交(脚本)

枝戸 葉

第1話











     『交』(まじわり)










◆登場人物


 ・内村 弦 (17)

 ・安原 千尋(17)

 ・西山 夏津(17)

 ・八田 友太(17)

 ・日野 耕平(18)


 ・内村 美樹(44)

 ・安原 尚子(39)

 ・安原 香菜(19)

 ・安原 功一(故・38)

 ・吉浦 真人(44)

 ・宮本 貴史(38)







○安原家・台所(4年前/夜)

  料理を作る安原尚子(35)安原千尋(13)がそれを見つめている。


○安原家・食卓(4年前/夜)

  千尋、安原香菜(15)尚子、安原功一(38)の4人が食卓を囲んでいる。

  × × ×

  千尋、香菜、尚子の何気ない会話。しかし、功一の席には誰も居ない。


○同・千尋の部屋

  尚子が千尋に浴衣を着付けている。それを見ている香菜。

尚子「おかしいな、どうやるんやったっけなあ…香菜? 」

香菜「うちが分かる訳ないやん」

千尋「…」

  じっと鏡を見つめる千尋。

尚子「似合っとるで。お母さんの若い頃の浴衣やけど、綺麗やろ」

  尚子、帯を止める。

尚子「デートなんやけん、綺麗にしとかんとな」

千尋「母さんもデート? 」

  尚子は黒の地味なドレスにカーディガンを羽織っている。

尚子「アホ、仕事や」

千尋「男に貢がせる仕事」

尚子「そうや。それであんたらを食べさせとるんや」

  尚子、千尋の姿を見て、

尚子「できた。どや? きつくない? 」

  千尋、じっと鏡を見つめる。

千尋「うん」

  突然、千尋が走って部屋を出る。


○同・洗面所

  駆け込んでくる千尋。嘔吐する。

尚子「どしたん、大丈夫? 」

千尋「気持ち悪い」


○メインタイトル『交』

  車を運転している内村美樹(44)助手席には内村弦(17)

美樹「晩7時な」

弦 「うん」

美樹「弦には悪いと思っとるけど」

弦 「何が悪いん」

美樹「…」

弦 「吉浦さんええ人やし、その方が俺も余計な心配せんでええし」

  美樹、弦を見る。弦はじっと車窓からの風景を見ており、目線を合わさない。

弦 「うまいことやればええやん。それで皆幸せなんやから」


○学習塾

  弦が国語の問題を解いている。イワシを漢字で書けという出題に頭を悩ませてい

  る弦。西山夏津(17)がスマホの画面を見ながら、

夏津「魚編に弱い」

弦 「ずるいわ」

夏津「イワシって弱いん? 」

弦 「弱いって何や」

  弦、再び問題に向かう。夏津、弦を見るが席について授業の準備を始める。


○同・廊下

  夏津、一人で教室の前に佇んでいる。出て来た弦に声をかける。

夏津「内村君、祭りいかん? 」


○道(夕)

  自転車に2人乗りしている弦と夏津。

弦 「お前のチャリ漕ぎづらいんやけど」

夏津「内村君、約束したん忘れとったやろ」

弦 「模試前やで」

夏津「受験なんかまだずっと先やん」

弦 「そらそうやけどな」

夏津「大学とか仕事とか私全然実感わかん」

弦 「俺はそんなん言ってられんけん」

  夏津、弦に顔を向けるが弦は前を向いて自転車を漕いでいて顔は見えない。

弦 「昨日友太に誘われたん、断ったんよ」

夏津「何が? 」

弦 「祭り。あいつ神主の息子やろ」

夏津「別にええやん、友太とか」

弦 「西山さんはええけど、俺がきまずいやん」


○神社・表(夕/夜)

  八幡神社の周囲には数店の出店が並んでいる。自転車でやってきた弦と夏津、

  降りて神社の中へ入って行く。


○同・出店通り(夕/夜)

  夏津がたこ焼きを買っている。それを少し離れた所から見ている弦。その時、神

  社の境内の方から神主と共に歩いてくる八田友太(17)の姿を見つける。夏津

  を少し気にしてその場を一人離れる弦。


○木立(夕/夜)

  木立に隠れ影から様子を伺う弦。弦が居た道を友太が神主と共に通り過ぎる。ほ

  っと胸をなで下ろしたところに、

日野「ちーちゃん、どこいったの」

  日野耕平(18)がスマホのライトを照らしてすぐ側を通る。思わず隠れる弦。

  弦の隠れた視線の先に、千尋が浴衣姿でうずくまっている。千尋と弦、目が合い

  千尋が人差し指を口元に当てる。

日野「ちーちゃん? 」

  日野、光を振りながら辺りを見渡し、去って行く。

  弦、うずくまったままの千尋を見ながら

弦 「大丈夫? 」

  千尋、顔を伏せたまま動かない。

弦 「気分悪いん? 」

  反応がない。

弦 「誰か呼んでこようか」

千尋「やめて」

  千尋、顔を上げて弦を見る。

弦 「安原さん? 」

千尋「誰? 」

弦 「内村やけど。同じクラスの」

千尋「ちょっと気分悪いだけやけん」

弦 「さっきの人、知り合い? 」

千尋「うん」

弦 「何かひどいことされたん? 」

  千尋、驚いたように弦を見て少し笑い、

千尋「ちゃうわ、彼氏やし」

弦 「ああ」

千尋「うちのことはええけん」

  弦、迷いながらも離れようとする。

弦 「じゃあ」

千尋「うん」


○出店通り(夕/夜)

  弦が通りに出ると、夏津が弦を探している。手にはたこ焼き。

夏津「内村君、どこいっとったん」

弦 「…」

  弦、夏津の顔を見る。


○木立(夕/夜)

  うずくまっている千尋のところに弦が夏津を連れて戻ってくる。千尋、嘔吐して

  いる。

千尋「…」

夏津「どうしたん! 」

弦 「調子悪そうで」

夏津「水居る? 」

  夏津、千尋に寄り添う。弦、たこ焼きを持ったまま立っている。

弦 「どうしよう」

夏津「どうしよう言うても、誰か呼んだ方が

 ええんちゃう」

弦 「嫌やって」

夏津「なんで? 」

  千尋、夏津の服の裾を握り、

千尋「お願いがあるんやけど…」

夏津「何? 」

千尋「服、替えてくれん? 」


○出店通り(夜)

  木立の入口を守るように立っている弦。そわそわしている。

  しばらくして、夏津が浴衣で千尋と服を交換して出てくる。

夏津「お待たせ」

弦 「あ、うん」

夏津「ちゃんと見張っとったやろうな」

弦 「当たり前やろ」

千尋「ありがと。服は明日学校で返すけん」

夏津「ええよ、いつでも」

千尋「それじゃ」

  去って行く千尋。

  夏津と弦、それを見送る。

夏津「似合う? 」

弦 「具合良くなったん? 」

夏津「浴衣脱いだら急に良うなった」

弦 「なんでやろ。それ呪いの浴衣とかとち

 ゃうん」

夏津「アホ。な、折角やしこれで祭り回ろ」

  弦、携帯を見る。時間は7時をとっくに過ぎている。美樹からの着信が4件。

弦 「そろそろ帰らな」

夏津「まだ7時過ぎやん」

弦 「7時に帰って来いって言われとったんよ。めっちゃ着信きとる」

夏津「何かあったん? 」

  弦が歩き出し、夏津が並ぶ。

弦 「うちの母さん、離婚したんは知っとるやろ」

夏津「それで東京から帰って来たんやろ」

弦 「そう。そんでな、吉浦さんっていう男の人と、最近会わされたんよ」

夏津「そうなん」

弦 「うん」

夏津「内村君、その人の事嫌いなん」

弦 「別に。ええ人やし、離婚したんやって俺小学校の頃やし。けど何て言うん、気

 まずいやん」

  夏、弦の正面に回って足を止め、

夏津「帰らないかん、お母さんやって弦にちゃんと知って欲しくて紹介したんやで」

弦 「そうやんな」

夏津「そんなんあるんやったら先言うとって欲しいわ。私やってそんくらい空気読む

 んやで」

  夏津、歩き出す。少しそれを見送り、ついて歩く弦。


○駅(夜)

  2人乗りでやってくる弦と夏津。

弦 「それで乗れる? 」

夏津「平気」

  夏津、たこ焼きを手渡し、

夏津「食べて。もう冷たいけど」

  夏津、浴衣のまま自転車に乗る。2人別れ、弦駅に入って行く。


○駅ホーム(夜)

  ホームに上がってくる弦。

  反対のホームに千尋がいる。千尋に気づき、手を振るが千尋はスマホに夢中で気

  づかない。駅に電車がやってくる。


○電車(夜)

  対面座席のシートに座っている弦。イヤホンで音楽を聞き、たこ焼きを頬張る。


○内村家・外観(夜)

  歩いて帰ってくる弦。家は田んぼの中にぽつんと立った一軒家。家の前に車が止

  まっている。弦はそこから少し離れた暗がりで止まり、イヤホンの音楽を口ずさ

  みたこ焼きを食べながら身を潜める。

  × × ×

  しばらくして、家の中から美樹と吉浦真人(44)が出てくる。遠目に聞こえる

  話し声、ドアが閉まる音、車のエンジン音。弦は気づいてそちらをじっと見つめ

  る。車が発車し、美樹がそれを見送っている。美樹をじっと見ている弦。吉浦を

  見送っていた美樹が不意に弦が居る方向を見る。弦は目を離さず美樹を見つめて

  いる。美樹、振り返り家に入って行く。

  しばらくして暗がりから立ち上がる弦。


○内村家・前(夜)

  暗い玄関の前まで歩く弦。途中、何かを蹴飛ばす。それは錆びたナタで、植木鉢

  に当たって大きな音を立てる。弦、ナタを植木鉢に置き、鍵をあけて戸を開

  く。 

  美樹が正面に待っている。

弦 「ごめん、友達に祭り連れて行かれて、連絡もしようと思ったんやけど暇なくて」

美樹「おかえり」

弦 「ただいま」

  弦、家に入りドアが閉まる。


○安原家・リビング(夜)

  帰宅する千尋。服を脱いで家着に着替える。家には他に人の気配はない。千尋、

  がスマホを見ると日野からのラインメッセージが8件もある。千尋、返信せずに

  夏津に借りた服を見つめる。洗面所へ向かい、洗濯を始める千尋。


○学校・教室

  千尋が登校してくる。学生鞄の他に、紙の手提げを持って来ている。それを目で

  追う弦。前の席の友太に話しかける。

弦 「友太」

友太「ん」

弦 「安原ってさ」

友太「うん」

弦 「極度の浴衣恐怖症かなんか? 」

友太「何て? 」

弦 「いや、昨日祭りで会ってな」

友太「何て? 」

弦 「あっ」

友太「お前俺の誘いは断っておいて…」

弦 「いや、西山さんとね…」

友太「ああ、そうですか。それは俺が空気読まずに失礼しました」

弦 「ちょっと待ってや」

友太「で、何恐怖症って? 」

弦 「いや、昨日祭りで気分悪そうにしとって」

友太「うん」

弦 「でもな、浴衣脱いだら元に戻っとったんよ」

友太「脱いだ!? 」

  教室の視線が友太に集まる。弦、千尋と目が合う。友太の首に腕を回し、

弦 「や、変な事は何も無いよ。ただ、西山さんと安原さんが服を取り替えて」

友太「どういう状況? 」

弦 「それが分からんけん聞いたんやん」

友太「俺に分かる訳ないやろ」


○屋上

  友太と弦が昼食を食べている。友太、パックのリンゴジュースを飲みながら、

友太「安原んとこ、親父さん小さい頃に亡くしとるらしい。そんで、おかんに愛人が

 居るとかなんとか」

弦 「ほんまかそれ」

友太「安原と同じ中学の前園ってのが居るやん。あれが言いよった話やけん、ほんま

 かは知らん」

弦 「ふうん」

友太「西山とは上手くやっとるんか」

弦 「別に、普通や」

友太「ならええけど。あいつ昔から人に気ばっか使う奴やけん、まあ気にしてやっ 

 て」

  弦の視線の先には校庭を歩く千尋の姿。千尋は手に紙の手提げを持っている。

  弦、食べかけのパンを口に放り込んで、

弦 「先行くわ」

  弦、立ち去る。

友太「おう」

  友太、弦を見送り校庭に視線をやる。弦が校舎から出て来て、千尋に近づく。


○校庭

  周囲を見渡しながら歩く千尋。

弦 「安原さん」

  弦がやってきて声をかける。

千尋「内村君」

弦 「それ、昨日の服? 」

千尋「そう。西山さん探しとるんやけど」

弦 「食堂は見たん? いつも友達と居るんやけど」

千尋「ああ、やっぱり。教室には居らんかったけん入れ違いかな」

弦 「俺が渡しとこうか? 」

千尋「いや、浴衣も返してもらわないかんけん」


○教室

  千尋の席の側に座っている弦。夏津とラインのやりとりをしている。

弦 「安原が服返したいって。今どこ」

夏津「今から行くよ!」

  夏津からカラフルに彩られたラインメッセージが返ってくる。

弦 「来るって」

千尋「ありがと」

  友太が自分の席から2人を見つめる。その時、夏津がやってくる。

夏津「おっすー」

友太「よう」

  声をかけそのまま弦の方に向かう夏津。

  友太はそのまま視線を逸らす。

千尋「あ、西山さん。服ありがとう」

夏津「ごめん、浴衣明日でもかまん? 」

千尋「そっか、うん、平気」

夏津「洗濯してくれとる、昨日の今日やのにごめんな」

千尋「ううん、こっちこそ」

弦 「調子は良うなったん」

  夏津、弦を見る。弦は千尋を見ている。

千尋「大したことないけん」


○テニス部・部室

  夏津のスマホに弦からメッセージ。

弦 「悪い、今日は先帰る」


○通学路

  学校から駅までの通学路を歩いて行く千尋。その少し後ろから弦が歩いている。

  弦、視線で千尋を追っている。


○本屋

  資格関係の本を見ている千尋。看護師の資格の本を手に取り、中を見ている。

  弦、隣に並び本を手に取る。手に取った本は映画検定の本である。千尋、それに

  気づいて、

千尋「映画好きなん? 」

弦 「うん、まあ」

千尋「私は好かん」

  千尋、本を置いて奥へ。弦、本を置き、ため息をつく。

  千尋、ぐるっと本を見て店を出ようとすると、途中に弦が居る。

弦 「聞きたいことがあんねん」

千尋「何? 」

弦 「おかんの事、苦しめたいと思ったことない? 」

  千尋、じっと弦の顔を見て立ち去る。それを追いかける弦。


○駅

  駅に入って行く千尋。弦、後ろからついていく。自転車にまたがってそれを少し

  遠くから見ている友太。スマホでラインメッセージを送る。

  千尋、改札には向かわず、そのまま駅を素通りして駅の反対側に出、更に歩いて

  行く。弦もついていく。


○臨海公園

  千尋、公園の中に入り立ち止まり、弦を振り返る。弦、追いついて千尋に並び、

千尋「あんた何様やねん。誰に何を聞いたか知らんけど、そうやったら何? 」

弦 「母親の男と会うたことある? 」

千尋「ない」

弦 「俺はある。その時俺が何て思ったか分かる? 」

千尋「…」

弦 「勝手にすればええ思っとった。そういうこともあるかもって。けどダメや。初

 めて会うた時、俺気持ち悪くて仕方なかったんや」

千尋「今もそうなん? 」

弦 「心のどっかでな、母親勝手にやめんとって欲しいって思っとる。親父と別れ

 て、俺を育てて、十分苦労してきたんも知っとる。それでもダメやねん」

千尋「私には分からんわ」

  千尋、立ち去る。残される弦。


○駅ホーム

  弦と千尋、逆のホームに立っている。電車がやってくる。小さく手を振る弦。

  千尋、見ないように目を伏せ、やってきた電車に乗り込む。対面座席に1人で座

  り、電車が発車する。


○安原家・台所(夜)

  尚子が夕食を作っている。それを見ている千尋。


○安原家・リビング(夜)

  千尋、香菜、尚子が夕食を食べている。尚子と香菜はテレビを見ている。

千尋「何さんやったっけ、母さんの彼氏」

  香菜、千尋を見て視線を尚子へ。

尚子「…宮本さん」

千尋「いくつ? 」

尚子「一個下」

千尋「どんな人? 」

尚子「どうしたん、急に」

千尋「好きなん? 」

尚子「…好きとか嫌いとかじゃない」

千尋「じゃあ何? 」

尚子「必要なんよ、お互いに」

千尋「必要」

尚子「最近おかしいであんた。浴衣はどうしたん」

千尋「やけん、友達に貸した」

  千尋、食器のご飯をかき込むように平らげ、席を立つ。

尚子「どこ行くん」

千尋「トイレ」


○トイレ(夜)

  便器にもたれかかり、嘔吐している。


○安原家・リビング(夜)

  戻って来た千尋、自分の食器を重ね片付ける。

千尋「ごちそうさま」

  言ってリビングを出て行く。見送ってため息をつく尚子。テレビに視線を移す。

尚子「どしたん、あの子」

香菜「彼氏でもできたんじゃない」


○安原家・千尋の部屋(夜)

  千尋、隠している菓子袋を開け、食べはじめる。ドアがノックされ、

香菜「私」

  香菜がサンドイッチとおにぎりの入ったビニール袋を渡す。

香菜「うち、家出るけん」

  千尋、香菜を見る。

香菜「自分でなんとかしな」

千尋「分かっとる」


○弦のラインメッセージ

  父さんが欲しいなんて

  我が儘を言うつもりはありません。

  ただ母さんをやめないで欲しいのです。


○教室

  休み時間の教室。ラインを見ている弦。視線を千尋に向ける。千尋は問題集に取

  り組んでいる。机に寝転んでいる友太。教室の前の入り口から中を見ている日野

  を見つける。日野、千尋を見ているがしばらくして歩き去る。


○千尋のラインメッセージ

  母さんの浴衣も

  母さんの料理も

  母さんの手も足も顔も身体も

  全部気持ちわるい。


○校庭

  千尋が夏津から浴衣を受け取る。

夏津「遅くなってごめんねえ」

千尋「ううん、ありがと。それじゃ」

  去って行く千尋を見つめる夏津。スマホを見る。友太からのラインメッセージ。

友太「弦は安原とデキとるかもしれん」

  踵を返して歩き去る夏津。


○壁打ち場

  一人壁打ちをしている夏津。友太がやってくる。

夏津「どういうこと」

友太「…」

夏津「八田、何か知っとるん。弦、最近返事も遅いし、冷たい」

友太「弦と安原な、ここんとこ帰りいつも一緒やで」

夏津「…」

友太「やっぱお前ら合わんのと違う? 弦って何て言うか、何考えとるか分からんと

 こあるし」

夏津「そうなん」

友太「まあ、いかんのはあいつやし、あんなん放っといて次行った方がええよ」

夏津「次って何よ」

  夏津、ボールを強打しそのまま去る。

友太「西山」

  一人残される友太。


○駅

  夏津が自転車を止め、駅に入って行く。


○駅ホーム

  階段を上がり、周囲を見渡す夏津。しかし弦の姿は見えない。その時、反対側の

  ホームに千尋ろ、並んで立っている弦の姿を見る。弦、視界に夏津を感じて正面

  を見るが、そこには誰も居ない。夏津、階段を少し降りて2人から隠れるように

  佇んでいる。


○電車

  対面座席に座っている弦と千尋。千尋が持って来ていた大きなバッグ。中には夏

  津から返してもらった浴衣と黒のコートとサングラス、帽子が入っている。それ

  らを身につける千尋。弦を見て笑う。

弦 「ほんまにやる気? 」

千尋「準備は? 」

  弦、学ランを脱ぎ、帽子を被る。

弦 「これでええやろ」

  千尋、じっと弦を見つめ、鞄からサング

  ラスを取り出しかけさせる。

千尋「これでええ」


○高松市内

  変装をした弦と千尋が路上にあるベンチに腰掛けて通行人を見張っている。

弦 「これ、何の意味があるん」

千尋「尾行言うたら変装やろ」

弦 「ほんまに来るんか」

千尋「そこは間違いないで。調べはついとるんや」

弦 「ほんまかい」

  × × ×

  じっと商店街の奥を見つめている千尋。弦は居眠りしている。その時、千尋の見

  つめている先から尚子と、宮本貴史(38)が歩いてくる。弦をつつく千尋。

千尋「来たで」

  弦、伸びをして千尋の見ている方を一緒に見て、

弦 「あれ安原の母さん? 」

千尋「見過ぎや、バレるで」

弦 「めっちゃ美人やん」

千尋「似とるやろ」

  言ってほっぺたに手を当て作り笑顔を向ける千尋。

千尋「何やらすねん」

  千尋、立ち上がって尚子を追う。弦、あっけに取られてついていく。


○喫茶店

  尚子と宮本から少し離れた席に座る弦と千尋。弦、メニューを見て、

弦 「何これ、高…」

  コーヒーの値段で愕然とする弦。

千尋「こんぐらい普通やし」

  言ってコーヒーを頼む千尋。弦も千尋に習う。

千尋「店出る前の同伴は必ずこの店やねん」

弦 「同伴って何? 」

  千尋、弦の顔を見て、

千尋「あんたにはまだ早いわ」


○歓楽街(夕)

  尚子と宮本が歓楽街に消えて行く。追って来てそれを見送る弦と千尋。

弦 「見失うで」

千尋「ここまでやな」

  千尋、言って帽子とサングラスを取り、歩いて行く。弦、訳も分からず追う。


○小学校前(夜)

  歩いてやってくる弦と千尋。千尋が立ち止まって突然校門をよじ上り中へ入る。

弦 「ヤバいって」

千尋「大丈夫、ここうちの母校やけん」

  千尋、反対側に着地する。

弦 「それの何が大丈夫なん」

千尋「見つかっても言い訳できる。うちは」

弦 「安原がこんな奴やとは思わんかった」

千尋「見損なった? 」

  千尋、笑って学校の奥へと進んで行く。

  弦、悩んだ末校門をよじ登る。


○同・プール(夜)

  千尋がプール際に座っている。弦も金網をよじ上って入ってくる。座っている千

  尋に並ぶ弦。プールには落ち葉が浮いている。水面が常設の電灯に照らされて光

  っている。

千尋「思ったより汚くないな」

弦 「汚れるんはすぐや」

千尋「そうやな」

  千尋、弦の手を取りプールに落とす。

弦 「何すんじゃ! 」

  千尋、弦めがけてプールに飛び込む。ぎ

  りぎりでそれを避ける弦。

弦 「危な! 」

千尋「外したか」

  そのままクロールを始めてプールの反対側まで泳いで行く千尋。

弦 「安原! 」

  千尋、対岸まで到着して、

千尋「服、重っ! 」

弦 「当たり前やろ」

  弦、プールを歩いて千尋の所へと向かって行く。千尋、再び壁を蹴って今度は平

  泳ぎで泳ぎはじめる。プール中央で弦とすれ違いそうになった時、弦が千尋の足

  を掴む。

千尋「うわ、アホ! 」

  千尋、立ち上がり笑いながら弦を水中に 引きずり込む。溺れるように暴れなが

  ら、弦が水中から顔を出す。しかし、千尋が上がって来ない。

弦 「安原? 」

  弦、息を大きく吸い込み再び潜る。千尋は水中に沈むように横たわっている。弦

  が手を伸ばそうとすると、千尋は目を開けその手を取り、そのまま水中で弦にキ

  スをする。驚いた弦、大きく息を吐き大きな水泡が水面に向かって上って行く。

  弦が水面に出て来て大きく息を吸う。遅れて出て来た千尋、息を整えながら、

千尋「ざまあみろや」

弦 「安原、彼氏おるんとちゃうん」

千尋「それが? 」

弦 「誰にでもするんか」

千尋「別に、誰にでもはせんわ」

  千尋、しらけたようにプールサイドに向かって歩き出す。弦が追って行き、千尋

  はプールサイドにもたれかかるようにして弦を振り返る。

千尋「何て顔しとるん」

弦 「…」

  弦、千尋の正面に立ち千尋を見つめる。

千尋「キスしたいん? それやったら」

  千尋、ゆっくりと身体をプールの中へと沈めて行く。顔だけを水面から出し、

千尋「ついといでよ」

  千尋、プールに沈む。弦、千尋を追って潜る。小学校の小さなプールに波紋が広

  がる。弦と千尋の姿は見えない。


○道(夜)

  ずぶ濡れの弦と千尋が歩いて行く。千尋は弦の学ランを羽織っている。

千尋「寒い」

弦 「はよ帰らな風邪引くで」

千尋「帰りたくない」

弦 「何言うとん」

千尋「母さんに会いたくない」

  弦が振り返ると千尋は立ち止まって弦を見つめている。

弦 「そんな事言うても」

千尋「内村君なら分かるやろ? 」

弦 「…」

  千尋の視線が動く。その方向を見る弦。田舎の真っ暗な夜の中に浮かび上がる、

  ピンクにライトアップされた城のような建物。壁面にホテル・キャッスルの文字

  が光り輝いている。


○ホテルキャッスル・フロント(夜)

  モニターを前にして部屋を選ぶ弦。それを少し離れて後ろから見ている千尋。


○同・客室(夜)

  千尋が一人、ベッドでトランポリンの様に跳ね、そのまま倒れ込む。シャワーの

  音が響いている。耳を澄ます千尋。


○同・シャワールーム(夜)

  弦が全裸でシャワーを浴びている。心を落ち着かせる様に頭からお湯を浴びてい

  ると、扉が開いて千尋が入ってくる。

弦 「ちょっと、何? 」

千尋「隠さんでええやん」

弦 「出て行けや」

千尋「何で? 」

  千尋、弦に近づく。シャワーのお湯で千尋は濡れる。

千尋「風邪引いてしまうやん」

  千尋、弦の首に腕を回しキスしようとする。それを手で止める弦。

弦 「何かおかしいで、お前」

千尋「何がよ」

弦 「彼氏とは別れんの」

千尋「何で? 」

弦 「何でって」

千尋「あんたこそ西山さんと別れんの? 」

弦 「別れたら付き合ってくれるん? 」

千尋「ええよ、別に」

  弦、千尋から離れる。

弦 「ちゃんとしたい」

千尋「ちゃんとって何よ」

  千尋、笑って

千尋「あそこはもうちゃんとできそうやん」

弦 「…」

千尋「根性ないんちゃう。それでも男? 」

弦 「安原がどう思っとるんか分からん。けど俺は真剣にお前の事好きや」

千尋「だったらええやん」

弦 「よくない。真剣に考えてよ」

  千尋、弦に詰め寄り、

千尋「私は真剣やで。不真面目なんはあんたの方や。ここに入るって決めた時点で、

 腹くらい括っとるんや。それを人のせいにして、あんた恥ずかしくないんか」

弦 「…」

  千尋、服を脱ぐ。

千尋「私は恥ずかしくも何ともない」

  弦、千尋を見つめる。

千尋「これが私や」

  弦、千尋を抱きしめ求め合う様にキスをする。


○同・客室(夜)

  弦のスマホにラインメッセージが届く。

夏津「まだ起きてる? 」


○夏津のラインメッセージ

  私とあなたの出会いがただの確率で

  この想いすらただの脳内反応だとすれば


○西山家・夏津の部屋(夜)

  夏津、ベッドに寝転がりスマホを見ている。返事はない。


○内村家・リビング(朝)

  朝食が食卓に並んでいる。弦が学校へ行く準備をして席につき、食べはじめる。

美樹「おばあちゃーん、ご飯」

  言って席につき、

美樹「先食べよ」

  美樹も食べはじめる。弦、食べる手を止めて美樹を見ている。美樹はテレビを見

  ながら、

美樹「土曜日、吉浦さん来るけん」

  弦、美樹と目が合う。

美樹「頼むな」

弦 「うん」

  弦、朝食を食べる。


○学校・トイレ

  嘔吐している千尋。千尋がトイレから出てくると、そこに夏津が立っている。

千尋「西山さん」

夏津「安原さん、3年の日野さんと付き合っ

 とるんやって? 」

千尋「…そうやけど」

夏津「売女」


○校門前

  弦が下校している。校門で夏津が待っている。

夏津「内村君」

弦 「西山さん、部活は? 」

夏津「休んだんよ」

弦 「話があるんやけど」

  夏津、少し驚いて弦を見る。


○ファーストフード店

  弦と夏津が向き合って座っている。

弦 「別れて欲しい」

夏津「ええよ。でも理由くらい聞いても構わん?」

弦 「理由」

夏津「なんで安原さんなん」

  弦、驚いて夏津を見て、

夏津「知らんとでも思っとったん」

弦 「ごめん」

夏津「なんで? 」

弦 「…」

夏津「1年の夏、友太と一緒にカラオケ行ったん覚えとる? 」

弦 「うん」

夏津「あの時あのアホが調子乗ってお酒持ち込んだやん。私お酒なんか飲みたくなく

 てどうしようかと思っとった。そしたら内村君が死んでも飲まんとか言うて、空気

 ぶち壊したんよ」

弦 「…」

夏津「クソ真面目な子やなって思った。あの時からずっと好きやった。友太に頼んで

 小細工したりして。1年ごしに告白して…まさか1ヶ月もたんとは思わんかった」

弦 「…」

夏津「なんで私じゃなくて安原さんなん」

弦 「安原は、不安定なんや。何でかは分からん、けど俺が何とかしてやらないかん

 気がする」

夏津「内村君が? 彼氏居るのになんで?」

弦 「そいつのことは知らん。けどそれでも安原は俺のことを選んでくれた」

夏津「…もうええわ」

  夏津、スマホをコールする。少し離れた席に座っていた日野が千尋を連れて2人

  の席までくる。千尋、弦を見て驚く。

千尋「どういうこと? 」

夏津「どうぞ? 」

  夏津、千尋を弦の隣に座らせる。夏津の隣には日野が座る。

日野「初めまして。安原さんの彼氏の日野です」

弦 「内村です」

日野「こっちは」

夏津「知ってます。浴衣借りましたから」

日野「さて、どうしようか」

夏津「そっちはどういう話になったんです」

日野「もう誤解されるようなことはせんって約束してくれた」

  弦、千尋を見る。千尋は視線を合わさない。

日野「親友らしいな」

弦 「…」

夏津「親友」

  夏津、千尋を見て

夏津「ほんまですか。信じられませんけど」

日野「ほんまやな? 」

千尋「そうや。両親の事親身に相談できる数少ない友達」

夏津「彼氏よりも? 」

千尋「分かる事と分からん事があるやろ」

夏津「そういうもんなんかな、内村君」

弦 「ああ…」

日野「昨日の晩、2人でどこ行っとったんか教えてくれんか。それだけはどうしても

 話してくれん」

弦 「…」

千尋「ラブホ」

日野「どういう事や。さっきの話は嘘か」

千尋「嘘と違う。あれは、間違いや」

夏津「間違い。つまり浮気やん」

  夏津、弦を見る。

千尋「ごめん」

日野「…そんなアホな」

千尋「もうせん。約束する」

  2人を横目に、夏津薄く笑っている。弦はそれを見て表情を硬くしている。

夏津「そんなアホな」

千尋「横から口出さんとって。こっちの話やけん」

夏津「そうやね。そっちの話やね」

  夏津、弦を見て

夏津「そしたらこっちの話は終わったし、先に帰ろうか」

  立ち上がった夏津に、続いて弦が立つ。


○ファーストフード店・入り口

  弦が店を出てくると、夏津が自転車に乗って待っている。

弦 「俺は本気やった」

夏津「向こうはそうじゃなかった」

弦 「…」

夏津「最後に1つ聞きたいんやけど。なんで私と付き合ってくれたん。別に好きでも

 なかったんやろ」

弦 「それは…なんでかな」

夏津「どうせ何も考えてない。雰囲気と、気分と相手の好意につけ込んだだけやろ」

弦 「そんな言い方は無いんとちゃうか」

夏津「お互い様やとでも? 傷ついたんは誰で、傷つけたんは誰なんよ」

  夏津、自転車に足をかけ、走り出す。一人残される弦。


○道

  自転車をこいでいく夏津。どんどんスピードを上げ立ち漕ぎになる。


○ファーストフード店

  千尋と日野が向かい合っている。

千尋「ラブホは行った。けど何もなかった」

日野「それを信じろって言うんか」

千尋「あいつはヘタレや」

日野「…」

千尋「疑われるような事したんは謝る。でもこれ以上その話はやめよ。それがお互い

 の為やと思う。間違いないんは、私は耕ちゃんと別れるつもりはないし、ほんまは

 悲しませたくもないってこと」

  千尋、机の下で足を伸ばし、日野の靴に自分の靴を当てる。日野、それに気づい

  て千尋を見る。


○駅

  日野が千尋を送って自転車で2人乗りしている。駅に着き、千尋を下ろして別れ

  る2人。


○駅改札

  改札で待っていた弦、しかし千尋はそのまま改札に入って行く。弦、追う。


○同・構内

  弦が千尋側のホームに上がろうと階段に差し掛かった時、千尋が振り返り

千尋「そういうことやから」

  千尋、階段を上がる。

弦 「真剣やったんちゃうんか」

  千尋、立ち止まり

千尋「勘違いせんとって欲しいんやけど」

  振り返る千尋。

千尋「恋とか愛とかな、そんなんとは違うけん」

  弦、千尋を見上げている。

千尋「必要やったんよ、お互いに」


○電車

  対面座席に一人座っている千尋。ぼうっと外を眺める。


○千尋のラインメッセージ

  終幕


○内村家・リビング

  弦の正面に美樹と吉浦が座っている。

吉浦「弦君は彼女とか居らんの? 」

弦 「いません」

吉浦「モテそうやのに」

弦 「そんなことはありません」

  弦、じっと吉浦を見つめている。吉浦は気まずそうに美樹を見る。

美樹「ちゃんと話をしましょう」

弦 「…」

美樹「再婚しようなんて考えてとる訳ではないの。ただ、弦がこの先やっていく時に

 弦の負担にはたりたくない」

弦 「そんな理由なん」

美樹「もちろん、それだけじゃない」

弦 「何で母さんなんですか。他にも女の人はいっぱい居ります。若い人も、綺麗な

 人もおります。それやのに、なんで母さんなんですか」

吉浦「弦君、好きな人は居る? 」

弦 「理屈じゃなく気持ちって事ですか。やったら気持ちが変わったら別れるって事

 ですか」

吉浦「そんなことにはならない」

弦 「何故言い切れるんです」

吉浦「俺は美樹さんを愛しているから」

弦 「愛って何ですか? 」

吉浦「…」

弦 「母さんはそれで幸せなん? 」

美樹「弦には悪いと思っとる」

弦 「そんなこと言うてないやん。質問に答えて」

美樹「幸せになれると、そう思っとるよ」

弦 「じゃあええんちゃうん」

  弦、立ち上がり

弦 「母さんが幸せならそれが1番ええんやと俺は思う」


○内村家・外観

  弦、リュックを背負って家から出る。錆びたナタが家の横の物置に放置されてい

  る。


○無人駅ホーム

  弦、電車を待っている。到着する電車に乗り込む弦。リュックを前に抱える様に

  持っている。


○駅ホーム

  夏津と友太が並んで立っている。

夏津「どこ行くん」

友太「カラオケ」

夏津「芸がない」

友太「他に何があるよ? 」

夏津「レパートリーがないセンスがない頭が悪い」

友太「…頭は関係ないやろ」

夏津「…悪いな気使わせて」

友太「まあ、たまにはええんちゃうん」

  向かいのホームに到着した電車の対面座席に弦が座っている。お互いに気づかな

  いまま、電車が発車する。


○電車

  一人対面座席に座っている弦。リュックをぎゅっと抱きしめる。


○弦のラインメッセージ

  今日の17時、あの時の臨海公園で


○安原家・リビング

  千尋、リビングに置かれたうどんを見つめる。そのまま立ち去る千尋。

尚子「どこ行くん、伸びるで」

千尋「トイレ」

  香菜が席につき、

香菜「いっただっきまーす」

  香菜がうどんを食べ始める。

尚子「あんた、引っ越しの準備はできたん」

香菜「うんまあぼちぼち」


○同トイレ

  嘔吐するも胃液しか出て来ない。


○同リビング

  千尋が戻って来てうどんを食べはじめるが、すぐに吐き気を催し立ち去る。

尚子「千尋? 」

  尚子、心配して追いかける。

香菜「悪くなっとるやん」


○同トイレ

  嘔吐する千尋を支える尚子。

千尋「触らんとって! 」

  千尋が拒絶する。

尚子「何があったん」

千尋「誰も悪くない。それやのになんで」

尚子「あんた、いつからそんなん」

千尋「お母さんが、今の仕事始めてからずっと」

尚子「千尋」

千尋「近寄らんとって」

  尚子、足を止める。

千尋「そのまま、どっか行って」

  千尋、言葉を切り、

千尋「ごめん、自分でなんとかするけん」


○駅ホーム

  千尋、電車を待つ。到着する電車。


○臨海公園(夕)

  リュックを背負って弦が待っている。振り返ると、そこに千尋が立っている。


○海辺(夕)

  弦と千尋が歩いて行く。瀬戸内の海は穏やかで、島と本州が海の向こうに浮かび

  上がっている。

弦 「ちゃんと話そう」

千尋「…」

弦 「俺は、千尋の彼氏にはなれんのか?」

千尋「うん」

弦 「なんでや」

千尋「耕ちゃんは大事な人やけん、私のわがままで振り回したくなかった」

弦 「やったらなんで俺を誘った」

千尋「私が子供やけん」

弦 「…」

千尋「私は母さんの痛みを知りたい」

弦 「それは…」

千尋「内村君は都合が良かったんよ」

弦 「…クソや」

千尋「ごめん」

弦 「…」

千尋「母さんは、私が重荷なんじゃないやろうか。怖くて聞けんの」

弦 「関係ないやろ」

千尋「え」

弦 「重荷やろうが何やろうが、安原が幸せになればええ。そうに決まっとる」

千尋「…」

弦 「…」

  弦、リュックを下し、

弦 「ほんまはな、家出する気で家出て来たんよ」

  弦、リュックからたたんだテントを取り出す。

弦 「テント」

千尋「アホやろ」

弦 「でもそんな気もせんようになってしもた」

千尋「…しょうがないな。今日だけ付き合ってあげる」

  × × ×

  千尋と弦がテントを立てている。初めての作業で遅々として進まないが、楽しそ

  うに作業する2人。


○テント(夜)

  弦と千尋がテントの中で眠っている。弦が起き上がり、千尋を見る。千尋は寝息

  を立てている。スマホを見ると美樹からの着信が10件以上ある。弦、リュック

  の中から錆びたナタを取り出し千尋を見る。


○海辺(早朝)

  弦が起きだして海辺を歩く。鼻歌を歌いながらその右手にはナタが。そのまま海

  に向かって行く弦。


○テント(朝)

  千尋が起きる。弦の姿はない。


○海辺(朝)

  千尋、テントの外に出て周囲を見渡す。どこにも弦の姿がない。海辺を歩いて行

  くと錆びたナタが浜辺に突き刺さっている。


○電車

  千尋、電車の対面座席に座っている。向かいの席には弦の残して行ったリュック

  が置かれている。


○安原家・玄関

  千尋が家に帰ると尚子が出て来て千尋を抱きしめる。


○安原家・台所

  尚子が料理を作っているのを見つめる千尋。


○安原家・リビング

  千尋の前に尚子がおじやを出す。

尚子「これなら、どうかな」

  千尋、恐る恐るそれを食べる。

千尋「おいしい」

  尚子、千尋を見つめている。千尋、ゆっくりと食べて行く。見ていた香菜、ふと

  側に置かれたリュックを見て、

香菜「何だこれ」


○学校・教室

  朝の出席を取る教室。安原と呼ばれ、千尋が返事をする。千尋の机には弦のリュ

  ックが吊るされている。内村と呼ばれるも、弦は居ない。千尋、誰も居ない弦の

  席を見る。しかししばらくして、視線を前へと戻す。


                  終

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交(脚本) 枝戸 葉 @naoshi0814

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