4冊目 田畑農耕地『田舎へ旅を』

 書名:田舎へ旅を

 著者名:田畑農耕地 

 サークル名:虚事新社

 書誌データ:82ページ


 感想

 突如として大きな災害が襲来し、日常を簡単には修復できないくらい無茶苦茶に破壊し尽くす。ビルが倒壊し、道路が寸断、瓦礫がそこかしこに飛び散り、断水、停電、火災などが発生する。人々は逃げ惑い、そこにあったはずの生活はそのことごとくが灰燼に帰す。

 平日に限って、そんな不謹慎な願望が胸をよぎる。平日に限って。

 なぜか。

 働くのが死ぬほど嫌だからである。

 正直、会社を辞めたいからである。

 じゃあ辞めたらええやん、てなものであるが、なかなかどうして円満に辞めようと思ったら時間がかかるのである。でも今すぐ辞めたい。ならいっそ、右に述べたような災害が勃発してくれれば、そのどさくさに紛れて、失踪、ということにして会社を離脱できるのではないか。大災害だから仕方ないよね。そんな感じで誰にも咎められずに一瞬で円満退職。万歳。夢のような話だ。

 そんなことを考えている筆者は、自分で言うのもあれだが、はっきり言ってバカ者で、よくこんな箸にも棒にも掛からぬ阿呆を雇う企業があったものだと驚くくらいである。そもそも死ぬほど働きたくないと言っておきながら、右のごとき災害が起こっても自分は生き残る気満々であり、それどころか家も財産も家族も親戚も友人知人もすべて無事、単に会社と自分に無関係なものが修復不能なまでに壊れ、結果、不可抗力気味に退職、その後も災害のせいで就職の口がまったくないので自分的には非常に不本意だけど仕方ないからニートをする、みたいな状況を夢想しているのである。

 端的にまとめると、働かないで好きなことをしていたいのだけれど、それについて周りから悪く言われたくない、ということである。

 なんでお前が罪悪感なしにニート生活を送るためだけに、多くの人や物が犠牲にならなければならないのか。くたばれ。あの世で未来永劫ニートをやっていろ。

 そんな声が聞こえる。

 というか、筆者も自分で自分にそう思う。

 自らの意思の薄弱さから来る問題を解決するために自分とは無関係なものはいくらでも犠牲になっていいという、まったくもって身勝手な考え方であり、これを口に出して言うと人格を疑われるので言わないが、しかし言ったところでまず本気で怒ってくる人はあまりいないと思う。冷笑か嘲笑か、そんな感じで蔑まれて会話が終わる。

 というのは大抵の人が、冒頭に述べたことについて、起こる可能性がゼロではないことを承知しておきながら心の底で「あるわけねーじゃん」と思っているからである。日常に突如として割り込んでくる非日常。そこに自分が立ち会う確率を高く見積もる人はまずいない。

 けれど、そうした非日常に遭遇してきた人たちは別にそれを予知して準備していたわけではないし、やはりこの世界は『一寸先は闇』だろうと、本書、『田舎へ旅を』を読んで改めて思った。

 本書は、様々な発想をもとにした八篇のショートショートを収録している。どれも脳を刺激する考えに満ちていて非常に魅力的な作品であるが、閃きや着想を鮮度そのままに凝固させる作品を読んで強く感じたのは、物事の断絶性である。

 コンパクトにまとめられた描写から読者はごく自然に物語へと入っていく。しかし、すぐ先にはターニングポイントが読者を待っているのだ。短い尺の中で突如として違う視点を与えられ、そこを起点として物語が別の意味を持ってくる。視点を変えただけだが筆者はそこに強い断絶性を、一寸先の闇を、感じた。

 発想や着想がどう転ぶか分からない。

 そんな作品たちを読んで、現在というものがいかに脆く危うい存在であるか再認識しつつ、相も変わらず不可抗力ニート生活を夢見る平日。


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