第3話 THE DELIGHT

 米柄との初めてのミーティングが終わったあと、私は資料の整理に追われた。BMITSの1stシングル、「THE DELIGHT」が発売された当時のチャートの動向、売れ線の傾向などを、あらためてチェックする必要があったのだ。

 当時のシーンはアイドルと、バンドブームの落とし子の混合のような様相で、テクノロジーをたくみに使い、同時にロックやハードロックの要素をふんだんに織り込んだ「THE DELIGHT」は、異色であり、チャートに切り込むだけの充分な魅力があった。

 かくしてこの疾走感のあるアッパーチューン、「歓喜」と題された1stシングルは発売後すぐに、週間売り上げ1位にランクインすることになる。


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「THE DELIGHT」


 時が来て 流れる雲は瞬く間に君を連れ去る

 重い陰影は遠く過ぎ去り


 生きる感覚はスピードを上げていく

 その瞬間 僕は君の衝動を強く感じた


 僕は君の心に訊く

 僕達は君の傍にいる

 君の欲しいものを教えてくれ


 君に覚悟が出来たなら

 フィクションの世界を突き抜けよう



 君の扉を開けたその向こうに

 揺れる一瞬の刹那を抱きしめて

 全てを解き放ち 君は空へ舞い上がり夢を見る


 高鳴るその鼓動 そう感じ取って

 今すぐに駆け上がり 大人しくしてられない感覚を

 鋭く磨き彼方へ set me free


 覆うヴェールを引き裂け for your delight!



 時が満ち 君は理性と野生の狭間をすり抜けた

 光の領域で君は瞬きだし


 君の両手は世界中を虜にしていく

 その瞬間 君のテリトリーは広がりだす



 僕は君の心に訊く

 僕達は君を支え 愛する

 君の新しい場所を教えてくれ


 君に覚悟が出来ているのなら

 一緒にシンパシーの世界を突き抜けよう



 君の傷痕が消えたその向こうに

 光る一瞬の輝きを抱きしめて

 身体中陽射し浴びて 君は空へ舞い上がり泣き叫ぶ


 波打つその鼓動を そう感じ取って

 今すぐに駆け上がり 抑え切れられないほどの感覚を

 激しく噛みしめて set yourself free


 影の仮面を脱ぎ捨て for your delight!



 君の全てを感じさせて

 君の全てを僕に見せて 聞かせて

 そう迷いなく 準備が出来たなら



 君の震える指先の向こうに

 弾む一瞬の煌めきを抱きしめて

 明日へつながる空へ 君は舞い上がり夢を見る


 白い部屋を抜けて そう今走り出して

 高みへと駆け抜けて set us free!


 時を巡りゆくパッション for your delight!



 時が過ぎて思い出断ち切る

 今も胸の奥で燻る夢のために

 時を超えて思い出振り切る

 今も胸に焼きつく君のためにも


 もう一度振り返らずに走る

 情熱に満ちた君に捧ぐ for your delight!



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「『THE DELIGHT』はあらゆる意味で完璧だった。アレンジ、メロディー

、大宗がデビュー前から振りまいていた話題性。三種の神器がそろって、チャートにランクインするには充分だったんだよ。曲は綾瀬と僕の共作なんだけど、クオリティもデビューしたてにしては相当なものだったと思う」


 そう自宅で回顧する米柄は、軽食とコーヒーを私に持て成して機嫌が良さそうだ。彼自身、「THE DELIGHT」がシーンに与えた衝撃に満足していたのだろう。事実、東機秀明(ギタリスト)のギターも大幅にフューチャーされた、「THE DELIGHT」は抜きんでた出来栄えだった。だがほどなくして彼らは「THE DELIGHT」の残り火と戦わざるを得なくなる。


「テレビに引っ張り出されては『THE DELIGHT』ばかり歌わされた。取材の合間にワンコーラスだけ歌う、なんて言う失礼な仕事の依頼もあった。『THE DELIGHT』が売れたこと自体は嬉しかったけど、それに付随する……、なんて言うのかな。足枷あしかせのようなものは、正直いらなかった。だってバラエティー番組のコントの間に、僕らの演奏が入るなんて考えられないだろ?」


 そう口にして笑う米柄は、今ではその苦痛でさえも、良い想い出に変えている向きさえある。米柄はクリエイターとしては繊細だが、一人の人間としては優れたビジネスマンとしての才気を持っており、それを充分に活かして立ち回ったことが、その表情からうかがえる。

 私は気になった質問を一つしてみた。それは「THE DELIGHT」が売れたことで次のシングルに向けてのプレッシャーはなかったか、というものだった。米柄は口元に手をあてがいながら、少しずつ思い返していく。


「全くなかった。と言えば嘘になるけど、僕らには次のプラン、次にやりたいことがたくさんあったからね。気にしてはいられなかったんだ。事実、曲のストックは二十数曲あったし、それをどうカタチにして、発表していくかの方が大切だったんだよ。僕らの方は」


 米柄は軽食を口に運ぶと、満足げに当時を振り返った。彼らの実働8年間は密度があまりに濃く、「疾走」。その言葉が相応しいものだったのである。


「大宗は曲が売れたことに関して、何か言っていた?」


 最後に繰り出した私の問いに米柄は、人差し指を口元にあてると、笑ってこう答えた。


「特に何も。天才肌の彼にとっては、曲は完成した時点で終わりらしい。その後の反応なんてどうでもいいってわけさ。彼の関心はすぐにも可愛い青年を探すことに移っていったんだよ」


 ……大宗。

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