ワタシを踊らせて

豆芝小太郎(まめしばこたろう)

ワタシを踊らせて

 時計の針の音がやけに響く室内で。

 キュッと、何かを決意したように。

 真剣な、どこか思いつめたように。

 だけど、どことなく高揚こうようしているかのように。

 いつもは優しい面差おもざしをしているあなたが、今日は不思議と凛々りりしい男の子に見えて、少しだけ驚く。ワタシは女のカンで、「ああ、決意したのね」ってピンときた。

 いわゆる、草食系って呼ばれるタイプのあなたにそんな顔をされるのは、誰かしら?

 あなたはワタシを真っ白い舞台の上に、滑らせた。

 いつもはよどみなく躍らせることができるのに、今日に限ってなかなかスタートが切れないみたい。ワタシはいつでも踊る準備はできているわ。

 さあ、ワタシを舞台の上で躍らせて。

 ワタシは白い舞台と相性あいしょうがいいの。

 知っているでしょう?

 あなたが望めば、ワタシはいつでも踊ってあげる。

 あなたの思うままに。

「…………なんて書こう」

 そんなもの、思うままに書いていいのよ。

 あなたの気持ちを。想いを。

 ほら、がんばって!

 いつも、大学の講義中にこっそりと書いている小説では、驚くほどスルスルと簡単にワタシを躍らせることができるのに、今日に限ってどうしたの?

 ワタシ、あなたが気障きざ台詞せりふを量産できること、知っているのよ?

 いつも書いている情熱的な台詞を、今こそバシッと書けばいいじゃない!

「初めて会った時から、あなたが好きです」

 小さく口に出して、あなたは言う。ひどく、ぎこちなく。

 自室で言っているだけなのに、口調には照れを感じるわ。

 シンプルね。オーソドックスだわ。

 でも、悪くはないんじゃないかしら?

 案外、ストレートな方が気持ちは簡単に伝わるものよ。

「……いや、初めて会った時はそうでもなかったな」

 ……嘘は書いちゃ、ダメだと思うわ。

 ワタシはこっそりとため息を吐く。

 それからしばらく、あなたはワタシを握りしめたまま、あーでもない、こーでもないと言いながら、頭を巡らせ続けた。

 その独り言のおかげで、断片的にでもワタシはあなたの恋の相手を知ることができた。

 片思いの相手は、自分と同じ大学の女の子だと言うこと。

 あなたと正反対の、今時のかわいい女の子だと言うこと。

 いわゆる、ブイブイ言わせているギャル系女子だと言うこと。

 金色に染めた髪に、ほどよく焼けた肌。ばっちりメイクに、長いまつ毛。ピカピカに磨いている爪。短いスカート。かかとの高い靴。

 イメージが、ワタシの中に流れ込んでくる。

 確かにすごくかわいい子だけど……

 ………………

 そんな相手に、どうして草食系代表みたいなあなたが恋をしたの?

 正直、そう思わずいられない相手だった。

 でも……でもね。

 ワタシを握りしめるあなたの手から、ワタシはあなたが一番嬉しかった記憶をすくい上げることができた。

 小説が好きで、好きすぎて。

 読むだけじゃ飽き足らなくて、ついつい自分でも書くようになったあなた。

 地味で誠実で、努力家で。ちょっぴり頑固で神経質なところが、たまに傷。

 平成生まれの癖に「今時の若者は」なんて言っちゃうあなた。

 ワタシはあなたの良さを、百くらい言うことができるけれど、他の人たちは、あなたの良さをなかなか見つけることできない。

 今時、PCじゃなくてワタシを白い舞台で躍らせて小説を書いているくらいの子だもの。同じ年頃の子とは、色々と合わないところがあるのよね。

 薄々だけど、ワタシも知ってた。

 根暗だとか。

 オタクだとか。

 そういう冷たいことを言われて、馬鹿にされていたところを、「人のシュミにとやかく言うものじゃないてーの」って、かっこよく助けてもらったのね。

 くだんの、ギャル系女子に。

 その姿に、あなたは恋をしてしまった……と。

 胸がキュンキュンして、それ以降……こっそりと彼女を見つめる日々が始まった、と。

 なるほどなるほど。

 でもね、ちょっと突っ込んでいい?

 それは、どちらかと言うと……女子が男子に助けられて、うっかりトキメキを覚えてしまうパターンじゃないかしら。

 あなたはワタシを握りしめたまま、しばらく天井を見上げていた。

 彼の、何か考えをまとめる時の癖だ。

 普段、男の子であることを意識することは少ないけれども、天井を見上げている時に、ポコッと出ている喉仏が少しだけセクシーに見えて、ワタシはちょっぴり乙女な気分になる。 

 一分……二分……たっぷり、十分。

 その体勢で固まっていたと思うと、元の姿勢に戻って一呼吸。

 あなたの瞳が、かわった。

 ザワリと、ワタシの中で何かがざわめく。

 あ。

 踊る時間なのだわ。

「あなたが好きです」

 ワタシの頭を優しくノックして、ようやく一文。

 本当にシンプルな言葉で、踊りは始まる。

 結局、この言葉から始めることにしたのね。

 これ以上にないほどに、あなたの想いが詰め込められているのを、ワタシは知っている。

 好きです。

 本当に。

 涙が出てしまうくらいに、あなたが好きです。

 一文字一文字を、まるで大切な宝物を抱きしめるかのように、大事に書いていく。

 舞台の上で、私は踊る。

 あなたの想いを、かっこよく助けてくれた女の子に伝える為に。

 ポキリと、私の靴はたまに折れてしまうけれども。

 ……だからね。

 前々から言っているけれども、ワタシの靴はそんなに踵を高くしなくても大丈夫なのよ。ほとんど、見えるか見えない程度の踵でも、上手に踊れるの。

 そういう、スペシャルなレディなの!

 さあ。

 あなたの思うままに、ワタシを躍らせて。

 ワタシを舞台で、躍らせて。

 今時、アプリケーションも使わずに愛の告白なんて、とてもアナログだけれども、あなたの良さは十分に出ていると思うわ。

 ワタシたちは、誰かの想いを。記憶を。

 伝えて、残す為にいるのだから。

 ゆっくりと、慎重に、あなたは想いをつづる。

 0・2㍉のシャープな踊りが、ワタシの自慢。

 ワタシ、今とても綺麗に踊れているわ。

 まあ、最終的に白い舞台に残っているのは、ワタシの踊った軌跡ではなくて。

 ワタシの兄様が、ワタシの踊った後に沿って、美しい黒であなたの想いを固めてくれるのだけども。

 それでもいいの。

 今は、あなたの想いを乗せて踊りたいだけだもの。

 ねえ、どうせワタシの声なんて聞こえていないでしょうけれども。

 ワタシ、あなたが好きよ。

 大好き。とても、本当に。

 大事に大事に、使ってくれるあなたが好き。

 ワタシの調子が悪くなった時も、サッと直してくれるあなたが好き。

 分解された時はどうなるのかと思ったけれど……

 あなたが好きだから。

 ワタシは、あなたの恋を応援したいの。

 大丈夫よ、きっと大丈夫。

 あなたの【好き】を形にして、きっと届けて見せるから。

 ドーンと任せてちょうだい!






「手紙読んだけど」

「……うん」

「めっちゃアナログでウケるんだけど」

「……笑ってくれたのなら、ある意味で本望だ」

 手紙を渡して数日後、あなたが件の女の子から呼び出しを食らっていた。

 ワタシはドキドキしながら、あなたの背中のリュックの、さらに筆箱ふでばこの中で成り行きを見守る……ってゆーか、聞き耳を立てていた。

 ワタシと一緒に、あなたの想いを形にした兄様も、すごく気になっているみたい。

 なんでもないフリをしながら、ソワソワしているのはオミトオシですことよ、兄様。

 てゆーか。ちょっと待って、ギャル系女子。

 ワタシはハッキリ言って、ちょっといらってきたわ。

 何よ。ウケるって。

 渡された手紙の感想がそれ?

 もうちょっと言葉があるんじゃないの?

 ワタシは一人で勝手に、ムカムカとプンスカしていると、会話がさらに聞こえてきた。

「好きとか」

「……うん」

「なんで、手紙なん?」

「……駄目だろうか」

 あがってる! うちの子、めっちゃ上がってる!

 ああ、ギャル系女子! お願い、勘違いしないで。その子、すごくぶっきらぼうな口調になってるけど、本当はオシッコがチビりそうになっているくらい、緊張しているの!

「ウチなら、そんな物的証拠残さないやり方でコクるけど」

 恋をつづった手紙――恋文を物的証拠呼ばわり!?

 筆箱の中でも、あなたのガーン! とショックを受けているのが伝わる。

 ワタシもガーンだわ!

 カルチャーショック! ネット社会に毒された今時の若者め!

「だって、あと三年くらい経ったら黒歴史になるかもしれないじゃん。ウチにコクったとか」

「黒歴史にはならない」

「そっちは、ユートーセーじゃん。ウチと人種が違うってゆーか」

「成績がいいのは否定しない。努力しているからな」

 ……そこはちょっと否定しよう。

 というか少し謙遜けんそんしよう。ね? ね?

「なんでウチなん?」

「世界で一番かわいいと思ったから」

「………………馬鹿なの?」

 素だわ。女子は素で、馬鹿って言ってわ!

 それより、手紙を書いていた時の、純情ぶりはどうしたの!?

 あなたがそんなにストレートに女の子に堂々と言える子なんて、ワタシ知らなかった!

 書き上げたラブレターを、真っ赤な顔をして抱きしめていたあの日の、純情なあなたは、いったいどこに消えたの? 男子三日合わなければなんちゃらって言うけど、成長しすぎじゃない?! ま、まあ……そういうあなたも好きだけど。

「考えたんだ」

「……何をぉ?」

「もしも明日いきなり地球が爆発したり。隕石落ちてきたり。大地震が起きたりして」

「…………」

「何も言えないまま死んでしまったら、死んだ後も後悔するんだろうなと」

「…………」

 女の子沈黙。ワタシも沈黙。

 それ、極論すぎない?

「手紙を書いて、渡して。何度も何度も、フラれるシチュエーションを考えて。それでも、諦めることができないんだ」

 ……お、ぉおおおおおおお……!!!

 ちょ、ちょっと……!

 それ、ワタシも言われてみたい!!

「あなたのことが好きです。ぼくと、付き合ってください」

 ワタシまで死にそうになるくらい、ドキドキしてしまった。

 あの子の気持ちと、女の子の返事を期待して。

 すごく長い間、どちらも話さなかったけれども。

 ようやく小さな声で、返事がしたの。

「……う、ウチでよかったら」

 うわあ。かわいい!

 顔は見えないけど、今きっと女の子も顔が真っ赤よ! 同じ乙女としてわかるわ!

 ふぉおおおおおおお!

 よかった! よくやった!

 ワタシ、めっちゃ頑張った甲斐があった!

「……大切にします」

「……大切にされます」

 もにょもにょと、照れている声が二つ聞こえるけど。

 それってもう、結婚する時のアレじゃないの!

 って、突っ込みたかったけどやめて置いたわ。

 人の恋路を邪魔するものは、なんとやらって言うものね。

 でも、本当によかったわ。

 本当に。

 本当に……

 ちょっぴり胸は痛むけれど、イイ女は愛した人の幸せを願うものなのよ。

 なーんて、ね。

 END

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