想い

海辺に面した小さな二階建ての家。


愛する彼女のために買った二人の家。


彼女はその二階の窓から見える景色が好きだった。


陽を反射してきらめく水面。


月明かりに揺れる水面。


どちらも彼女の心を落ち着かせた。


彼女はその部屋で巻物<スクロール>を書いていた。


巻物とは魔法を封じ込めた書物である。


魔力が無い人でも魔法が使える。


ただし、それは一度きり、使えば巻物は灰とかしてしまう。


そんな巻物を彼女は書き綴っていた。


愛する彼は国を守る騎士団の一員だった。


まだ位も高くない彼は剣をとり他国との戦に何度か出かけていった。


そんな彼を案じて彼女は回復の巻物を何本か持たせていた。


今も彼は国境で戦っている。


彼女は彼の無事を祈りながら家で一人帰りを待っていた。



そんな彼女のもとへ国境の戦いがかなり厳しいと知らせが入った。


彼女は待てなかった。


こうしている間にも彼の身に何かありはしないかと。


彼女は国境への追加派遣に志願した、もちろん戦に加わるわけでなくあくまで後方の衛生要員としてだ。


少しでも彼の近くに居たいという思いが彼女を動かした。


彼女自身は僧侶<プリースト>だった。


僧侶は、治療、蘇生が可能な魔法が使える。


もしもの場合は自分の魔法で彼を救えるかもしれない、その思いが彼女にあった。



戦場は酷いありさまだった。


しきりなしに怪我人が運び込まれる。


彼女は自らの魔法と書きためた巻物を配り怪我人の治療をしてまわった。


幸い運び込まれる怪我人に彼は居なかった。


「敵だーっ!」


その声は怪我人が横たわるテントのすぐ近くでした。


彼女はとっさにテントの入り口から外をうかがった。


そこはすでに戦場とかしていた。


お互いの兵士がバタリバタリと倒れていく。


彼女は近くに倒れた仲間の兵士へ走りよると傷を確かめた。


「まだ息はある。 <回復>!」


彼女は治癒魔法を唱えた。


テントから出てきた他の衛生員も魔法や巻物で治療をする。


こんなに多いと魔力が切れる。


そんな焦りが彼女を包んだ。


治癒魔法も後数回しか唱えられないと感じていた。


「アリーデ!」


自分の名を呼んだ声に彼女は顔を上げた。


「何故こんなところに?」


彼は愛する彼女が戦場にいることに驚いた。


だが彼女の答えより先に彼の口から叫びがほとばしった。


「うがっ!!」


見ると彼の首筋から血が吹き出していた。


敵兵に後ろから切りつけれたのだ。


彼はそれでも振り向きざま敵兵を切り倒した。


だがそこで力尽きその場に倒れた。


「ア、アリーデ……」


消え行く意識の中で彼は愛する彼女の名を呼んだ。


「今、治します!」


彼女は治癒魔法を唱えた。


だがキズが深すぎる。


続けて唱えたが効果がなかった。


「そ、そんな……もう、もう魔力が……いや、いや、死なないで……」


彼女は彼にすがるように泣いた。


そして彼の息が止まった。


絶望が彼女に襲いかかる。


もう彼女には愛する彼を救う手立てがなかった。


目の前で愛する人を失ったその悲しみだけが彼女を包んだ。


不意に彼が光に包まれた。


それは<蘇生>の光に違いなかった。


「良かった! 間に合ったわ」


彼女の後ろに立った衛生員の手から灰になった巻物が消えていく。


それは彼女が彼を<想い>書き綴った巻物だった。

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小さな冒険譚 綴り屋 @kamkou

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