5冊目 isacc『CHIKA』
サークル名:isacculation
著者名:isacc
書名:CHIKA
書誌データ:B6版 73ページ
感想
突然であるが、世界史で最も面白い部分はどこであろうか。
当然、中南米史だよね。
と、思わず同調圧力をかけてしまうくらい、中南米の歴史は面白い。
なんと言っても、なにも無いと思われていた場所に巨大な大陸が存在して、そこには未知の人たちが文明を築いていたという点が刺激的である。下手なRPGよりもよほどロマンがあって、それが現実のことだったと考えるとテンションが上がり、公共の場で唐突に叫ぶ・走る・歌うなどといった奇行に及びたくなる。また、コロンブスによる再発見や先スペイン期文明の面白さもさることながら、近代から現代にかけて変転を繰り返す現地住民の帰属意識などを追っても非常に興味深く、高揚した気分に任せて全裸で踊念仏を唱えながら日本全国津々浦々まで練り歩きたい気分になる。
とまあ、このまま話し続けると止まらなくなりそうなので本題へ移るが、まず何で中南米の話をしたのかというと、この小説の舞台がメキシコだからである。
メキシコ。そこにどんなイメージを抱くだろうか。サッカーだろうか。タコスだろうか。ソンブレロをかぶってマラカスをシャカシャカやるおっさんだろうか。まあ、いろいろあるので人それぞれだと思う。ちなみに筆者の場合はアステカ文明などの古代遺跡が五割、メキシコ料理が三割、カリブ海一割、ジャングル一割である。これは実際にメキシコへ旅行に行った結果形成されているイメージであるが、行く前には三~五割ほど「治安の悪さ」というイメージが付きまとっていた。
メキシコの治安の悪さというのは割と冗談事じゃなくて、その凄惨さは正直同じ世界の出来事なのか疑いたくなる部分がある。分けてもアメリカとの国境付近はひどく、フアレスなんかは治安の悪さの代名詞とも呼べるものである。
学生時代、メキシコ現地で発掘調査を行う研究者に話を聞いたのだが「フアレスはヤバい」と言っていた。発掘調査の度に地図もないジャングルを、ワニのいるかもしれない沼に首まで浸かりながら進むことをしていた人がそう言っていた。
恐ろしいことである。何が恐ろしいと言って、麻薬の流通を取り仕切っているカルテルがそのまま街をも支配していることで、目を付けられようものなら殺される、なんて一言で済ますのは気が引けるくらい酷い目に遭わされて命を奪われることである。
本書はそんな街、フアレスが舞台である。世界でも指折りと言えるほど治安の悪い自らの街を憎みながらも、そこで生きていくしかない自分の境遇を諦念とともに受け入れつつある主人公ノーラと、何不自由なくすべてを与えられるがゆえ、逆に閉塞感で息もできなくなっているピタ。二人の出会いと関係性の変化、お互いがお互いに与える影響を、短い尺の中に、丁寧にまとめていて心動かされるものがある。彼女たちの純真な気持ちは、フアレスという厳しい環境の中で一層浮き立って美しく映る。人外魔境のように説明してきたフアレスであるが、そこに暮らす人々は本書で描かれる少女たちのように、我々と同じであると、筆者は思いたい。
○
あんまりメキシコのネガティブなイメージを書いてしまったので、ちょっと最後に補足させていただきたい。
まず、筆者のメキシコ旅行には治安の悪さを感じることは全然無かった。警官が旅行者を恐喝してくるという噂を聞いていたメキシコシティでも、夜中外を歩いていて平気だったくらいである。また、ユカタン半島の先に広がるカリブ海は個人的に世界で最も美しい海だと思っている。トゥルムという海沿いに残る遺跡とその後ろに広がるアクアマリン色のカリブ海。この構図は、月並みな表現で申し訳ないが、絵の中の世界である。
また密林の中にある古代文明の塔から見る、三百六十度全方位に広がるジャングルなど、ここ以外で見られるのだろうか。出店で売られているタコスは安いうえにバリエーションも豊富で美味しいし、パステルカラーが綺麗なコロニアル都市は歩いているだけで心が弾むし、タスコの銀細工は見ているだけで楽しい。
普通に旅行におすすめの国である。
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