3冊目 藤辰『りとる・ぶれす』

 書名:りとる・ぶれす 1~3巻

 著者名:藤辰 

 サークル名:ゆにわ荘102号室

 書誌データ:文庫版 1巻 123ページ、2巻 148ページ、3巻 140ページ


 感想

 筆者には音楽を聴く習慣がない。

 ゆえにポータブルの音楽再生機器も所持したことがない。

 こんなことを言うと、

「ぼえええええぇぇ、マジで!?マジすか?じゃあじゃあじゃあ、どうやって生きてるんすか?どうやって息してるんすか?どうやって心臓、動かしてるんすか?どうやってハート、機能させてるんすか?どうやって血液、循環させてるんすか?どうやって代謝、行ってるんすか?」みたいこと言って驚愕し、あまりに驚きすぎて頭がおかしくなったのか、陰茎をぶらぶらさせながら全裸で往来を練り歩く、タンポンを尻に刺して跳ね回る、コンドームを水風船にして投げまくる、好き勝手にあちこちで大小便を垂れ流す、などの奇行に及ぶ連中が筆者の周りにはたくさんいた。

 というのはさすがに誇張表現であるが、ひどく驚かれ、まるで人間でないものを見つめるかのような視線を向けられることはあった。

 また、みんなが知っているような歌手(アーティスト?)を知らないことで目玉が飛び出すほど驚かれもした。

 正直、腹が立った。

 そうやってマジョリティの無自覚な思い込みが、歪んだ一般常識を作り出し、それのせいで社会が悪い方へ悪い方へ進んでいくんだよ。景気が悪いのも、雇用が少ないのも、差別がなくならないのも、核兵器が無くならないのも、地球温暖化も、少子高齢化も、貧困も、格差社会も全部てめぇらのせいだよ、ばか。死にやがれ。

 とまでは思わなかったが、根がひねくれているので絶対に音楽は聞かないでやろうとは思った。

 思って、実行した。

 だから筆者は相変わらず音楽についてはさっぱりぱーだし、楽譜なんか訳が分からず、スペイン語の方がまだ読めたくらいである。しかし、今ではそのスペイン語も忘れ果てた。つまりスペイン語も楽譜も読めないということで、筆者はバカなのだろうか。バカなのだろう。だからどうした。

 と、胸を張っていられるのは本書、『りとる・ぶれす』を読んだから。

 まず本書に一貫して込められているのは、作者の音楽への愛着である。本当に好きなんだなぁと、読んでいて思う。ただ好きなだけではない。音楽の良さを少しでも多くの人に伝えたい、という強い意志が感じられる愛着である。

 その気持ちを骨子に展開する物語は、妙な偶然が重なって小学校の吹奏楽部のコーチをすることになった男子高校生の話である。テーマを考えれば、これ以上ないくらい適した設定である。

 自分自身も未熟な高校生が、小学生に教える。たどたどしいそのコーチングを通して、読者は登場人物と一緒に音楽に触れ、かつ、それを感じるのだ。それは非常に心地よい時間で、こういうのをハーモニーというのか、と、ろくに音楽を知らないくせに音楽用語を使いたくなったりするのは筆者だけだろうか。

 また、物語としては、合間合間に登場人物へのインタビューという形で彼女らに語らせることによってキャラの掘り下げを行いつつ、ストーリーに奥行きを持たせる手法なんかを使っていて巧み。三分冊だがすいすい読めた。

 音楽を知らなくても音楽を楽しめた。

 驚きと嘲笑と嘲りと非難を持って勧められるよりは、何層倍も音楽に魅力を感じた一冊。いや、三冊。

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