第4話 Commedia dell'arte(コンメディア・デッラルテ)

「Commedia dell'arte(コンメディア・デッラルテ)」


 花魁の手にするおきなが空へと 舞い上がり火の中へ

 快楽を求め 彷徨い 辿り着く 酔いしれるまま


 街娼のレズが騒ぎ立てている 禁断の楽園に


 Can’t you notice yet? 誘い込まれて

 Why can’t you notice yey? 迷い込むのを



 アルレッキーノの立てた人差し指が あいつをそそのかして

 愉悦に酔って 欲望のまま 享楽に群がれ


 パントマイマーの詐欺師が うろつく危うげな楽園に


 Can’t you notice yet? 未だ見ぬ場所へ

 Why can’t you notice yey? 踏み込んだのを



 インナモラーティの出した朱色の舌が 君を煽り立てて

 冷めた男女の装いも今 シルクにくるめ取られて


 賭博師のゲイが寄り集う 気狂いの楽園で


 You can’t think nothing. 我を忘れて

 Youcan’t think nothing any more. 踊り狂うのさ



 黄金のベッドをテキーラで浸して ずぶ濡れ

 愛の虜のコピーが立ち並ぶ場所で

 アンモラルの血筋が胸の奥で波打ち

 パンタローネ&イル・カピターノsay「a ha ha ha ha ha ha!」



 コロンビーナの伸ばす足先が君を誘い出し

 君は酔いしれ 這いつくばる 宴の果てに


 女王の愛欲がしたたる 倒錯の楽園に


 You hava to go now  虚ろな目をして

 You have step into there 心を奪われ



 欲望のままに

 情欲のままに

 魂を捨てて 愛をしぼり取れ

 Try it, right now

 Try it, with your life



    __________________________



 米柄は「コンメディア・デッラルテ」と名付けられた、1stアルバム三番目の収録曲について、話すのが余り楽しくなさそうだった。彼にとってこの作品、楽曲は不本意なものだったらしい。彼は回想する。


「プロデューサーがね。もっとライヴで盛り上がるような曲を作れ、と言ってきたんだよ。僕自身はストックされている曲で、充分ライヴは成り立つからいいと思っていたんだけど。もっとハードでアップテンポの曲を作れってね」


 米柄はこの曲の成り立ちについて、かなり納得のいかない心情を抱えているらしい。たしかに後期BMITSにおいては、滅多に演奏される曲ではなかったが、ファンが聴くのを心待ちにしていた楽曲ではあったはずだ。米柄は足を組み、この曲がどれほど自分の本懐にあたらない楽曲であったかを、仄めかしつつ思い返す。


「それで東機に『ハードロックやロックンロールは得意だろうから、ギターリフも好き放題やった曲を作ってよ』って頼んだんだ。僕と綾瀬の二人でね。東機は元々ガンズアンドローゼスやディープパープルも好きな男だったから、快く承諾してくれてね。それでこの曲が出来上がった」


 だがどうしても米柄は、この曲に自分の歌詞を乗せる気になれなかったらしい。結果、楽曲としてはルーズなロックンロールに仕上がっていたデモに、大宗が歌詞を乗せることになる。米柄はその時の心境をこう口にする。


「プロデューサーに作れと言われて作った曲。しかもBMITSにはかなり不向き、不慣れな曲。僕自身、どんな詩を書けばいいかわからなかったし、実のところ当惑していた。それで大宗が『じゃあ俺が』ってなったんだよ」


 出来上がった詩は、大宗の趣味嗜好と器用さが反映されたものであった。賭博師、ゲイ、レズ、パントマイマー、街娼といった悪徳の趣を漂わせる語彙がたち並び、聴く者を快楽へと誘うようである。米柄は告白する。


「この曲は歌うのが実は苦痛だった。ライヴではたしかに盛り上がった。でも大宗の作り上げた享楽的な歌詞に、お客さんが熱狂するのが僕にはあんまり楽しくなくてね。東機もインスタントに作った曲で、それほど思い入れはなかったらしいから、後期に至ってはまるで演奏しなくなったというわけさ」


 しかし、と私は思う。この「コンメディア・デッラルテ」は、彼らの才能が弾けた楽曲の一つであり、彼らのキャパシティーの広さ、そしてある種の鷹揚おうようさが表された楽曲でもあると。だがこの曲を米柄は、最後まで肯定することはなかった。


「この曲は、大宗の発狂しそうな快楽主義、エピキュリアンとしての資質が、爆発した曲という以外の感想は持てない。ファンが密かにこの曲を大事にしていたのは知っているけどね」


 米柄のこのセリフを聞いて、私は祝福されずして生まれる楽曲にも居所はあるのだ、と感慨深く思うしかなかった。米柄はもっと美しい世界を求めていた。つまりはそういうところだと思う。


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