鉄刀授与
これまで
若すぎるだの未熟だの、ナツメなどは新参者だの、あらゆる理由を挙げて人選に文句をつけてみたが、アシナの心は全く揺らがなかった。たぶん薄くても布で仕切られていることで、オオガイの怒気を直接浴びないで済んだせいもある。
彼が立腹する気持ちはわかる。けれども、騙されるような形で邪馬台国へ連れてこられ、人生が壊されてしまったアシナだって烈火のごとく怒りを抱いたのだ。だから、側近くらい選ばせてもらえなきゃ釣り合いが取れない。むしろ、それで大人しく王位に就いてやるのだから安いものではないか。
アシナは一言もしゃべらなかったが、だいたいそのような趣旨の発言をして、荒ぶるオオガイを宥め、納得させようとしたのはカイである。
張り詰めた空気と重苦しい沈黙の後、結局、オオガイはアシナの言い分を受け入れた。決して心から歓迎しているわけではないが、何が最優先事項なのか見失わないくらいの見識は持ち合わせている。
オオガイは居住まいを正して平伏した。
「それでは私は政の表舞台からは去りましょう。その代わりに、息子のゴウリをお使いください。もちろん、年寄りの知恵を差し出せというのであれば、お力添えいたします」
「ありがとう。もう一度はっきり言っておきますが、私はあなたを排除したくてナツメを側近につけたわけではありません。だから、これからもよろしく頼みます」
ひとまず側近選びに決着がついたところで、オオガイはやっと本題に入れるとばかりに安堵した。引退するのはこの本題が終わってからだ。
手を叩いて宮殿の入口付近に控えていた従者を呼ぶ。その従者は両手で錦に包まれた長細いものを掲げ持ってオオガイの隣に進み出た。オオガイは品物を受け取り、次にカイに手渡す。そして、カイは仕切りの裏側に入り、跪いてそれをアシナに献上した。
「これは……?」
形状からしておそらく
「邪馬台国が預かり管理していた、遼東太守から下賜された鉄刀でございます。帯方郡が設置された頃、倭国の王へと贈られたのですが、今に至るまで献上すべき王が不在だったため厳重に保管していたものです」
オオガイから説明を受けて、アシナは刀身を覆っている錦を捲って中身を確かめた。もちろん、大刀は鞘に収まっている。その鞘は黒い漆塗りで両端に金の留め具が巻き付けられている以外に装飾は施されていない。それがかえって上質さを際立たせていた。
黒い光沢に自分の顔の一部が映りこんでいることに気づいたアシナは、なんだか魂を吸い取られてしまいそうに思い、鞘から刀身を抜くことなく再び錦で包んで紐で縛りなおすと、カイに手渡した。
「これを受け取ったということは、私は遼東太守にご挨拶すればいいのね」
「はい。アシナ様が倭国王となられたことを早急にお伝えせねばなりません」
「では、オオガイ。それについては任せます」
かつて伊都国の王が今のアシナの立場を担っていた。だから、大陸への朝貢の仕方は高官たちが知っている。今や邪馬台国には有力国から代表者が来ており、政の知識についてはどこの国よりも蓄積されている状態なのだ。
私は無知だ……。準備もなくにわかに王位に就いた小娘がすぐにできること言えば、玉座に座ってそれらしくすることくらいだろう。まだ意見を言ったり具体的な指示を出したりする段階にも至っていない。
自分たちを信じろとアシナに求めたナツメは、こうも言った。
――しばらくは座っているだけでいいです。あなたの判断が必要になる時が遠くないうちにやってくるでしょう。それまでは、ただ存在するということが重要なのです。
そんなことで良いのだろうかと半信半疑ではあったが、アシナはナツメの指示に従った。カイは護衛でナツメは師匠。それが今のアシナの側近たちに対する認識だ。
遼東太守の下賜品を全て受け取り確認すると、その日の
ぞろぞろとオオガイ以下の高官らが宮殿から出ていくと、アシナはその場でへなへなと上半身を倒して床に転がってしまった。
「……つ、疲れた」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます