6冊目 黒ねこ作『Black Dogs』
サークル名:よろづや本舗
著者名:黒ねこ作
書名:Black Dogs
書誌データ:B6版 266ページ
感想
人、殺してぇなぁ。
と、唐突にこんなことを表明した場合、その人物は人格破綻者、心に闇を抱えた人、あるいはただイキっているだけの阿呆として遇される。というのはつまり物凄く距離を置かれるか、まともに相手をされないかということで、とにかくその一言で社会という枠組みからはじかれる。
なぜか。
それは人が人を殺すことを禁忌とすることで社会が成り立っているからである。なんてわざわざ言わなくても分かっている人が大半であろう。当たり前だ。そうでなくてはこの社会は成立しない。それくらい当たり前の禁忌であるから、そういう考えを起こさないように割といろいろなところに配慮がなされている。
その例として、どんなに悪辣非道な行いを受けても復讐のために相手を殺せば、それは相手と同じレベルにまで自らの身を落としてしまうことだからしない、といった、ちょっと理解しがたい価値観のキャラクターが出てくるお話がある。あるいは、それで死んだ○○が喜ぶと思うのか、という非論理的な説得に応じて仇討ちを諦めてしまう意志薄弱なリベンジャーも多い。
自分の身を云々という価値観はいいが、それで抑え込めてしまえる程度の恨みなのだと思わざるを得ないし、死んだ○○はそもそも何をしようがもう喜びも悲しみも怒りもしない。それが死というものであり、だから悲しく、だから復讐したいのである。故人が生きていたらどう考えるかなどというのは論点ずらしも甚だしく、それで煙に巻かれてしまうようではまだまだ復讐心が足りない。また後者は特にミステリー系のドラマにおいて散見され、その論点ずらし説得を用いてくるのは大抵、刑事である。これほどまでに生前の故人と一切関わりの無かった人間が言って空々しいセリフがあるだろうか。こんなもの、現実に言ったりしたら絶対火に油だと筆者は思う。
かような訳の分からないものが出現してくるほど人殺しは禁忌とされているが、その過剰さが他者を理解する妨げになっている気がしなくもない。というのも殺意というのはそれを持つだけヤバいとされているから、一瞬湧いただけで慌てて自ら打ち消す。湧いて、打ち消す。湧いて、打ち消す。そんなことを繰り返しているうちに、打ち消せないほど増大した殺意が結句人を殺すのである。
殺意を危険物として扱うからそれに馴染めず、いざあふれ出んばかりの殺意を抱えたときにどうしようもなくなる。もっと殺意を身近なものとして捉えないといけない。そもそも日常普段でも割と我々人間は殺意を抱くものである。
たとえば筆者の場合、毎朝毎朝行きたくもない会社に行かねばならず、それだけで気分は最悪なのに、早朝の通勤電車での椅子取りゲームがある。あれはひどい。大の大人が浅ましいくらいの必死さで人を押しのけ、空きスペースに向けて尻を突っ込むのだ。目の前でそんなことをされて殺意が湧かないはずがなく、これを打ち消さずにパッとつり革を吊っている金属バーを掴み、鉄棒よろしく反動をつけ両足で目の前に座っている相手の顔面をドロップキック、そのまま歯が数本折れるまで蹴り続けてから引きずり下ろし、全身を殴打・斬りつけなどした後で灯油を浴びせ、着火してからホームへ投げ捨てる。くらいしたくなるというのは大げさだが、まあ殺意みたいなものは湧く。
それを押し殺さずに皆もどんどん人殺し、したらいいよ。という無茶は言わないが、せめて創作物の中だけでも、そうした歪んだ正義感というか非人間的なお人好しではなく、まっとうな人間の、感情の発露が見たいものである。
本書はそんな筆者の希望に応えてくれる作品であった。『義術』と呼ばれる人間の身体を機械化する技術が存在する世界で、各々のキャラクターがそれぞれの激情に駆られ、殺し殺されていく。その容赦の無さは爽快感さえある。こんなことを言うと、「人が殺し合うのを見て爽快感を覚える危ない奴」みたいな烙印を押されそうだが、それこそまさに殺意の過剰な禁忌化に洗脳された意見と言えよう。
理性を基盤とした社会に属している以上、人間には常に本能のままに行動することへの憧れがある。それを否定してしまうことの方が非人間的ではないか。体は機械でも作中のキャラクターたちの方が、非人間的な善人よりはよほど人間である。
これで殺人事件を起こさずに通勤電車へ乗れると、安心して本を閉じた。
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