俺のこころの結末は
じんむ
第1話 俺のこころの結末は
陽もそろそろ落ちる頃だろう。もう卒業で会えないかもしれないからって遊び過ぎた。
そんな高校の登校日の帰り道。突如、奇襲のようにそれは告げられる。
「俺さ、
……ほう。ついに決めたのかこいつは。
その表情に、いつの日だか恋愛なんぞただの心の病だと抜かしていた面影は皆無だった。
「ま、せいぜい頑張れよ」
極めて冷静に、特になんの感情の起伏も無く言ってやる。別にこいつが誰に告ろうが俺には関係の無い話だ。そう、俺には関係無い。
「
「まぁそりゃさ、あんだけ自分の心のうちを何の恥じらいも無く言ってくるんだからからかいたくもなるだろ?」
前とかなんだっけ、謝花さんはサンシャイン、俺はシルバームーン、月ってのは太陽に照らせれるからこそ輝けるのさ……ごめん流石に気色悪いからそれ……。
「なんだよそれー! なぁ、乗り掛かった舟だろ? 最後まで付き合えよぉ?」
「うざいからくっつくな」
圭が首に手をかけてくるので全力で引きはがしにかかる。
流石に高三にまでなってべたべたひっつかれるのはちょっと鬱陶しい。
「なぁなぁ、頼むから手伝ってくれよぉ?」
身体を引きはがす事に成功しても、なおも言い募る圭。仕方がない、ここは論理で勝負だ。
「だいたい手伝えってなんだ? 友達に手助けされて女に告白。そりゃ男としてどうよ? 女っていうのはそんな男にはなびかねぇよ。男なら堂々と一人で勝負して来い」
これで納得してくれることだろう。こいつは良くも悪くも単純だからな。
「お前、女子に告白して付き合ったことあるの? 実際そういう話とかしてたわけ?」
「無い」
「だったら信用には値しないな」
「クッ……!」
まさかこんな奴に論破されるとは! 確かにね? 確かにそうだよ。俺はここ三年間告白したことも無いし告白されたことも無いし、一応三年の時委員とか女子と一緒になった事あってちょっとしゃべりはしたけど恋バナとか無くて上辺だけの会話くらいで結局話さなくなったし! なんて三年間だ! もっと青春したかったよチクショウ!
「というわけで、セッティング頼む!」
「嫌だよ面倒くせぇ」
「はぁ? ひっでぇ、俺達友達だろ⁉」
友達、確かに俺らは友達だ。だからこそ俺は。
「……それとこれは別だ馬鹿」
「うっわー、この薄情者! 鬼畜! ヘタレ! おっぱい星人!」
セッティングしないだけでなんて言われようだ。てか最後らへんの関係ないよな? 絶対テキトーに罵詈雑言並べたよな? 第一俺は巨乳より貧乳派だから! ってなんだよ、何心の中でとんでもない事告白させてくれんだよ! はめられた!
「はぁ……」
色々と心が荒れ狂ってしまったので思わずため息が漏れる。そもそもそんな大事な舞台のセッティングとか俺には荷が重すぎるんだよ。……もし失敗したら、なんか、申し訳ないし。
「やってくれるな?」
「嫌だね」
「そーい!」
謎の掛け声と共に圭は大げさにすっころぶような動作を見せる。
「こんなに頼んでんのに!」
嘆く圭をあしらいながら考える。どうすれば諦めてくれるだろうか?
「……うーん、まぁさ、なんか面と向かってこういう事恥ずかしいから言いたかないけど、お前はコミュ力もあれば人に好かれる才能を持ってるし本当にいい奴だ。外見だって悪くない。だから俺がいちいち介入しなくたって失敗することは無いだろうよ」
実際これはおべっかでもなんでも無い。確かにこんなお調子者で馬鹿っぽいけどいい奴だし、こいつが人から嫌われるところなんて想像もつかない。そんな奴が告白して失敗するわけないし、そんな奴だからこそ女の子の事をきっちりと幸せにできるだろう。
「まぁ、そうだといいけどな」
一瞬、その目はどこか遠い所に向けられた気がするが、見せられた笑顔と共にすぐその感覚は消え去った。
「よし、じゃあ俺の武勇を見守ってくれるだけならいいだろう!」
「は?」
「ここまで俺の話を聞かせたのはお前だけだからな、見届けてほしいんだ」
「え、いや流石に悪いだろ、そんな所見るのは」
まぁ確かに気にならないのかと聞かれたら気になる。
「頼む!」
圭が手を合わせ片目を閉じ、深々と頭を下げた。
まったく、なんていうか、これする時ってけっこうマジなんだよなこいつ。
あの時、俺は決めたはずだ。親友のために身を引くと。今更こんな態度とって、せめて見届けてやるくらいはしてやれよ。
「分かったよ。日と場所と時間が決まったら連絡してくれ」
「日は卒業式! 他はまた今度言うわ、それじゃあまたな!」
気付けばいつも圭と別れる道まで来ていたらしい。
こいつとこんな風に帰るのも、卒業式――いや今日で最後かもな。
「おう、じゃあな」
返すと、圭は人懐っこい笑みを浮かべ、こちらに手を振り颯爽と去っていった。
にしても卒業か。
高校生活ももう終わり。
クラスの奴ら全員で顔を合わせるのは卒業式で最後かもしれない。まぁ彼女はできなかったけど部活には打ち込めたし大学も受かった。何より、馬鹿な所もあるけどお互い笑いあえる、そんな奴に出会えたんだ。まぁ、おおむねは楽しい青春だったのかな。
――――頑張れよ圭。
♢♢♢
登校日から数日、遂に卒業式の日が来た。
校長の祝辞は長くてつまらない。そのくせ途中で涙浮かべて過呼吸になるもんだからとりあえず病院いったらどうかと提案しそうになったね。
そんなこんな、色々紆余曲折もあったものの、滞りなく証書授与を終え、式が閉幕した。
体育館の外に出て、何を思うでもなく周りを見渡してみる。
むせび泣く人、すすり泣く人、笑い合う人、様々な人が目に入る中、圭と謝花さんの姿は見当たらなかった。
たぶん、今頃例の場所に向かってるのだろう。
「あ、夏目も部室行くよねー?」
ふと、俺の苗字を呼ぶ声がしたので振り返る。
同じ部活仲間の奴だった。そういえばこの後部活で集まるんだったな。色々と考えてて忘れかけてた。
「おう、ちょっとやる事あるから、終わったらすぐ行く」
「あ、もしかして告白でもするのかな?」
「馬鹿違えよ」
「そう? じゃあまた後でね」
元々人を煽り立てる奴では無いので、あっさりと引き下がってくれた。まさか友人の告白を見に行くと言う訳にいはいかないだろう。もし変に野次馬が来てしまっては台無しだ。
校舎の中へ入ると人はちらほらとしか見当たらなかった。まだ生徒は外で写真をとったり談笑したりするために体育館の外にいるのだろう。
そんな素朴な思考を巡らせつつ、廊下を曲がり、階段を上る。校舎の最上階、四階までついた頃には誰もいなくなっていた。
まぁ四階なんて言ったら一年生の教室がメインだから当たり前と言えば当たり前だ。
「……っと」
いつの間にか例の場所の手前に着いていたので足を止める。
社会科教室。確か委員会の時はだいたいここに集まってたな。最初の頃はけっこう楽しみにはしてたんだよな、あの日からはそうでもなくなったけど。
まぁなんにせよこの教室もこれで最後かと感慨深くなりながらもそっと扉の間を覗いてみる。二人の男女が何やら話していた。
圭と謝花さんだ。
楽し気に笑う姿に一瞬この場にいてもよいものか迷うも、行くと言ってしまったのでとどまる事にする。
束の間の沈黙。
しばらく様子を見ていると、ふと圭がこちらを向いた。さらにそれだけではなくなんとこちらに近づいてくるじゃないか。
ガラリと扉があけ放たれる。
「圭……?」
「……」
名を呼ぶと、ニッと笑い何かを言った後、俺の手を引っ張り教室に押し込みドアをピシャリと閉めてしまう。
一瞬だった。何が起こったのか把握できない。
前を見れば謝花さんの綺麗な黒い瞳がこちらを見つめていた。
「えっとー……。と、とりあえず、あいつ呼んでくるね」
このままだと気まずいのでそう提案してみる。
たぶん圭は間際で怖気づいたんだろう。まったく、謝花さんに失礼だとは思わなかったのかね……。
身体を反転し、圭を追いかけようとドアに手をかけると、謝花さんの声がそれを制した。
「ま、待って」
待ってって言われてもな、せっかくのこんな時に俺がこの場所にいてもいいわけがない。
「私がお願いしたの」
無視しドアを開けようとしたが、思わず手を止める。
「お願いって……圭に?」
ついつい振り返って聞くと、謝花さんは静かに頷く。黒く綺麗で長い髪の毛が肩を滑り落ちた。
しばらく呆然と謝花さんを見ながら、なんとか声を絞り出す。
「……でもなんでまた」
こんな状況を望む理由が分からない。あるいは予想はつくものの、そんな事は身の程を知らない馬鹿野郎の思う事で、さらにはあってはならないことだ。
「それは、その……」
謝花さんは何か言いたそうに艶やかな唇を開けたり閉じたりすると、やがて意を決したかのように口をつぐむ。
その目はしっかりとこちらを見据えていた。
「夏目学君、私は……」
「やめてくれ……!」
気付いたらそう口が動いていた。
聞こえるかすかな吐息。下を向いたせいで謝花さんの表情は窺い知れない。でも顔を上げる事が出来ない。
ああ何してんだ俺は、よりによって謝花さんにこんな事を。
訪れる沈黙。それを破ったのは以外にも、音を立てながら開いた、立て付けの悪い窓だった。
咄嗟に後ろを振り向くと、圭が廊下から顔を覗かせていた。
「ばーか!」
唐突に圭の口から発せられた言葉。急だったのでなんと返していいか分からず立ち尽くす事しかできない。
ややあって、圭がばつが悪そうに頭を掻きながら口を開く。
「……まぁ、水を差すから出たくは無かったんだけど、あんまりにも学がヘタレだから出ちまった」
やれやれと言うと、圭はため息をつく。
「俺はとっくの昔、謝花さんに振られてるんだよ。好きな人がいるってさ」
「え?」
あまりに突拍子の無い発言に思わず謝花さんの方へ顔が行く。
謝花さんは少し顔を伏せていた。
「ごめんね」
「だから全然気にしなくていいって」
謝罪に対しあっけらかんと圭は返すと、学、とこちらに向き直る。その瞳はどこまでもまっすぐだ。
「お前が謝花さんと話さなくなったのって、俺がお前に打ち明けた時くらいからだったらしいな。それだけでピンと来た。だから俺が謝花さんに無理言って、一肌脱がせてもらったってわけだ」
その言葉に頭を鈍器で殴られた錯覚に陥る。図星だからだ。
確かにその通りだった。圭にその事を告げられた次の日から話しかけるのをやめた。たまに話しても本当に事務的な事だけで済ました。だって嫌だろ? そういうんで友情が崩れるのって。下手すれば一生罪悪感を背負う羽目になるかもしれないんだ。
「それじゃ、部外者はとっとと退散するから後は自分で何とかしろ。謝花さんもごめんね~」
それだけ言うと、圭はどこかへ歩いていった。やがて足音は遠ざかり聞こえなくなる。
ある日、圭にこう言われた。謝花さんの事が好きなんだと。
その時俺は決めた、この気持ちはしまっておこうと。圭との関係を崩さないために、あいつを全力で応援していこうと。結局最後は渋ってしまったけど、それでも丸く収まったと安心はしていたのに。
「その……夏目君」
先ほど怒鳴ってしまったからか、謝花さんは相変わらず申し訳なさそうに顔を逸していた。そのまつ毛は少し濡れているようだ。
その言葉に何も言う事は出来ない中、ふと、先ほどの事を思い出した。圭が俺を部屋に入れる時、確かこう言っていた。
お前は友達だ。
やがて、謝花さんの顔がこちらに向けらた。
「あはは……ごめんね、迷惑だったよね」
笑顔。しかしそれは非常に儚げで、今にも散ってしまいそうな、そんな気がする。
ああ、好きな子をこんな表情をさせるなんて、俺はなんて馬鹿なんだ。いい加減自分を偽るの、やめろよ。ヘタレ、確か圭はそうも罵ってきたよな。ああその通りだったよ。俺は本当にヘタレなんだと思う。じゃあそれを理由に逃げるか? もしヘタレだったから無理でしたなんてあいつに言ってみろ、それこそ友情の崩壊だ。
圭はわざわざここまでしてこの場を与えてくれた、一番大変で舞台設定まで受け持ってくれたんだ。
ほんと、馬鹿はどっちだよ。
さぁ、言えよ俺。ほら、親友が用意してくれた最高の舞台だぞ?
「謝花さん!」
伝えろ、全て。もぎ取れ、結末を。
「始めて委員で一緒になった時、凄い綺麗な子だって思って、それで、一緒に仕事してたら真面目な子で、凄いしっかりしてて、何よりちょっとした事でも笑顔を魅せてくれて、その、いつの間にか好きになっていました!」
一度言ってしまえばもう止まらない。
「そして今も好きです! よろしければ付き合ってください!」
深々と頭を下げる。
人生初の告白だ。三月の頭なんかまだまだ寒いはずなのになんて熱いんだ。
ややあって。かすかな吐息と共に言葉が発せられる。
はい。と。
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