死神の戦い


 どこから始まり、どこまで広がっていくのか。

 空でも、宇宙でもない、この世ならぬ暗黒の中空。

 見渡す限りの青白い炎の中で、二人は向かい合っていた。


 片方は、青年を死に誘った褐色の女。そして、もう片方は、生へと戻した振袖の少女。

 女はあぐらのような姿勢で、ふわふわと浮かんでいる。デニムスカートからは、紫色の派手な下着が覗いているが、全く気にしていない。青年を巡って激しく戦った少女に向かい、話しかける口調は気さくだった。


「あーあー、久しぶりに負けちゃったわー。惜しかったのに」


 少女は着物の袖に両手を入れて、腕組みをして女を見下ろす。


「詰めが甘いわ。あの人は、自分の望みを持っていたの。少し迷っただけで、死ぬまで生きるつもりはあった」


 口を三角にとがらせ、女が応じる。


「はいはい、そういうことにしとこーかなー。でも、なかなか居ないなあ。あたしとうまくやれそうなクズ」


「そう頻繁にあなたのような人が居たら、人間に死が蔓延してしまう。次の魂が得られなくなってしまうわよ」


 少女のため息に、女は首をひねった。


「そういうもんかねー? 意外と滅びないと思うけど。今すぐ何千万かが死んでも、どーせ適当にやりまくって、勝手に増えるんでしょ。今の人口、五十六億くらいだっけ。あたしらがこれだけ居ても、全然追いつかないわよ」


 振り向いた女の後ろ。青白い炎の中に、浮かび上がるのは、無数の女の姿。


 一人、二人、三人――数え上げれば気が狂うかと思うほどの人数が、青白い炎の中を埋め尽くしている。

 しかも、全員が同じデニムスカートとチューブトップ、メイク、顔、身体。そして魂を狩るための大鎌の変化したピアスをしていた。


「その中に、ミサイルや核を持ってたり、社会に大きな変革を起こす人間が居たらどうなると思うの。いいえ、そうでなくても、あなたが増えているということが、人の行く先を示しているのかも知れないわね」


 少女の背後にも、振袖に大鎌の黒髪の少女が無数に並んでいる。女と同じく、数えることを放棄したくなる数が、炎の中に揺らめいていた。


 ただ、少女の言葉通り、その勢力は女に劣るらしい。


 無数の女の広がりは、青白い炎の中で少女たちを取り囲んでいた。

 群れの先頭、今まで話していた女が、けらけらと笑った。


「昔から比べると、色々進歩してるのにねー。暮らしが良くなればなるほど、死にたい奴が増えちゃうみたいなの。明るく楽しく、適当に死にましょうよ。ここ百年くらい、それが流行りでしょ」


 煽るように小首をかしげた女に、少女の瞳が冷え込む。

 揺らめく炎を裂いて、大鎌の切っ先が突き進み、止まった。

 喉元からわずかに、炎が上がる。


「ふうん。諦める気は、ないのね」


 細い首に刃物を突き付けられても、女たちは微笑みをやめない。少女が鎌を引いた。


「……たとえあなたの言った通りでも、私がまだ消えていない意味を考えてみるといいわ」


 大鎌を肩にかけ、包囲する女たちをにらむ少女。

 女は口元を歪め、イヤリングから鎌を取り出す。


「やっぱあんた気に入らないわー。今ここで、数を減らし合ってみる?」


 一触即発の空気が漂う。


 しばらくにらみ合っていると、死神たちの頭上に穴が空いた。

 穴。空間を覆う炎の一部が消えて、スクリーンのように像が結ばれたのだ。


 高層ビルの屋上に立つ、スーツ姿の女性だった。

 厳しい目つきで、柵の向こうを見つめている。


 女が小躍りしながら鎌を納める。


「……やーめやめ。私、また呼ばれちゃったみたい。先行ってるね」


 いやみに笑うと、飛び上がり、映像の中へと飛び込んだ。映像は水面が揺らぐように歪み、やがて炎に消されてしまった。


 取り残された少女だったが、再び炎に穴が空き、映像が現れた。


 今度は作業着姿の若い男性だ。

 昼休みなのか、倉庫の休憩室らしき場所で、電話をしているが、相手は出ない。

 十数回のコールの後、アイフォンをテーブルに置き、パイプ椅子に座り込む。応答のない着信履歴と、返信の無いSNSの画面を見つめている。


 やがて上司らしきスーツの男性が入ってくると、男性は突然土下座をしてなにごとか頼み込んだ。何度かのやり取りの後、深々と頭を下げ、ロッカーから荷を取り出す。早退するのだろう。


「……私も、まだ呼ばれている。あなたの思い通りにはさせない」


 少女が飛び上がり、駐車場の車に飛び乗る青年の映像へと入り込んだ。


 

 残されたのは、無限に広がる炎の中、空間いっぱいに広がる少女と女性。


 何百万、何千万という同じ顔の二人の頭上、あちこちに、時折映像が浮かび上がる。その都度、少女と女性が飛び込み、それぞれに現世を目指す。


 死に誘われた者とそれを想う者が現れるたび、繰り返されるのだ。


 幾百年前からか、幾千年前からか。

 人が生きて死ぬところに、彼女たちは存在し続ける。


 死神の戦いに、終わりは見えない。

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死神の戦い 片山順一 @moni111

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