第6話 朱色の雪
「朱色の雪」
ほどけた髪と目覚ましが告げる 新しい夜更けの瞬間を
君の手を握り締めて 一人きりの夜の終わりを知ったのさ
明滅する世界で
辿り着く光の先 君の
遠ざかる闇の果て 昨日の僕が消えていく
色めいて招く指先 震えていた二人の心を優しく溶かしていく
つながるその場所で
朱色の雪が降り伝わる 新しい夜明けの瞬間
君の指を握りしめて 一人きりの夢の終わりを知ったのさ
崩れゆく世界で
追いかけた光の先 君の
離れいく闇の果て 二人の傷が消えて行く
つながるその場所で
閉ざさされていた心 開いて 今夜は二人きりさ
幾千の夜を抜けて 幾億の星が光り
眩い夢 眩む心 それは君のために
差し伸ばした光の先 君の横顔が微笑む
弾けいく花火の下で 二人の痛みが癒えていく
つながるその世界で
今日もいつものニュースが流れる
僕と君は紅茶片手に
赤いベッドの片隅に横たわるのさ
朱色の雪が降りしきる中で
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「ロマンティックなバラードだね。シンプルな。僕は幼い頃から、孤独の殻に閉じこもるのが好きだったんだけど……、うーん、というか閉じこもりがちだったと言うべきかな。17才の時に初めて女の子と付き合ってね。それがほどけていくのを感じたんだ。孤独は決して美しくないし、崇高でもない。恋人が出来たり、友達が出来たりすることで見えてくるものがある。そういうことを歌ったんだ」
米柄は強い口調でそう語ったが、孤独から得られるものも多々ある、というニュアンスも言外に含ませていた。私は、彼がナンセンの名言、「諸君は自分を知るために、時に孤独と沈思を必要とする」を好んで引用していたのを知っていたからだ。
米柄の閉鎖的傾向、黙考をいとわない志向がなければ、BMITSはアルバム五枚を残して早々と解散しなかっただろうし、大宗との音楽面でのパートナーシップも数多く見られただろう。
米柄は夕食を持て成す旨を私に伝えたが、私は丁重にお断りした。私はまだ米柄の心の深層に踏み込んでいない。そう感じていたからだ。もっと米柄に心を開いてもらうには、なれ合いに陥るのはよくない。私はそう考えていた。
米柄は私が晩餐を断ったことを残念がってはいたが、同時に私の意図もくみとってくれていたようだった。米柄は時に笑顔を見せて、「朱色の雪」にまつわるエピソードを話して聞かせる。
「女性には特に人気のあった曲だね。大宗とBMITS20周年記念ライブをした時に、NT SYMPHONIC(米柄と大宗の名前の頭文字を取った二人だけのプロジェクト)の時。この曲を演奏したんだけど、涙をハンカチで拭っている女性も幾人かいた。こういう女性を労わる、女性との出会いに大きな価値を見い出す歌が、やっぱり好まれるんだね」
しみじみとファンのニーズについて分析する米柄には、この「朱色の雪」は大きなポジションを占めていない。そのことが、私にもたやすく想像出来た。今日の口述がそろそろ終わる時間が来た時に、米柄は思い出したように口にする。
「この曲の最後に『赤いベッドの片隅に』というフレーズがあるだろう? このフレーズから大宗は妙なことを連想したらしい。NT SYMPHONICの時に、彼はこう言ったんだ。『これは相手の処女膜が破れたってことを歌ってるのかい? ヨネは処女好きかい?』ってね」
私は大宗らしいおおっぴろげな、それでいてある意味、無邪気な質問に苦笑いを浮かべざるを得なかった。米柄はその時のことを回想する。
「おかしな話だよね。言う人が言えば、相当際どい質問になるはずなのに、大宗が口にするといやらしさや下品さはなかった。大宗は、本当に素直にそう感じていたらしい。この手の質問をしても、笑って許されるのが大宗の人徳なんだよ。そう。つまりは生まれながらの気品を持った男だったんだよ。大宗は」
私は大宗の人となりをあらためて思い返して、米柄の言葉に深く納得出来た。窓の外を見ると、夕陽がさし始めている。私は今日のインタヴューがとても有意義だったことを米柄に伝えると、彼の家をあとにした。私は帰路につく最中、私が生まれてきたのは、この米柄との口述筆記を完成させるためではなかったかとの思いにとらわれていた。
ライフワーク。実に3か月という短い執筆期間ではあるが、その言葉がぴったりと、この仕事に当てはまるのを私はしっかりと感じ取っていた。
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