ミリメシ軍曹かくりけり!

豆芝小太郎(まめしばこたろう)

ミリメシ軍曹かくりけり!





 二十三世紀前半、なんやかんやあって地球爆発。

 宇宙のちりとなる。

 超やべーじゃん! と爆発前に、すたこらさっさと逃げ出した人類は全体の、約四分の三。

 残りは様々な理由で地球に残り、共にパン! となった。



「好きなだけとれ! だが、とったものは麦一粒残すな!!」

 地獄じごくからスカウトが来そうな重低音が、野営地やえいちに響き渡る。彼はデザートの用意がまだ済んでいないのか、片手に皮のついたパイナップルを持っていた。

「サーイエッサー!」

 うっかり、軍人としてよい子の返事をする兵士を、件の声の主はギョロリと睨みつけた。列の一番前にいた不幸のためにうっかり答え、そして睨みつけられている青年は、あわわわわ……! と奥歯をガタガタ震わせていた。半端なく、怖い。

 身長二メートルを超えた、鍛え抜かれた筋肉質の巨漢きょかん百戦錬磨ひゃくせんれんまを思わせる眼光の鋭さ。短い黒髪。

 小さいころは女の子に間違われていたなんて、白い羽を持つ天使ですら信じないような、強面こわもての中年に威圧的な雰囲気に、普段怖い上司にしごかれているはずの兵士ですら、涙目になった。

「サーではない! 俺はかよわいコックさんだ!」

 ぐしゃああああああああ! 怒声をあげた途端、彼の手の中で無残むざんにも、パイナップルは哀れな何か別のものになった。

 嘘つけー!!!!

 その場にいた全員――お行事よくトレーを持って並んでいた軍人たちは、心を一つにして、胸の中で一斉に突っ込む。

 素手でパイナップルを潰せるかよわいコックがいてたまるか! と。

 確かに彼は現在、陸軍第五部隊の補給局長……つまり、ご飯関係を担当する部隊のリーダー役を担っているのだが、ほんの数年前までは、軍でも精鋭中の精鋭と呼ばれた陸軍第零部隊にせきを置いていた。

 十万の敵と戦い、敵を血まみれにしてきたという伝説を持つ、軍人の中の軍人――コンドル元軍曹ぐんそうであることを知らない者は、入ってきて右も左も知らない新兵くらいなものである。

 彼は色々あって、現在は前線を退しりぞき、後衛こうえい支援部隊として軍のために骨身を惜しんで働いているのでだが、視線だけで相手を射殺せそうな、暗殺者も真っ青な凶悪な眼光を持ち、筋肉モリモリのマッチョな肉体をコックの服装で包んでいる姿は、なんともシュールだった。

 見慣れていなければ、思わず二度見どころか三度見くらいはしてしまうインパクトである。

 よくよく見れば、顔の造形自体は整っているのだが、怖すぎるオーラのためにラブロマンスが生まれたことは、限りなく少ない。

 すでに軍曹という肩書ではないのだが、当時の印象があまりにも強いために、今でも彼のことをコンドル軍曹と呼ぶものは非常に多い。

「食事も軍人の大事な仕事だ。腹いっぱい食うんだぞ」

「はい!」

 コンドル軍曹に発破はっぱをかけられながら、軍人たちは食事を受け取る。

 いつものようにお行儀よく――食事の際に騒ぐと、コンドル軍曹の鉄拳制裁が飛んでくるからだ――軍人たちが並び、食事を受け取り、舌鼓したづつみを打つ。

 一度に食事をする人数は半分の五十人。最初の軍人たちが食べ終わると、入れ替わりに残りの五十人がやってきた。

「そういえば、今度の遠征えんせいは新人たちも多く入ってるんですよね?」

 補給部隊を担う仲間の一人、ようやく二十歳になったばかりの青年が、新しい皿を用意しながら世間話のようにふってきた。

「ああ。そう、聞いているな」

 新兵のうちは、使える人間などほんの一握りだが……今回、新兵を率いているのは、コンドル軍曹とも旧知であり、信頼できる優秀な兵士である。

 きっと、彼女に任せていれば立派な兵士として鍛え上げてくれるだろう。

「あー、腹減った。飯は何かなぁ?」

「軍の飯なんか、どうせマズイに決まってるだろ。期待すんな、ガッカリするから」

「だよなぁ。あーあ」

 列の少し後ろからそんな会話が聞こえてきた。ちらりと見ると、まだ子供みたいな顔をしている青年たちだ。新兵たちだろう。鍋からクリームスープをよそいながら、コンドル軍曹はほくそ笑む。こういう、まだ一度も自分たちが作り料理――ミリメシを食ったことがない連中が、一口食べてビックリする姿を見るのが、コンドル軍曹は好きだった。

 期待していない分、驚きは強くなる。

「たのんまーす」

 と、チャライ感じで、トレーを突き出してくる新兵A。自分の部隊に配属されていたら、この段階で拳骨を落しているところだ。だが、今の自分はかよわいコックさん。

 そんなことはするまいと、コンドル軍曹は自戒する。が。

「超デカい! なにこのおっさん! あんた、飯配る役じゃなくて、軍人になりゃあいいのに! もったいねー! コック服、超似合ってねーし! その筋肉は見せかけかよ、ダッセー!」

 人の姿を見た途端、何がおかしいのか仲間たちでギャハハと実に楽しそうだ。

 瞬間。一気に、周囲の温度が数度下がった。血の気が引いている兵士たちの顔が、見える。別の方では、感情の消えたような眼差しをした兵士たちも見えた。

 コンドル軍曹は伝説級の強さで恐ろしがられているが、それと同じくらい、慕われている。

 彼を慕っている兵士たちからすれば、新兵たちの発言はとうてい看過かんかできるものでは、なかった。

「あの命知らずどもははどこの部隊だ?!」

「おい、あいつらの名前は?」

 あちらこちらで、そんな言葉が聞こえて来る。

 当のコンドル軍曹はさほど気にすることなく、新兵たちのトレーに食事を配っていく。コンドル軍曹ルビを入力…は見た目よりも、心の広い男なのだ。

 その程度の言葉で、怒ったりしない。フォークが転がっても面白いお年頃なのだろうか。なんてことを、やろうと思えばコンマ三秒程度で全員を血祭りにあげることができるコンドル軍曹は、のほほんとそんなことを考えていた。

 本日のメニューは、マッシュルームの麦入りクリームスープ、鶏肉のテトラツィーニ、キャロニップバーグである。デザートには、フルーツバーを用意していた。

「げえ。このスープ、麦が入ってら」

 栄養価とボリュームを考えて入れている麦に、不満があるらしい。スープの中から麦をスプーンで取り出し、皿の脇に寄せているのを、コンドル軍曹は見逃さない。

「新兵。どれだけとっても自由だが、麦被一粒残さないのが、決まりだ!」

 ピュン! と光の速さで新兵たちの座るテーブルに移動し、麦を取り除こうとしている新兵の背後を取る。ぎゃ! と新兵たちの口から悲鳴があがった。自分の悪口を言われても怒らないが、食事をないがしろにすると怒るのがコンドル軍曹という男だ。

「だ、だってスープにいれた麦って虫みたいで……」

「ジャングルに入ると本物の虫を食うこともある! 慣れろ! というか、美味いからグダグダ言わずに食え!」

 一度に十万の敵を相手にするという伝説を残す男。

 その男に睨まれて平気な新兵など存在しない。こくこくと真っ青になりながら、言うがままに麦入りのクリームを、恐る恐る一口。

「……え?」

 彼の口から間抜けな声が漏れた。ふふんと、コンドル軍曹は笑みを浮かべる。

 マッシュルームの麦入りクリームスープは、スープの中でも特に人気のあるメニューだ。缶詰のマッシュ―ㇺを荒くみじん切りして、鍋でバター、強力粉で練るように火を入れる。それにスープストックと缶詰の汁を合わせたもので煮込み、さらに麦を入れてさらに煮込む。最後にクリームを加えて、煮立たせないように注意して、味塩コショウなどで味を調えて出来上がりである。とてもシンプルな料理なのだが、シンプルゆえに作る人間の技術が光る逸品だった。

「……なんだこれ」

「麦入りのマッシュルームのクリームスープだ」

「嘘だろ」

 新兵たちは、茫然ぼうぜんとなりながらスプーンを動かし、最初はノロノロと緩慢かんまんな動きだったものだが、いつしか速度を速め、最終的にはガツガツと飢えた獣のように、食べ進んでいった。

「うめえ! この、パスタも、なんだよ、これ……なんなんだよ!?」

「鶏肉のテトラツィーニ。20世紀前半、イタリアのソプラノ歌手はオペラ界の花形だったにルイザ・テトラツィーニが鳴り物入りで三フランシススコを訪れた時、彼女のためにこの料理が考案されたと言われているものだ。鶏肉の脂と、スパイスの配合、そして最後に乗せたチーズがこんがりと焼き目がついて……いけるだろ?」

「うめぇ、うめぇ!」

「コック長! この、ハンバーグと見せかけたものはなんすか!?」

「それはキャロニップバーグ。野菜を柔らかくなるまでゆでて水けをきり……まあ、肉類が一切入っていない、野菜のハンバーグだ。野菜の甘みが胃に優しく、女性兵士やら菜食主義の兵士にも人気だ」

 スープを口にしたのを皮切りに、新兵たちは一気に食事を勧めていく。どれも食べたことがないと大騒ぎだ。自分たちが作ったものを食べて、はしゃいでいる姿を見ると、コンドル軍曹も悪い気がしない。

「おかわりなら、あるぞ。ただし、残すなよ」

「はい! こんなに美味いもん、初めて食いました!」

「イエッサー! 神よ、この出会いに感謝を……! マンマミーア!」

 中には涙を浮かべて、神に祈りを捧げるものまで出始めた。生意気な顔をしていた新兵たちの胃は、すっかりとコンドル軍曹率いる補給部隊にガッチリと握りしめられていた。

「だから、俺はかよわいコックさんだ!」

 手放しに褒められ、頬をほんのり赤くしながらコンドル軍曹は叫ぶ。

 照れ隠しに、叩いた机が真っ二つに割れたが……――

 まあ、熟練した隊員たちは慣れたもので、自分たちの食器はサッと上に持ち上げて、ひっくり返った食器は皆無。無事である。

「コンドル軍曹~俺、今度はバナナミルクが飲みたいっすよー」

 食器を上に持ち上げたまま、食事をモグモグと続けていた兵士の一人が、言う。

 バナナミルクはつぶしたバナナを、スキムミルク、砂糖、卵などで混ぜ合わせて作った、ミリメシでも特に人気の高い甘い飲物である。飲む時は冷やして飲むのが、ベターな飲み方だ。

「ふむ。近いうちに献立に入れておくか……」

 そういえば、最近メニューには入れていなかったな……と思い、そのリクエストを受諾すると、次々にリクエストが飛んできた。

「俺はチョコレートドリンク!」

「七面鳥のレモン風味焼き!」

「サーモンのビスク!」

 などなど。ある程度腹を満たしているはずの兵士たちが、一気に騒ぎ始めた。

 軍の遠征で、兵士にとって食事は大きな楽しみなのだ。

「わかったわかった! リクエストは順次組み込んでいくから、食べたらさっさと任務にいけ!」

 コンドル軍曹が一喝すると、兵士は見事に統制のとれた動きで一気に食堂を出て行く。すべての皿を、ソース一滴も残っていないような綺麗な状態にして。

 例の新兵たちも、近くにいた先輩兵士たちからさらわれるようにして、食堂から連れ出されているのが、チラッと見えた。

「まったく……」

 賑やかな連中だと、と思いながら給食所に戻る。

 今度は、食器を洗うのがコンドル軍曹たちの仕事だった。

「リクエスト全部受けちゃうんですか?」

「安心しろ。大方、最初から献立に組み込まれている」

 言って、用意していた新しい献立表を隊員たちに配る。献立表には、リクエストに出ていた料理の数々が、バラバラにだが、組み込まれていた。

「さ、今度は間食用を作るぞ! 俺たちの戦いは終わらない!」

 武器を調理道具に持ち替えたコンドル軍曹の戦いは、まだまだ続く!



 END




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