたパピロウの頭を掴み、盾にしたおかげで私の身体は軽傷で済んだのだった。恐らく煙の中にいたウイルスが変身する私を恐れ、攻撃を仕掛けてきたのだろう。普通であれば魔法少女の変身シーンというのはこちら側の変身が終わるまで敵側は待ってくれているはずなのだが、どうやらこのウイルスはそういう空気が読めないタイプの敵らしい。


「いたたた……あの、すみません、え、あの、ちょっと凛子さん。なんで今、僕を盾にしたパピか?あの、無視はやめてパピ。あの凛子さん僕の話を聞いてパピ」


 理不尽なウイルスからの攻撃をくらったが、なんとか私は立ち上がりもう一度変身するための掛け声を叫んだのだった。


「今度こそ!!……ミラクル!マジカル!バラシクロピル!」

――サセルカァ!!


 そう唱えた瞬間に、どこからともなく現れたマジカル☆ステッキは再度攻撃をしかけてきていたウイルスを跳ね返し、私の手元へと現れたのだった。そして、私が手にした瞬間に、マジカル☆ステッキはいつものようにキュウウウン!と大きな音を強い光りと共に鳴らしながら、私の身体を光に包み込んだ。


「あ、本当に光に慣れてきました」

「それはよかったパピ」


 私の全身が強い光に包まれたかと思うと、着ていた制服は瞬く間に光となって消え去る。そして、約4秒くらい真っ裸にさせられたかと思うと、私の頭の方からキュピンッと軽い音が鳴ったのだった。すると、私の髪の毛は黒色から淡いピンク色へと変色し、その髪の毛たちはゆっくりと下に向かって伸びていく。

 本来であれば髪の毛の染色は校則違反になるのかもしれないが、これは魔法少女の姿なのでセーフだと思いながら引き続き私は変身を続けた。

 やがて、どこからともなく現れたピンク色と白色を基調としたフリフリの服とスカートは私の肌を包み込んだのであった。

 そうして、約85秒ほどの長い変身シーンの後、気がつけば私はキュピピーン!というどこからか流れた音と共に、自分がイメージする一番かっこいいキメポーズを取っていたのだった。


「さすがに慣れてきたわね。この格好も……。あの、痛い。すみません。パピロウさん、やっぱりその……が痛いです……」

「仕方ないパピ。今の凛子は性病を患った魔法少女パピ」


 こんなことを公言したくはないのだが、なぜ性行為を経験していない16歳の私が性病を患ってしまわねばならないのか甚だ疑問ではあったが、このパピロウが言うには、魔法少女におけるリスクの一つだと言うことだった。それでも私は納得ができなかったため、パピロウに向けて文句を言う。


「あの、いりますかこの設定!?仮にも主人公が性病なんて設定、本当にいりますか!?」

「凛子よ。やめ、凛子。やめなさいパピ。設定とか言うのは。これは魔法少女になるためには必要なことなんだパピ」


 ただただ納得がいかなかった私だったが、そんなやり取りをしている最中にもウイルスは空気を読まずに、黒い煙の中から触手を鞭のように使い、私の身体に攻撃をしてきたのだった。あまりの突然の攻撃を受けた私は悲痛の声を上げながら、どこにいるかもわからないウイルスに向けて話しかける。


「いったぁ……あの、ちょっ、ちょっと待って下さい。あのちょっと、おかしくないですか?こっちは性病患ってるんですよ?それなのに普通、攻撃してきますか?」

――エ……ア……ゴメン……

「凛子、落ち着くパピよ。ウイルスも謝らなくていいパピ。どっちが正義でどっちが悪かわからなくなるパピ。このままだとダークヒーローで性病を患った魔法少女物とかいうよくわからないジャンルになってしまうパピ」


 それにしても、今までグゥゥウウウ!とかシュウウ!だとか適当な叫び声だったウイルスたちが突然人語を話し、人語を理解できるようになったことに対して、私は疑問を感じていた。そして、彼らが言っている"人間ノ性的欲求ヲ ヨコセ"という言葉の意味は一体どういうことなのか。とても話し合いができるようなウイルスとは思えなかったが、私は一か八かでウイルスに向かって問いかけることにした。


「あの、ウイルスさん。さっき言ってた"人間の性的欲求を寄越せ”ってどういうことですか?」

――オ前ラニ……教エル必要ハ……ナイ。強イテ……言ウノナラ、コノ世界ニ住ム……人間ガ持ツ……"性的欲求"ハ、我々ウイルスニトッテノ”最大ノパワー”トナル。我々ガ、オ前ラト同ジ言語ヲ話シ、言語ヲ理解デキルヨウニナッタノモ、スベテ"人間ガ持ツ性的欲求"ヲ、トリコンダオカゲダ。ソウシテ我々ガ強クナッテイクコトヲ、ドッヂ様ガ……ソウ望ンデイル……

「いやいや、めちゃくちゃ饒舌パピね。ペラペラ喋りすぎてびっくりしたパピよ」


 どうやら、最近のウイルスたちが進化していたのは人間たちが持つ性的欲求を吸収し成長しているからとのことだった。今までのウイルスたちはまだまだ未成熟な状態で、このまま人間の性的欲求を吸収し続けていくとより凶悪なウイルスたちが出来上がっていくことは言うまでもなかった。


「その、"ドッヂ様"って一体誰なんですか……?パピロウさんは知ってますか?」

「知らないパピ。人間界のスポーツでボールを相手にぶつけて遊ぶ奴なら知ってるパピ」

――ソレモオ前ラニ答エル必要ハ……ナイ。強イテ……言ウナラ、我々ウイルスヲ統括シテイル人物……ソシテ……


 ウイルスが何かを言いかけようとしたその時だった。突然バァンッ!と音が鳴り、ヴッ!と低い声が聞こえたのだった。まだ教室の中は黒い煙で覆われたままだったため、ウイルスがどこにいるかは視認ができなかったが、恐らくウイルスの身に何かが起こったのがわかった。


「え、だ、誰……?誰かいるの……?」

「はぁ……はぁ……その声は凛子……?大丈夫なの……?」

「奏海!?」


 いつもなら目の前にいるウイルスのあまりのビジュアルに驚いて気を失うあの奏海が、どうやら黒い煙で周りがはっきりと見えていないからなのか、殴ったのがウイルスだということに気づいていないようだった。それでも彼女が何故黒い煙を吸い込んでも平気だったのかはわからなかったが、恐らく彼女がウイルスの隙を突いて攻撃を仕掛けたのだろう。しかし、それも束の間、ウイルスの怒りを買ってしまった奏海は突然悲痛な声を上げる。


「いやぁっ!何これ……?嫌っ!助け……て……!」

「まずいっ、このままだと奏海が……」

「凛子、今気づいたけど凛子は魔法少女パピ。魔法でこの煙をなんとかできると思うパピ」


 パピロウに言われた私は、はっと気付かされる。何故今まで私は気づかなかったのだろうか。確かに、私は魔法少女になったと言っていたが、ここまで魔法は一度も使ったことがなかった。今までウイルスと闘う時も、すべて必殺技で一撃で倒しており、魔法を使うシーンというのは一ミリもなかったのだ。魔法少女物なのに。


「……そうでした。えっと……呪文の唱え方って……」

「よく聞いてくれたパピ!いいパピか。もう何度も言ってるパピが、テクマラ……」

「黒い煙よ!いなくなぁれ!!えいっ!」


 マジカル☆ステッキを天にかざし、私がそう唱えるとたちまちマジカル☆ステッキは光を放ち、黒い煙を吸い込んでいく。段々と黒い煙が消えていくと、教室の真ん中にウイルスと、そのウイルスの触手に捕まっている奏海の姿が見えたのだった。


「もうテクマラマザコンは諦めるパピ……」

「今よ!えぇいっ!」


 鞘に納められたマジカル☆ステッキを取り出した私は、勢い良く地面を蹴り、その場からウイルスの触手へと近づくと、マジカル☆ステッキで触手を切り裂いた。その拍子で触手に捕まっていた奏海は床へと叩きつけられそうになったが、間一髪のところで私は奏海の身体を抱え込み、そっと床に寝かせる。奏海はさっきの触手で気を失っているようで、うぅん…とうなされているようだったが身体に異常はないようだった。


「もう一発!」

――ガァァァア!


 触手を切られたウイルスは、再び触手を再生しようとしていたが、私はその隙を狙い、地面から足を上げるとドンッと強い回し蹴りをウイルスに向かって入れる。たちまちウイルスは、教室の壁へと勢い良く叩きつけられ頭から白い液体を教室中に撒き散らしていたのだった。ブルブルと震えるウイルスの前に立った私は、ウイルスの恐らく顔であろう部分にマジカル☆ステッキを向けて笑顔で話しかける。


「……それじゃあ、いつものやつやりますね……」

――エ……嘘……マッテ……必殺技グライ唱エテ……

「大丈夫ですよ。痛みは一瞬ですから……」


――バシュゥウウウウウウン!!!!!!


 ウイルスが何かを言おうとしていたが、私はマジカル☆ステッキから光を放ち、ウイルスを勢い良く撃ち抜いたのだった。そんな私の姿をパピロウは見つめながら、小さく呟く。


「もはやどっちが悪かわからなくなってきたパピ…」


 パピロウが唖然と私を見つめる中、シュゥゥ…とウイルスが消え去っていくのを私はじっと見届けていた。やがて、ウイルスが完全に消滅したことを確認し、変身を解こうとした瞬間、私の後ろから聞き覚えのある声が聞こえ、勢い良く私は振り向いた。


「え?……凛……子?その姿……凛子……なの?」

「……えっ…?」


 するとそこには、床に座り込んだ奏海が魔法少女となった私の姿を、じっと見つめていたのだった。

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魔法少女なんだが、どうやら性病にかかったらしい。 市ノ瀬 @ichinosex

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