邪馬台国の将軍

 カイが館を出ていくと、アシナは立ち上がって館の入口までやってきた。隙間から外を覗いてみると、この居住区は頑丈な柵で囲われていて外部を眺めることができないようになっていた。その代わり、出入口の横に見張り台が設けられていて兵士が1人立っている。あそこからなら集落全体がよく見渡せるに違いない。

 アシナの好奇心はすぐに行動へ移った。見張り台の真下まで行くと、大声を出して兵士に呼び掛けた。

「こんにちは。そこから何が見えるの? 私も行ってもいい?」

 突然の声にぎょっとした兵士は狼狽し武器を構えたが、その声が昨日連れてこられた少女、いや新しい王であることを知ると見張り台から飛び降りて地面に這いつくばった。

「………」

「そんなに畏まらないでいいのに。お祭りの準備ってどんな感じか見せてもらえる?」

 狗奴国の祭りと言えば、歌や踊りで賑やかなものだ。楽人たちが笛や太鼓、鐘を鳴らして皆で騒ぐ。準備をする時でも、気分が高揚して人々は歌ったり、気持ちに任せて楽器を演奏したりする。

 それなのに、邪馬台国の祭りは随分静かなようだ。暖かい気候なのだから市場の活気も風に乗って聞こえてきそうなものなのだが、昨日、邪馬台国に到着した時からまるで日の沈んだ後のように静寂だった。

「アシナ様! 何をしているのです!?」

 居住区の入口から姿を現したカイが、見張り台の下にアシナを見つけて驚愕した。すぐさま兵士に戻れと指示し、アシナに向き直る。

「ああやって話し掛けては兵士が困ります。任務の邪魔にもなりますから私を共に連れずに出歩くのはお止めください」

「えー、つまらないわ。やることないんだもん。邪馬台国ってすごく静かなのね。うちの国はお祭りの準備の時でさえ騒がしいのよ」

「そうですか。ともかく、中へお入りください」

 しぶしぶ館に戻ったアシナは大人しくするから機織り道具を持ってくるよう、カイに頼んだ。そもそもアシナは狗奴国の機織り技術を披露するためにやってきたのだ。カイはすぐに侍女を連れて、アシナの目の前に機織り道具を用意してやった。ユキからはアシナが機織りの名手だと聞いていた。

 侍女を下がらせるとカイは館の入口付近に腰を下ろした。また勝手に外に出られてはまずいので始終監視している必要がある。

 機織りをしているアシナは集中しているのか一言も発しなかった。一度、カイが夕食を持ってくるために館を離れても気づいていない様子だった。こっそりアシナを観察すると、機織りに没頭している表情は普段よりもずっと大人びていて、カイは初めてこの娘が本来は美しい造形をしているのだと気づいた。

「カイ、あなたってもしかしてどの兵士よりも偉い武人なの?」

 夕食後、アシナは不意にカイに訊ねた。その瞳には好奇心が強く浮かんでいる。初めは適当に受け答えしようとしたカイは、この娘の意思はともかく倭国の王としてこの先も仕えることになることを考えて、真面目に答えることにした。

「お察しのとおり私は将軍。邪馬台国で最高位の武人です。強い者は他にも大勢おりますが、父が亡くなったため跡を継ぎました」

「お亡くなりになってたのね……」

「私が15の時です。数年前、邪馬台国と近隣の小国との小競り合いがありました。将軍だった父は軍を指揮し、勝利したため帰還しようとしたところ、とどめを刺さなかった敵兵が放った毒矢を受けて死にました」

 武人なのだからこういう最期は覚悟していたのだが、やはり辛かった。

幸い自分は生き残ったが、子供の頃からよく知っている武人仲間も何人か戦死した。倭国で大戦が起きているわけではないが、倭国の王が不在というだけで不測の事態が発生し、それは武力の争いに発展することが少なくない。

自分は武人には向いていないのではないかと常々思う。

世襲でなければ、漁猟の民か何かになって穏やかに暮らす方が性に合っている。戦など大嫌いだ。だが、自分が武人であることから逃れられないのなら死ぬまでその役目を全うするだけだ。

 戦の話を聞いて表情を暗くしたアシナを見て、カイは話題を変えた。

「アシナ様は機織りの名手だそうですね」

「ユキから聞いたのね? 私にできるのはこれくらいしかないから。それに楽しいのよ。タクマも褒めてくれるし」

「タクマ……?」

「狗奴国王の息子、つまり次期国王よ。そして、私の恋人」

 アシナが頬を染めて年相応の少女らしさを見せると、カイはどうしてか無性に腹が立ってきた。アシナはカイの心の中など知らず、タクマがいかに強くて賢くて素晴らしい男であるかを語っているが耳に入ってこない。

 一通り話し終えて満足したのか、アシナはあくびをしている。

「そろそろお休みください。では」

 カイはそっけなく頭を下げると館を出ていった。

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