明かされた真実
そして翌日。
アシナのもとにカイ以外の人物が訪れてきた。それは王の側近のオオガイとその息子のゴウリだった。カイは少し離れた場所に控えている。
オオガイはアシナに深々と頭を下げ、一着の衣服を献上した。受け取って広げてみると、狗奴国でもお目にかかれないような光沢のある絹布に赤く染められた糸で細かく刺繍が施されたものだった。
「本日よりこちらをお召ください。そして今夜から神殿に入っていただきます」
「いよいよね」
2人の会話は噛み合っているようで噛み合っていない。アシナはまだ自分がここにいる意味を知らず、オオガイはカイからその由々しき事態を知らされていた。オオガイは迷った末、早めにアシナに真実を伝えるべく、館にやってきたというわけだ。
「アシナ様、包み隠さず申し上げます」
「なあに?」
「邪馬台国で親善の祭りが行われるというのは嘘でございます」
「……嘘?」
微笑みながら美しい衣を眺めていたアシナの顔が固まった。
「アシナ様は倭国の王となるべく、太占の結果に従って狗奴国の王族の娘であることから邪馬台国へ連れてこられたのです。ですから、邪馬台国には王はおりません。倭国の王が兼ねるからです。そして、即位は3日後の夜となります」
「そんな……!? 王もユキもそんなこと一言も言ってなかったわ! たくさんの国が邪馬台国に集まって、お祭りをするって……私は機織りの技術を見せるのが役目だって……」
呼吸ができなくなるほどアシナは混乱に陥った。一体どういうことだろう。叔父が偽ったなんて信じられない。否定してほしくてカイに視線をやったがカイは無表情のままである。もう一度、オオガイの顔を見たが、こちらもまた冗談を言っている雰囲気ではない。
アシナは叫んだ。
「嫌よ! 帰る、狗奴国に帰る! 輿を出して!」
言いながら立って館を出ようとすると、すぐさまカイが立ち塞がった。
「通して」
「できません」
「倭国の王なんて、私、知らない!」
「私だって知りませんよ。でも、あなたがなるのです」
カイが低い声で告げると、オオガイの息子ゴウリも言う。ゴウリは父親に似ず、物腰の柔らかな青年だ。
「倭国の王となれば全ての人民と力と富があなたのものになります。できないことはない。最も美しい服を着て、最も美味しい食べ物を食べ、大勢の奴婢を使役できるのです。政治のことは我々にお任せください。何も心配しなくて良いのですよ、アシナ様」
「そのとおりです。どうかお戻りください。狗奴国王もいずれ挨拶に参るでしょう。その時、きちんと謝罪があると思われます」
年上の男たちが揃って頭を下げている。動転していた気は少し落ち着いたが、冷静になれるものでもない。
館から出られない状態ではどうすることもできず、アシナは元の位置に戻って力なく座った。自分が王になったとしても、叔父の顔など見たくもなかった。タクマに会いたい。きっとタクマは何も知らなかったはずだ。もしかしたらタクマが助けに来てくれるかもしれない。そうだ、ここはおとなしく待って、タクマが来るのを待とう。
しかし、狗奴国へ帰れたとしてもまた叔父の計略で邪馬台国に送り返されてしまうかもしれない。タクマと一緒にどこかの国へ逃げる方法も一考に値する。だったら、どうにかして自力で邪馬台国を脱出して密かに狗奴国へ戻ってタクマに会う方が良いのではないか……。
ぐるぐると様々な可能性を考えて黙り込んでいるアシナに、オオガイたちは王となることを承諾したものだと認識し、カイを残して出て行ってしまった。
「着替え、お一人でできますか?」
「ええ、私のことは気にしないで」
抑揚のない口調でアシナが答えると、カイは館の入り口の前に立った。王の居住区には兵士が見張りに立っているので、万が一でもアシナがここから逃げ出す可能性はない。しばらくして、入っていいわよと声がかかり、カイは館の中へ戻った。
玉座にはきちんと王の服を身につけたアシナが座っている。白い貝の腕輪をして大ぶりの翡翠の勾玉を首から下げている様はいかにも貴人であった。そして、やはりアシナは美しい少女だった。
思いのほか覚悟ができたのかと感心したのだが、アシナは夕飯を口にしなかった。
「食べていただかないと困ります」
米は熱々の湯気を出し、焼いた野菜や鹿の肉は香ばしい。しかし、アシナは食事に見向きもしなかった。
「私は別に困らない。お腹空いてないし」
「倒れられては私が困るのですが」
明らかにお腹が盛大に音をたてているにも関わらず、アシナは頑なに食べることを拒否した。
さて、事件は深夜に起きた。
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