「わたしはあなたのものじゃない」


 友達と食事をして少し遅くなった帰り道、コンビニの近くで見知った男性に会った。

 河本さんだった。


「あやねさん」


 わたしを見て、河本さんは泣くような、笑うような表情になる。


「怖かったでしょう」


 あのあと、ぐりふぉーんで河本さんに起こったことを教えてもらった。

 一緒にそれを聞いた店長は、怒って河本さんを追いかけまわそうとしたけれど、わたしを見てやめた。

 お母さんには言わなかった。言うべきなことはわかっている。けれど、お母さんはきっと河本さんを責めるだろう。

 小さくうなずいて、わたしは河本さんに、声をかけた。


「少し歩きませんか。家まで」

「いいですよ」


 歩いているうちに、河本さんの足元がふらつく。


「どうしたんですか?」

「いや、あいつはね、俺の『親』だから……影響を受けるんです」


 あいつ、というのはあのマーゴという人を指しているのだろう。


「頭の中をさわられたから、その名残りがあるんだと思います」


 河本さんはその場にしゃがみ込む。


「すみません、少し……」

「大丈夫ですか」

 

 思わずとなりにしゃがんで、河本さんの肩にさわる。その肩はじんわりと熱かった。


「あやねさん、俺のことが好きですか」

「はあ?」


 突然脈絡のないことを問われたので、わたしはあっけにとられた。

 河本さんの口から、長い牙がのぞいた。

 動物のようにぎらぎら輝く。


「俺と遊んでみませんか?」


 わたしは思いっきり河本さんを突き飛ばした。恐怖で手が震える。


「わたしはあなたのものじゃない」


 河本さんはぽかんとしていたが、やがて立ちあがって服の泥を払った。

 くるりときびすを返すと、そのまま壁に頭を打ち付けた。おでこに血が滲む。ある意味その姿は吸血鬼らしくもあった。


「すみません、取り乱してしまいました」


 とりあえずは安全らしい、と思い、わたしも立ちあがる。

 河本さんは、しばらく下を向いていたが、顔を上げて突然告げた。


「そうだ。俺は引っ越そうと思うんです」

「え?」

「マーゴのこともありますし、どの道吸血鬼はひとつのところに落ち着かないものなんですよ」

「そんな……」

「あやねさん。これはけじめなんです。あなたには本当に申し訳ないことをしました」


 その権利がないとわかっていても、私はこう言わずにいられなかった。


「また、会えますか?」

「そういうことを軽々しく、言ってはいけませんよ」

「でも……」


「俺は、会いたいですけどね……?」


 河本さんは自分の言ったことに気づいて、かわいそうなくらい顔を赤らめた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

となりの吸血鬼 かずラ @kazura1128

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ