無題タイトルに名前を付けたのは君だ。

ゆきの

第1話 下ネタは逃げでしかない

「貴様! ノエルにナニをした!」

 駆け付けたころにはノエルは片膝をついて苦しそうに顔を歪めていた。

「へっ! その女は俺の妖刀黒鬼でもうヤッちまったのさ! 腰抜け過ぎて本当にヤッてんのか分かんなかったくらいだったがな!」

 男は威勢よく声を張る。

「クソ…、俺の力だけじゃアイツには勝てない…。こうなったらノエルの鞘に俺のエクスカリバーを収めて力を貯めるしかない……。ノエル、まだヤれるか?」

「うん、まだイケる。あと一回だけならイケるよ、ハルト」

 苦渋を顔に浮かべながらも強くノエルは答えた。

「よし、それじゃイクよ…!」

「うん…!」

 エクスカリバーと鞘が交わる瞬間「うっ…!」とノエルは小さく声をあげるも耐えようと必死に漏れそうになる声を我慢する。

 鞘から流れる力をエクスカリバーを介して感じる。まるで快感にも似ていて気持ちいいくらいだった。

「よし…、これならイケる…!」

 力の蓄積は絶頂を迎え、その力を一瞬で放つ。

「イクぜ! これが俺の、エクスカリバーだ!!」

 エクスカリバーから白い力の源のようなものが放出される。その勢いは凄まじく、ハルトの体はその凄みに若干震えていた。

「な、なんなんだ…! こりゃあ…!」

 男もその白い何かに圧倒され、防ぐ動作を取れなかった。

 男は白い何かに包まれ、やがて姿は消えていった。

「俺の、俺たちの勝ちだ」

 力を使い果たし倒れらうように項垂れたノエルを片手に支え、口ずさむ。

 彼らの夜は、終わらない。




「これ、本当に戦闘シーンだよね?」

「そうだけど?」

 放課後の図書室、いつだって図書室には誰もいない。いたとしても仕事がほとんどない図書委員くらいなものだが、その図書委員も放課後には滅多にいない。今ここにいるのは俺、鶴間和斗と倉持美月の二人きり。美月は同じ文芸部で創作物のレベルを上げるために美月は定期的にこうして俺へ原稿を見せ、意見を求めていた。

――けどこの原稿は、

「明らかに下ネタを意識的に組み込んでるよね?」

「そういう風にとれる部分は確かにあるけど、そういう風にとる方が悪いんじゃないの?」

テーブルを挟んで対峙する美月はニヤリと笑う。

「ま、まぁ…、それも一理あるけど……」

「つまり、和斗くんもそういう想像をしたわけか…。えっちだぁ……」

 美月は「もー、わかってるって!!」みたいなムカつく表情でこちらを見ていた。

 していないと言えば嘘だ。だが、そんなことよりも、俺が最も危惧しているのは、「こんなものを他の人間に見られたら、『え? 文芸部って官能小説部だったの?』ってなって、この歩く淫夢語録と言っても過言じゃないようなこの馬鹿の醜態が文芸部という部のイメージにすり替わって、でも、『美月さんはこんなものカクワケナイジャーン』という一般生徒の脳死コメントによって俺が書いたことにいつしかすり替わる」ということである。

「と、とにかくだな…! これは俺以外の人に見せるなよ!」

「え、なにそれ。それって私口説いてんの? キモいし意味わからないし、キモいし、無理だからごめんキモい」

 汚物を見るような冷たい眼差しが心に槍のごとく突き刺さる。

 いつかこいつの目をくり抜いて、青いスライムの白と黒の二色しかない瞳孔バッって開いたようなつぶらな瞳をはめ込んでやる。

「マジトーンで言うのやめてくれない流石にうっかり紐のないバンジージャンプやりそうになるから、てか、口説いてないし、キモい言い過ぎだし、そういう意味で言ってないから…」

「やだなー、冗談に決まってるでしょー」

 冗談には聞こえないんだよなぁと、思いながらも視線を逸らして苦笑いを俺は浮かべた。

「とにかく、これは戦闘シーンとして見てもらいたいんだったら、丸々書き直し、表現が不適切すぎる。読者を混乱させないように書くのは基本中の基本で、あえて伏線を作る場合には一つのテクニックとして用いることもあるけど、今回はそうじゃない」

「だよねー。私も書こうと思い立ったのになかなか書けないもんだから、下ネタに走っちゃった」

 俺自身、下ネタ自体は嫌いではない。確実に、安定の笑いを取れるからだ。けれど、それを執筆する、又は口にするのがこの学校でも指折りの美少女ともなるとタチが悪いというのが本音である。

「お前、女子なのに下ネタすきだよな」

「好きだよ。大好き。それが問題?」

 女子”なのに”。何気ない一言が彼女の内で引っかかるらしい。

「問題じゃないけど、女子高校生が好きそうなもんじゃないと思うぞ。チンパンジーみたいな『キャハハ、マジ卍ィィイ!』とか言ってるような女子高校生は言ってそうなイメージあるけど、お前みたいなやつが、ちん〇んとか口にしないだろ」

「ちん〇んを口にするとか…、えっちだなぁ…。それより私みたい、とはなによ?」

「お前、俺から見たって可愛い女子に分類されるぞ。それに頭もいい、そんなやつだよ」

「ほぉ、その太ももしか追う機能のついていない飾り同然の目から見ても、そう見えるとは驚きだよ…!」

 美月はわざとらしく口を手で覆って、目を見開く。

「残念だったな、俺の目はおっぱいも追うぞ」

「いや、胸張ってどや顔で言っているけど、本来は恥じるべきことだからね」

 ちなみにおっぱいは下ネタとして分類しないのは俺ルール。

「てか、自分の評価に否定しないんだな」

「まぁ、みんなから見たらそういう風に見えるんでしょ。外見も頭も人付き合いもいい、とりあえず彼女にしておいても損のない人間なんでしょ。私って」

 彼女にとって“周り”とはどうでもいいものだった。どうでもいいというより、どうかしているから気にしても仕方がない存在。

「でも、下ネタが大好き」

「そう。それってやっぱり変?」

 俺の言葉に間を置く間もなく言葉を続けた。

「知らん。それを決めるのは俺じゃなくて世界だからな」

「無責任というか漠然的で、模範的な回答だね」

「そんなもんだろ」

「そうだね。つまりは…、」

 そう、俺が決めていいようなことじゃない、すぐにその答えが彼の頭の中に浮かんだ。変じゃなかったとしても「変じゃない」だなんて答えることの方が無責任で中身のない回答だ、とも。

「「そう、いつだって世界は押し付ける」」

「お、ハモったね」

「有名だからな『宇宙(ソラ)のカナタ』は」

『宇宙のカナタ』とは、人気動画サイト『ムービープラネット』で人気を博す、ギャルゲーのようなスタイルで話が進む物語形式の動画。そして「そう、いつだって世界は押し付ける」とはその作品に登場する主人公のセリフとして有名だ。

「やっぱ、そういうの憧れちゃう?」

「そういうのって、ソラカナの主人公のことか?」

「それもそうだし、世界観もさ」

 その質問は少し困る。答えにくく、答えも見つからない。

「あー、…まぁ、好きではあるけど、ありふれたストーリーで、ありがちな設定で、そこまで評価する要素はない」

「ほぉ、言うねぇ」

「それでも、あの作品を見ていると、生きてるって感じがする」

「?」と倉持はクエスチョンマークを頭に浮かべるように、首を傾げた。

「どういうこと、それ?」

「さぁな」

「えー!? なにそれー!」

 はぐらかして和斗が立ち上がると、美月も頬を膨らませて立ちあがる。

「もう帰ろうぜ、日が暮れてきたし」

「教えて…、和斗…」

 和斗の隣にいきなり寄り添い、上目遣いに目を潤ませて、普段彼と接するときとは格段に可愛らしいなで声でそう言った。

「可愛い子ぶってんじゃない! 気色悪い…!」

「えー、可愛い子ぶってるんじゃないよ、可愛いんだよ!」

 一瞬可愛いと思っても、彼は彼女が下ネタを連発する奇人であると知っている。故に心は揺らがない。

「はいはい、お前が世界一可愛いよ。これでいいか?」

「全然心籠ってないんだけど、もういいや…。帰る」

 やっと諦めたらしく、平常のテンションで美月はスクールバックを手に取った。

 夕暮れ時というのにまだ日は高く、それでいて夏日のような暑さはまだない。校舎の影がのびる廊下には文化部である吹奏楽部と軽音楽部の楽器の音が鳴り響いているだけだった。あとは二つの足音。

 玄関を出ると、会話を妨げない程度の微かな風が吹き、彼女の一つに束ねた髪を揺らす。

 普通にしていれば可愛いのになと、和斗は先を歩く彼女の後ろ姿を見て思った。

 立てば芍薬座れば牡丹歩く花は百合の花、まさしくそれは彼女に相応しいことわざだが、彼女ならばそこに続きがある。

 内を開けばウツボカズラと。

 ウツボカズラとは、壺状の捕虫袋と消化液をもつ食虫植物。花言葉は、「危険」「甘い罠」、彼女が口を開けば、心を開けば、「ち〇ぽー!」とダイレクトな下ネタを口にし始める巧妙な罠。

「じゃ、また明日ね」

「おう、またな」

 奇人とは言え、別れを告げる彼女の笑顔は最高に輝いて、最高に可愛いらしい。








「ノエル! 俺たちの合体技を今こそ使おう!」

「うん!」

 二人の持つそれが交わる。

 そして、叫んだ。

「「セクローーース!!」」

 二人の体は熱くなり、そして思いは重なり、絶っちょ、


「なんも変わってねーじゃねーかあぁぁ!!」

「てへ!」

 二人しかいない図書室に、今日も和斗の叫びが響き渡った。

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